合成魔獣が現れる
フォブルに僕とミリアナさんとハングさんの三人が乗ったので、ドウベル達は楽が出来るようになったが走り続けるのは二時間が限界だった。
「たっぷり飲みなよ」
土属性の魔法で大きな器を作り、ドウベル達のために溢れるほど水を汲んだ。
「この森を抜けると連合国に入ります」
「生き物の少ない森ですね」
「この森は魔物も出ますが動物も多いのですが、何か異変が起きていますね」
ハングさんが首を傾げている。
「連合国までは、あとどれぐらい掛かりますか?」
「そうですね、一日半ぐらいですかね」
ハスキーさん達も僕が用意した水を美味そうに飲んでいる。
『主よ、一キロほど先から異様な力の波動を感じるぞ』
寝そべっていたフォブルが起き上がった。
「調べてみよう」
中距離レーダーを起動すると、赤い〇が一つ現れた。
「かなり大きな魔物がいます」
「そのような事まで分かるのですか?」
ハングさんはスケッチブックを扱う僕に、一々大袈裟に反応する。
「近くまで行ってみましょう」
少し進むと木々がなぎ倒されていて、魔物は五百メートル以上離れたところから発見する事が出来た。
小高い丘の上に居るのは大きな鳥だった。
「見た事のない魔物ね」
ミリアナさんも大きさに驚いている。
「我々も知らない魔物です」
ハスキーさんの言葉にドオランさん達も頷いている。
「敵の正体が分からないと戦い難いなァ」
あまりの大きさに、無謀に突っ込んで行くのは躊躇された。
『我が奴に近づくから、動きを見ているとよい』
「あいつに勝てるのか?」
『奴の気配からすると一撃で遣られるだろうが、我はエネルギー体だから死ぬ事はない』
フォブルが馬より早いスピードで走り出した。
「ギャー、ギャー」
怪鳥は鷲のような大きな翼を広げて騒ぎ出した。全長は八メートル近くあり、長い尻尾まである。
フォブルは攻撃をかわすのが精一杯のようだ。
飛び上がっては急降下する怪鳥の爪は掴んだ岩を砕き、蛇のような動きをする尻尾は大木をへし折っている。
「あれは、何種類かの魔物と動物を掛け合わせたキメラではないでしょうか?」
「ハングさんはご存知なのですか?」
「昔の文献を調べている時に、数種類のキメラが描かれた絵を見た事があります。詳しくは分かりませんが、その中にあれに似た魔物を見た記憶があります」
「そうですか、厄介な魔物ですね。合成魔獣だとすると、作り出している奴が居るかもしれませんね」
「ここからでははっきりしませんが、怪鳥が口から出している紫の煙は毒ではないでしょうか?」
猫顔になっているキャシーさんが、瞳孔を広げて怪鳥を凝視している。
「毒だと近づく事も出来ないなァ」
強くなっていく敵を前にして、対応を考えあぐねてしまった。
「タカヒロ、フォブルが!」
ミリアナさんが叫ぶのと同時に、尻尾の一撃を受けたフォブルの姿が消えてしまった。
「タカヒロ殿のゴーレムを溶かしたハング殿の魔法なら、あいつを倒せるのではないか」
戦闘体形になっているゴセリー王子の声が上擦っている。
「あの魔法は動きの早い敵に当てるのは至難の業だし、射程距離が短いのでここからでは使えません」
「奴がこちらに来るぞ!」
豹顔になっているハスキーさんが剣を抜いている。
「ミリアナ!」
「時間を稼げばいいのね、任せなさい」
ミリアナさんは大剣を握ると、皆から離れていった。
「集団攻撃魔法を発動させます。と言てもハングさんと僕の二人だけですがね。皆さんはあいつがここに来ないようにして下さい」
「私はミリアナ殿の加勢に向かいます」
ハスキーさんが走り出した。
「それでは、私達は反対側から奴の気を引きます」
ドオランさんが、ラクシャさんとキャシーさんを連れて走り出した。
「ハングさんはじっとして居て下さい」
五分でハングさんの肖像画を描き上げた。
「これは、あの時の」
戦闘体形が解けてしまったハングさんは、座り込んでしまった。
「ハングさんの力をお借りします。ゴセリーさんはハングさんを守って居て下さい」
アイテムボックスに肖像画を収納すると、3ページ目に怪鳥の頭を描いてファイアアローとハングさんが使っていたフレームボムを描き足した。
スケッチをしている時の僕には周りが見えていなかったが、ハスキーさんが右腕を尻尾で砕かれて、詠唱をしていたラクシャさんが毒を吸って倒れていた。
僕が怪鳥に近づいていくと、ミリアナさんは倒れた二人を脇に抱えて移動体勢に入った。
「行くよ! 皆、離れろ!」
大声で叫びながら『T.Aizawa』のサインを入れた。威力十倍のファイアアローとハングさんの強力なフレームボムが同時に爆発して、さらに威力が倍加されていく。
『ドドンー!』
轟音と共に怪鳥の頭が吹っ飛び、火柱となった炎が全身を呑み込んで焼き尽くしていった。
全員が元の場所に集まると、魔力を吸い取られて気を失ったハングさんの傍でゴセリー王子がオロオロしていた。
「マルシカさんから貰った毒消し薬だよ。これをラクシャさんに」
ミリアナさんに薬瓶を渡すと、ハスキーさんの腕を調べた。上腕骨が折れて、皮膚が紫色に変わり始めている。
「ここまで酷いと、私の治癒魔法では助けようがありません」
キャシーさんが泣きながら腕を擦っている。
「ドオランさん、ハスキーさんの腕の付け根を固く縛って、これで骨の折れている個所を切り開いて下さい」
アイテムボックスから短剣を取り出すと、ファイアの魔法で炙って渡した。
「腕を切り落とすのですか?」
「違いますよ。折れた骨が見えるようにするのです」
異世界に来た当初の僕なら、わざわざ血を見る事など思いも及ばない行為だ。
「分かりました」
ハスキーさんに布切れを噛ませたドオランさんが、骨に当たるまで短剣を刺して切り開くと、白い骨は複雑骨折をしていた。
僕は吐き気を必死で堪えながら、10ページ目に切り開いた腕をスケッチした。
(これが内臓だったら諦めるしかないなァ)
そんな事を考えながら折れた骨を繋ぎ合わせるように全て描き終えると、次に切り口を出来るだけ丹念に描いてサインを入れた。
画用紙から溢れ出る閃光がハスキーさんの腕を包み込んで、数十秒の時が流れた。
「終わりました。動かして見て下さい」
「ありがとうございます」
起き上がったハスキーさんは、恐る恐る腕を動かした。痛みもなく自由に動かせるよだ。
「問題ありません」
腕を擦るハスキーさんの顔に笑みが零れている。
「この水を飲めば体力も少しは回復するでしょう。ハングさんもこの水を飲めば、少しは魔力が回復すると思いますよ」
肖像画を破棄すると、蛇口の水を汲んだコップをハスキーさんとハングさんに渡した。
「まさに神のなされる技」
ハングさんを初め皆が手を合わせて拝んでいる。
「タカヒロ殿、レッドゴリー王国は何があっても貴方様について行きます」
直立不動で敬礼するゴセリー王子は目を輝かせている。
「止めて下さい、僕は普通の人間ですよ。少し休んだら出立しましょう」
ハスキーさんの話しだとあと半日ほど走れば砦があるそうなので、フォブルを呼び出して先を急いだ。
「砦の方角から煙が見えます」
先頭を走るハスキーさんが、狼煙ではない煙に慌てている。
「嫌な予感がするな」
レーダーに目を落とすと、一キロメートル先が赤い〇で埋め尽くされていた。
数分で魔物の最後尾が見えたが、砦まではまだまだ距離があった。
「この数は!」
万に近い魔物の混成部隊に、全員が言葉を失ってしまった。
「どこから、これだけの魔物が現れたのだ?」
オークやオーガ以外にも、僕の知らない魔物が数多く混じっていた。
「我々だけでは、どうする事も出来そうにありませんな」
指揮を取るはずのハングさんが、完全に戦意をなくしている。
「確かにこの数では、国の全部隊が出撃しても負けるでしょうな」
蒼ざめた顔のハスキーさんの声が震えている。
「タカヒロ、どうするの?」
戦う気満々のミリアナさんは大剣を握っている。
「やるしかないでしょう。連合国が滅んでは、レッドゴリー王国との共闘が叶わなくなりますからね」
「いくらタカヒロ殿でも、これだけの数が相手では無謀すぎます」
軍師と呼ばれて名高いハングさんが、首を横に振っている。
「魔物も後方から攻撃されるとは思っていないでしょう。ここは一気に行きますよ」
スケッチブックをリカバリーして、9ページ目に鉛筆を走らせて試練のダンジョンで敵対したミノタウロスを描いた。
『我が主よ、何か用か?』
黒い波紋の中から現れた魔物が、僕の前で片膝をついた。
「名前を聞こう」
『我が名は、スロウ』
片腕のミノタウロスは片言で答えた、
「スロウ、もう一度呼び出すから待っていろ」
スケッチブックを開き直してミノタウロスを描くと、頬の傷は描かず左腕を描き足して『Aizawa』のサインを入れた。
先ほどより凛々しい姿のミノタウロスが現れた。
『我が主よ、何か用か?』
「これを持って控えていろ」
アイテムボックスから両刃の斧を取り出して、スロウに渡した。
『御意!』
片膝をついているスロウは、恭しく頭を下げた。
「ミ、ミノタウロスが……」
ミリアナさん以外全員が戦闘態勢を取り、魔力が回復していないハングさんまでも詠唱を始めている。
「僕が呼び出すのを見ていたでしょう」
「見ていましたがミノタウロスは凶暴な魔物です、危険すぎます」
ドオランさんは、今にも斬りかかりそうな視線をスロウに向けている。
「心配はいりません。コボルトキングもミノタウロスも、本体は力を封じて厳重に監視されていますから」
「そうですか。凶暴極まりない魔物も、タカヒロ殿に掛かれば眷属でしかないのですね」
全員が安堵したようにスロウから視線を外した。
次にフォブルを呼び出してゴーレムを三体作ると、8ページ目一杯にイナズマを描いた。
「準備は出来ました。では、行きますよ!」
古代龍のダンジョンでは苦労して発生させた落雷の準備が整うと、戦闘体形に姿を変えている皆に声を掛けた。