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瞬間移動の失敗


 神殿前でフォブルを召喚するために絵を描いていると、コスモ大司教とサマンサ司教がやってきた。

 サマンサ司教はブルーの神官服に着替えて、六十センチほどのステッキを持っている。帽子を脱いでいるので長い耳が目立ち、背中まであるストレートの金髪が揺らいでいる。

「レッドゴリー王国との国境付近までですと、徒歩だと十日以上は掛かります。馬車をご用意させましょうか?」

「必要ありません。今日中には着けると思います」

 9ページ目にサインを入れると、黒い波紋の中からフォブルが現れた。

「ヒィー」

 人の倍はある魔物の出現に、絞り出すような悲鳴を上げたコスモ大司教とサマンサ司教は四、五歩あとずさった。。

「僕の眷属でフォブルと言います。行きはこいつに乗って行きます。帰りは礼拝堂に転移しますので、明日の夕方までには帰ってこられると思いますので、お城から何か言ってきたらそうお伝え下さい」

「本当にこの魔物に乗って行くのですか?」

 サマンサ司教の声が震えている。

「嫌なら無理に着いて来なくていいのよ」

 一番にフォブルに跨ったミリアナさんの声は冷たい。

「いいえ、大丈夫です」

 僕の後ろに跨ったサマンサ司教は、体が小刻みに震えていた。

『湖まで行ってくれ』

『分かった』

 僕は思念で眷属と意思の疎通が出来るようになっていた。

「振り落とされないように、しっかり掴まっているのよ」

 ミリアナさんに言われるまでもなく、サマンサ司教は僕の腰にしがみついている。

 フォブルは休む事なく走り続けて、日が暮れる前には森の中の湖に着いた。

「そろそろ食材を補給しないといけないな」

 カマクラの中で食事の準備をする僕は独り言ちた。

「そう言えばレッドゴリー王国でも連合国でも、街に出る時間がなかったわね」

 アイテムボックスから出てくるパンやスープをテーブルに並べているミリアナさんが、独り言に返事を返してきた。

「連合国に戻ったら、一番に買い物に出かけようか?」

「そうしましょうか」

 ミリアナさんの顔には笑みが浮かんでいる。

 途中から落ちないようにフォブルに縛りつけたサマンサ司教は、顔色が悪く生気がなくなっている。

「食べないとお腹が空くわよ」

 ミリアナさんは串刺しの焼肉にかぶりついている。

「はい、頂きます」

 スープに口をつけるサマンサ司教の顔に、少しずつ赤みが差してきた。

「どうしてこの場所を選んだの」

「近くでキメラに出会っているし、魔物の軍勢と戦ったのもそう遠くないからね。この付近を捜索すれば何か見つかると思うのだが、皆を連れてくるのに転移魔法が使えれば楽になるからね」

「確かにね。明日、スケッチが終わったら少し調べてみましょうか」

「ハングさん達と一緒の方が安全だと思うから、絵が描き上がったら戻ろう」

「分かったわ」

 アニマルワールドに来てからのミリアナさんは、あまり我を通さなくなった。

「あの、私は何をすればいいでしょうか?」

「特に何もしなくていいよ」

 コスモ大司教に頼まれて連れてきたが、邪魔でしかないと思っていた。

「分かりました」

 サマンサ司教はすっかりしょげてしまっているが仕方がない。

「夜警はゴーレムに任せて、寝るとしようか」

 二体の等身大のゴーレムを呼び出すと、カマクラの前に立たせた。

 ミリアナさんには見慣れた光景だが、サマンサ司教には全てが驚きだったようだ。


 簡単な朝食を済ませると、一時間かけてキャンバスに森と湖の水彩画を鮮明に描いた。

「素敵ですね」

 横で見ていたサマンサ司教が、筆を置いた僕に声を掛けてきた。

「ありがとう」

 絵を書き上げた後は、清々しい気分になっている。

「終わったの?」

 素振りをしていたミリアナさんが覗きにきた。

「ああっ、終わったよ。少し早いけど、神殿に戻ろうか」

 アイテムボックスから礼拝堂の絵を取り出して7ページ目に書き写すと、湖の水彩画と一緒に再び収納した。

「移動中にはぐれたりしないでしょうね」

「初めてだから分からいけど大丈夫だろう。一応マントの端でも掴んでいてくれるかな」

「何だか不安ね」

「大丈夫ですよね」

 ミリアナさんの言葉に、サマンサ司教はマントを強く握り締めている。

「行くよ」

 礼拝堂の絵の下に『Aizawa』のサインを入れると、僕達はスケッチブックから溢れ出た光に包まれた。


「ここは、どこなのだ?」

 目の前に広がっている光景は、雪を被った山脈が近くに見える山岳地帯だった。

「寒いわ。瞬間移動に失敗したの」

 セパレートの革鎧を着てヘソを出しているミリアナさんは、身を縮めて震えている。

「みたいだなァ」

 合点がいかない結果に途惑った。

「あそこに何かいます」

 サマンサ司教が指さす方に、走り去る数体のゴブリンの姿があった。

「この近くにキメラの研究所があるのかもしれないな」

「どう言う事?」

「誰かが空間移動に似た魔法を使って魔物を連合国などに送り込んでいるとして、たまたま僕達と同時に魔法を発動させたので捩じれた空間が交わってしまったのかもしれないのだよ」

 瞬間移動が失敗した仮説を説明した。

「あのゴブリンを追いかければ、研究所が見つかるかもよ」

「三人では危険が大きすぎる。この場所をスケッチするから、僕を守っていてくれないか」

 コボルトキングのマントをミリアナさんに渡すと、イーゼルスタンドとキャンバスを取り出した。

「任せなさい」

 大剣を手にしたミリアナさんは、真剣な表情になっている。

「私は何を」

「サマンサ司教も、魔物が近づいて来ないか見張っていてください」

 寒さで震える手で風景を描き始めた。

「はい」

 元気に返事をしたサマンサ司教は、いつでも魔法が詠唱出来るようにステッキを握り締めている。

 特別な特徴がない風景だったので、山並みや峰を正確に描き場所が特定出来るように努力した。

「オーガが二頭来ます」

「こちらからもオーガが二体来るわ」

「僕達がここに現れた事が、敵に知られたようだな」

「オーガぐらいなら問題ないわ。タカヒロは絵に集中していて」

「私も戦います。偉大な古代龍様の力をお借りして、我が敵を焼き尽くせ。ファイアブレス!」

 サマンサ司教のステッキから劫火が噴き出し、走ってくるオーガ二体を瞬時に灰にしてしまった。

「凄い魔法を使うのね。私だって負けないわよ」

 ミリアナさんはオーガに斬りかかっていった。

 大剣を持ったオーガだったがミリアナさんの動きにはついていけず、胴体を一刀両断にされて血飛沫を上げて倒れた。

「今度こそ礼拝堂に戻るよ」

 礼拝堂の模写を終えると、7ページ目にサインを入れた。

 オーガを倒したミリアナさんと、サマンサ司教はマントを掴んでいる。


「お帰りなさいませ」

 礼拝堂の中央に突然僕達が現れた事にコスモ大司教は驚かなかったが、一緒に居たタイアン将軍は腰を抜かしている。

「只今、戻りました」

「ご無事で何よりです」

「大司教様は、ここで待っていて下さったのですか?」

 コスモ大司教が居た事に僕の方が驚いた。

「タイアン将軍がお二人をお迎えに来られたので、ここまでご案内しただけです」

 コスモ大司教はまだ立ち上がれないタイアン将軍に視線を向けた。

「失礼した。皇帝閣下が、お話しがあるそうなので、迎えにきた」

 ガチガチになっているタイアン将軍の声が震えている。

「そうですか。僕もお話したい事がありますのでちょうど良かった、すぐに行きましょうか」

「行ってしまわれるのですか?」

 コスモ大司教が寂しそうな表情をしている。

「大司教様のお知恵もお借りしたいので、差支えがなければご一緒願えませんか?」

「私は神殿を離れる訳にはいきませんので、サマンサを連れて行って下さい」

 コスモ大司教はさらに表情を曇らせている。

「では、サマンサ司教様、行きましょうか」

「タカヒロ様は凄く意地悪な方なのですね」

「先ほどまでは呼び捨てになさっていたのに、急に司教様なんて。いじめとしか思えません」

「そうです。神の力を笠に着た言葉の暴力です」

 タイアン将軍が直立不動で、サマンサ司教に同意している。

「まだそんな事を言っているのですか。僕は一般人です、司教様や将軍様から見たら遥か下の人間なのです、それをわきまえて下さい」

「どうしてそこまで力を隠されるのですか?」

「厄介事に巻き込まれるのが嫌だからです。僕は穏やかに絵を描いていればいい筈だったのです」

 神様との出会いを思い出して、今度会ったら一言文句を言ってやろうと心に決めていた。

「皇帝閣下がお待ちです、行きますよ」

 僕の思い詰めたような顔を見たタイアン将軍は、悟りを開いたかのように強気になっている。

「はい、タイアン将軍」

 僕は冷やかしではなく、引っ張ってくれる存在に明るい声で返事をした。

「いつものタカヒロね」

 ミリアナさんは笑みを浮かべている。


「皇帝閣下とお会いするのは、謁見の間ですか?」

 城の長い廊下を歩く僕は落ち着かなかった。

「いいえ、閣下の職務室でお会いになるそうです」

「そうですか」

 厳つい顔を思い出して、背筋を強張らせた。

(皆さん、ごめんなさい)

 自分の前で言葉を失う者達の心境に想いを馳せて、心の中で頭を下げた。

「タカヒロ殿とミリアナ殿をお連れしました」

 大きな扉をノックしたタイアン将軍が、大きな声を出した。

「入りたまえ」

「失礼します」

 部屋の中にはライガン皇帝閣下の他に、ハングさんとゴセリー王子がいた。

「タカヒロ殿にミリアナ殿、それにサマンサ司教、よくおいで下さった。まずは先日のお礼と謝罪がしたい」

 三人は立ち上がって僕達の入室を待っていた。

「皇帝閣下が何をされておられるのですか」

 戦場と違って豪華で派手な衣装に身を包んでいる人物、それもかなり年上の人物に頭を下げられて逃げ出したくなった。

「貴殿達がいなければ砦の戦で敗退して、この国は魔物に支配されてしまっていたかもしれないのです。私が頭を下げる事など何でもない事です」

「あそこで頑張ったのは、ハスキーさん達ですよ」

「話しは聞いています。貴殿の魔法と眷属、それにミリアナ殿が大半の魔物を倒した事を。私はその眷属に剣を向けてしまった、本当にすまなかった」

「これ以上頭を下げられたら、僕達は退室させて貰いますよ」

 居た堪れなくなってきて少し声を荒げた。

「だから、フレンドリーに接しられた方がいいと、言ったではありませんか」

 横に居たハングさんがライガン皇帝閣下に意見している。

「タカヒロ殿、この姿で失礼する」

 覇気を高めたライガン皇帝閣下がライオンの顔になった。

「ここは皇帝閣下のお国です、ご自由になさって下さい」

「そうか。まあ、座りたまえ」

 ライオン顔のライガン皇帝閣下からは、自信と力強さが満ち溢れている。

「まず、レッドゴリー王国との話し合いはどうなりましたか?」

 左側のソファーに座ると隣にミリアナさんが腰を下ろし、サマンサ司教がその隣に座った。

「それは、私がお話しします」

 右側のソファーに腰を下ろしたゴセリー王子の隣に座った、ハングさんが口を開いた。

「連合国とレッドゴリー王国は争いをやめ、アニマルワールドの平和のために共闘する事に調印しました。今後は古代龍様が仰っているキメラ研究所の壊滅に力を合わせて行きます」

「そうですか、それは良かったですね」

「はい、タカヒロ殿のご尽力のお陰です」

「ところで、キメラ研究所の事はどこから?」

 ライガン皇帝閣下の斜め後ろに立っている、タイアン将軍に視線を向けた。

「申し訳ありません、命を持って償わせ頂きます」

 真っ青になったタイアン将軍は土下座をしている。

「タカヒロ殿、許せ。儂が神殿での事を無理に問い詰めたのだ」

「拷問を受けたのでは、喋っても仕方がないですね。将軍に罪はありませんよ」

(皇帝閣下、怖いですね)

 ライガン皇帝閣下から圧し潰されそうな威圧感を感じて、板挟みになったタイアン将軍に同情した。

「ありがとうございます」

「もういいですから、立って下さい」

「タカヒロ殿は新しい魔法を修得されたと聞いていますが、どのような魔法なのですか?」

 ハングさんが目を輝かせて聞いてきた。

「その魔法にも関係するのですが、僕から報告があります」

「なんでしょうか?」

「キメラ研究所の入り口と思われるところを発見したので、調査をするのに人員を貸して欲しいのです」

「誠か?」

 ライガン皇帝閣下が身を乗り出してきた。

「まだはっきりとはしていませんが、新しい魔法の検証中にそれらしき所に迷い込んだのです」

「喜んで協力しよう。何人ぐらい必要かな?」

「まずは、五、六人で下見に行きますので、その間に精鋭部隊を編成して貰えませんか?」

「すぐに手配しよう」

「皇帝閣下、私を調査に行かせて下さい」

 ライガン皇帝閣下に視線を向けられたタイアン将軍が、真顔になっている。

「お前には軍の指揮があるだろ」

「私はタカヒロ殿にこの命を捧げる覚悟をしています」

「皇帝閣下、私も調査隊に加わりたいと思っています」

 静かだったサマンサ司教が急に立ち上がった。

「分かった、許す。タカヒロ殿には儂以上のカリスマ性があるな、まあ、神では当然か……」

 ライオン顔で分かりにくいが困った表情をしているライガン皇帝閣下は、後の方は独り言のように呟いている。

「私も同行させて貰うぞ」

 ハングさんが立ち上がって僕を見詰めている。

「勿論、お願いしますよ。我々の軍師ですから」

「私もいいかな?」

「王子には国に帰って、精鋭部隊の結成を国王に進言して貰わなければなりません」

「やはり、そうか」

 ゴセリー王子は肩を落としている。

「ハスキー達も連れて行くか?」

「ハスキーさん達には、ゴセリー王子を国まで送り届けて貰いたいのですがダメでしょうか?」

「分かった。必ず無事に届けさせる」

「それでは明日の朝、神殿前に集合して下さい」

 僕はミリアナさんと、サマンサ司教を促して立ち上がった。

「宴会の準備をさせている、今夜は城に居てくれるのだろ」

 人の姿に戻ったライガン皇帝閣下からは、覇気が消えていた。

「僕達も準備がありますので神殿に帰ります。宴会は全てが終わってからにしましょう」

 僕達は城を出ると、久し振りに買い物をするために街に向かった。


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