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コスモ大司教の魔法


 神殿の控室は本来、大司教に報告を行うために司祭が控える部屋で殺風景なものだった。

 部外者が大司教に会うためには、アポイントメントがなければ叶わな事なのだ。

「ここは客人にお茶も出さないのね」

「突然、訪問したのだから仕方がないよ。水で我慢してくれないか」

 僕は慣れた手つきで四つのコップに水を汲むと、タイアン将軍とドオランさんにも勧めた。

「ありがとう」

「ありがとうございます」

 ミリアナさんとドオランさんはコップを手にしたが、タイアン将軍はポカンと口を開けて言葉を失っている。

「大司教様ってどのような方なのですか?」

 木の椅子に腰を下ろした僕は、厄介な事にならないように祈っていた。

「大司教様は国一番の魔法の使い手で、戦闘力だけならライガン皇帝にも引けを取らないと思います」

「凄い人なのですね」

「それだけではないぞ、大司教様は古代龍様とコンタクトを取る事で神の力を行使されるのだ」

 恐る恐る水を飲んだタイアン将軍は、自慢するように話し出した。

「神の力ですか?」

「そうだ。傷ついた獣人がいれば瞬時にその場に行き、死にかけていても治して下さるのだ」

「早くお会いしたいですね」

 凄い魔法使いだと聞いてワクワクした。

「お会いすれば、貴様がまやかしの使徒だと判明するだろ。その時は、首を刎ねてやるから覚悟しておけ」

「将軍、お言葉すぎます」

「一介の兵士が俺に意見をするのか!」

 タイアン将軍が立ち上がった。

「神殿内で争い事はいけませんね」

 控室に入ってきたのは、今まで会った司祭と違って白い帽子を被った若く美しい女性だった。

「サマンサ司教、申し訳ありません」

「コスモ大司教様がお待ちです、礼拝堂にお越し下さい」

 サマンサ司教は僕とミリアナさんに、温かい笑みを向けている。


 礼拝堂は広く、最奥には古代龍を百分の一程度にした大きな像が安置されていて、その前には羽衣のようなフワッとした白い神官服を来て、王冠を連想させる金色の帽子を被った女性が立っていた。

「コスモ大司教様」

 十メートルまで近づくと、タイアン将軍とドオランさんが片膝をついて頭を下げた。

「神の子に祝福あれ」

「ありがとうございます。お前達も跪かないか」

「お初にお目にかかります、タカヒロとミリアナと申します。今日は突然の訪問、申し訳ありません」

 僕達はお辞儀をした。

「神殿はいつでも門を開いています、気にする事はありません」

 コスモ大司教の声は、礼拝堂の外にまで届きそうなほど透き通っていた。

「ありがとうございます」

「神の前に来ても臆さないとは素晴らしいですね。貴方達が古代龍様の使徒だと言うのは本当ですか?」

 コスモ大司教が身長より長い杖を僕に向けると、頭部に嵌められた水色の宝石が光った。

「僕達は使徒ではありませんが、古代龍様に呼ばれてこの地に来たのは事実です」

 騙すつもりはないのでありのままを言った。

「やはり偽物だったか。コスモ大司教様の前では嘘などつけまい、成敗してくれる!」

 タイアン将軍は抜刀すると僕に斬り掛かってきたが、ミリアナさんの大剣であっさり受け流された。

「神の前で争いは許しません!」

 コスモ大司教が杖でトンと床をつくと、ミリアナさんとタイアン将軍が膝をついた。

「大丈夫?」

 僕はミリアナさんに手を貸して立ち上がらせた。

「大丈夫よ。凄い力で押さえつけられただけよ」

「今のは重力系の魔法ですよね、無詠唱だったのは前もって杖に仕込んであったからですか? 是非とも僕にその魔法を教えて貰えませんか?」

「貴方には魔力がありませんから、魔法を使うのは無理です。諦めなさい」

 コスモ大司教は優しく諭すように言った。

「魔力なら賢者にも引けを取らないだけありますよ」

 コスモ大司教の水色の澄んだ瞳を、真剣な眼差しで見返した。

「賢者ですか。古代龍様の使徒だとか、確かに人をたばかるのは一流のようですね。これ以上神殿を愚弄すようなら許しませんよ」

「本当の事しか言っていませんよ。この本を貸して下さった魔導士のおばあさんも、僕には無限の魔力があると認めてくれたのですから」

 スケッチブックを開くと、アイテムボックスから『賢者になるための魔術書』を取り出した。

「な、何なの、この魔力……」

 コスモ大司教は杖をついて倒れるの堪えている。

「この本に重力系の魔法の凄さが書いてあるのです。ここは知恵を授けるところだと聞いています、教えて下さいお願いします」

 蒼ざめているコスモ大司教に、深く頭を下げた。

「それ以上近づかない下さい、衛兵を呼びますよ」

 フラつくコスモ大司教を支えるサマンサ司教が、詰め寄ろうとした僕を制してきた。

「ドオラン、何をしている不届き者を取り押さえろ」

 コスモ大司教の魔法からやっとのことで立ち直ったタイアン将軍が叫んだ。

「将軍、それは無理です」

 僕の力を知っているドオランさんは首を振っている。

「止めなさい、お二人は私の客人です。そして、古代龍様に関わりのあるお方に間違いありません」

 魔力酔いから気力で抜け出したコスモ大司教は、僕に向かって頭を下げた。

「分かって頂けましたか」

「タカヒロ様の魔力は純粋でした。そして、古代龍様に匹敵する力を感じました、たとえ私がどんなに足掻いても足元にも及ばないでしょう」

 姿勢を正したコスモ大司教には、威厳が戻っている。

「それは買い被りすぎですよ。僕は賢者を目指していますが、まだまだ魔法に不慣れな若輩者です」

 サマンサ司教が澄んだ瞳で見詰めているのを感じて、顔を赤くした。

「タカヒロ様が仰るのでしたらそうでしょう。私に出来る事があれば、及ばずながら力をお貸しします」

「ありがとうございます。早速ですが先ほどの重力魔法と、瞬間移動の魔法を教えて頂けませんか?」

「瞬間移動ですか?」

「はい。大司教様は傷ついた獣人がいれば、瞬時にその場に来て治療して下さると聞いています」

「少し間違っていますね。確かに一度でも行った事がある場所で、私の力を必要としている人が居れば転移出来ますが、魔力の大半を消費するので国の存亡に関わる時以外は使いません」

 コスモ大司教は困った顔になっている。

「凄い魔法なのですね、無理を言ってすみませんでした。では、重力魔法を教えて下さい」

「教えると言いましても、魔法は古代龍様に祈りを捧げて知恵を授かるものなのです。タカヒロ様もお祈りをされてはどうでしょうか」

 コスモ大司教は二歩下がると、白い手を古代龍の像に差し出して示唆した。

「分かりました」

 僕が像の前に進むと、古代龍のダンジョンの時と同じ現象が起こり始めた。

「大司教様、古代龍様が輝き始めています」

 初めての現象にサマンサ司教がうろたえている。

「静かにしなさい」

 コスモ大司教は像に向かうと片膝をついて頭を下げた。

 僕が近づくほどに光は強くなっていった。

『この世界を変革する者よ、よく辿り着いた』

 礼拝堂に古代龍の思念が響き渡ると、サマンサ司教、タイアン将軍、ドオランさんは土下座をして床に額をつけた。

「今回は姿をお見せにならないのですか?」

 アスランの王都上空に現れたドラゴンの姿を思い出していた。

『この地の変革はまだ遠い、キメラの研究所を潰したら我が元に来るがよい』

「今回は何も授けて下さらないのですか?」

『我輩にねだり事をするとは、逞しくなったな。彼女の後ろに隠れて見上げていた時とは見違えるほどにな。ハ、ハ、ハァ』

「ご覧になっていたのですか」

 ミリアナさんに視線をやると、照れ臭くて苦笑いを浮かべた。

『いつでも見守っている。今回はスケッチブックの力を一つ解放してやろう』

「どのような力でしょうか?」

『それは自分で見極めるがよい。来るのを待っているぞ』

 光りが消えると、古代龍の思念はプツンと切れてしまった。

(また、取説なしですか)

 僕はガックリと肩を落とした。

「タカヒロ様、私にご慈悲を」

 膝をついたままのコスモ大司教が、右手を差し出してきた。

「大司教様、何をなさっているのですか、立って下さい。皆さんも立って下さい。古代龍様はもういませんよ」

「タカヒロ様、私にご慈悲を。お願いいたします」

 顔を上げたコスモ大司教は水色の瞳を潤ませている。

「手の甲に軽くキスをして上げるのよ」

 傍に寄ってきたミリアナさんが耳元で囁いた。

「そうなのかい?」

 白くて柔らかい手を取ると、そっと唇をつけた。

「主よ、ありがとうございます」

「さあ、皆さん立って下さい」

 静まり返った礼拝堂に僕の声が響いたが、誰も立ち上がらなかった。

「古代龍と会話をしたタカヒロは神になったのよ。命令をしない限りこの場は収まらないわよ」

「皆、立ちなさい。そして、ここで見た事、聞いた事は全て忘れなさい。他言すれば罰があるものと思いなさい、いいですね」

 威厳を持って言ったつもりだが、ミリアナさんは吹き出しそうになっている。

「タカヒロ様のお言葉は絶対です。他言すれば死を持って償います」

 立ち上がったコスモ大司教が、真顔で見詰めてきている。

「僕もミリアナも一般人です、呼び捨てにして敬語は禁止します。息が詰まりそうです」

「それは無理です。お許し下さい」

 先ほどまでの威勢が嘘のように顔色をなくしているタイアン将軍が、泣き出しそうな顔になっている。

「せめて今までのようにタカヒロ殿と呼ばせて下さい、お願いします」

 ドオランさんは直立不動になっている。

「仕方ないなァ」

 ミリアナさんが小さく頷くのを見たので、承諾するしかなかった。

「あ、ありがとうございます」

 タイアン将軍は言葉を詰まらせている。

「大司教様、古代龍様に知恵は授けて貰えませんでした。重力魔法を教えて下さい」

「先ほど古代龍様から、力を授かっておられたではないですか?」

「あれはスケッチブックのページが開くようになっただけで、特に力を授かった訳ではありません」

 11ページ目を開いて白紙のページを見せた。

「それは何ですか?」

「僕の魔法を発動させる魔道具です」

 コップ一杯の水を出してコスモ大司教に渡した。

「飲めるのですか?」

「もちろん飲めますよ」

「美味しいです。こんな素敵な魔法がお使えになられるのに、私がお教え出来る事はありません」

「それでは、ミリアナを床に伏せさせた魔法を僕に掛けて下さい。体験するのが一番早いですからね」

「タカヒロ様に攻撃魔法を行使するなど、恐れ多い事は出来ません」

 首を横に振るコスモ大司教は三歩下がった。

「大司教様は古代龍様の像を壊そうとする者が現れたら、どうなさいますか?」

「もちろん、全力で阻止します」

 コスモ大司教が真剣な表情になっている。

「それを聞いて安心しました。ねェ、ミリアナ」

 アイテムボックスからショートソードを取り出すと、古代龍の像に斬りかかった。

「何を馬鹿な真似をしているのよ、止めなさい!」

 縮地のスキルを使ったミリアナさんの大剣が、ショートソードを止めた。

「どけ、邪魔をするな」

 剣を振り回した。

「大司教様! タカヒロを止めて下さい」

 ミリアナさんが真顔になっている。

「偉大なる古代龍様の力をお借りして、神の御前に現れし心なき者の動きを封じたまえ。スペースクラッシュ!」

 コスモ大司教が掲げる杖の宝石が光を放つと。全身に五G近い負荷を受けて膝を崩した。

「ごめんなさい」

 動けなくなった僕は、ショートソードを手放した。

 コスモ大司教が杖で床をつくと、加重力から解放された。

「骨が砕けるかと思いました。貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございます」

 怖い顔をしているコスモ大司教に深く頭を下げた。隣でミリアナさんも頭を下げている。

「今のは、私に魔法を使わせるために業となさったのですか?」

 コスモ大司教は怒りに声を震わせているが、神殿を守るべき兵士である筈のタイアン将軍もドオランさんも微動だにしていない。

「申し訳ありませんでした」

「信じられません。ミリアナ様は分かっておられたのですか?」

「タカヒロの考える事は大体分かりますから。ただ、止めないと本当に壊してしまう恐れがありましたから」

「本気でやらないと大司教様は魔法を使われないでしょうから、本気で壊しに行きました。ごめんなさい」

「もう何も言いません。タカヒロ様には古代龍様からの使命があるようですから、私も及ばずながら力をお貸しいたします」

 穏やかな表情に戻ったコスモ大司教は、微笑みを浮かべている。

「新しい魔法は使えそうなの」

 ミリアナさんは僕が女性と親しくするのが気にいらないのか、すぐに声が低くなる。

「これから試行錯誤しないとダメなようだね」

「それでしたら神殿にお部屋をご用意いたしますので、ごゆっくりして行って下さい」

「そうさせて頂きます」

 城に戻ると皇帝との面談が待っているので、これを理由に暫く神殿に留まる事にした。

「皇帝がお待ちですが、いいのですか?」

 タイアン将軍が困った顔になっている。

「砦に出現した魔物の軍勢は古代龍様の像を壊そうと進撃してきた事。そして、僕は新しい魔法の修得のために暫く神殿に残る事も伝えておいて下さい」

「お命つけのままに」

 タイアン将軍が深々とお辞儀をした。

「だから、敬語は禁止。それとここでの事は他言禁止。貴方は将軍、僕より地位が高いのですからため口でお願いします」

「わ、分かった。皇帝には、そう、伝えて、おく」

 タイアン将軍は片言になってしまった。

「よろしくお願いいたします」

「ドオラン、城に戻るぞ」

 僕が頭を下げると、タイアン将軍はそれを見なかったように踵を返して神殿を出て行った。


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