新たな力の覚醒
僕達が待つ正門にハスキーさん達四人を連れた、ハングさんとゴセリー王子が現れた。
ハングさんは白い神官服に白いマントを羽織り、赤髪のゴセリー王子は金の糸で刺繍を施した王族に相応しい服装をして、腰には宝石を散りばめた鞘に納めたロングソードを携えていた。
「私達の釈放にご尽力頂き、ありがとうございました」
武器や防具を装備したハスキーさん達が頭を下げた。
「ハングさんとゴセリー王子が同行しますが、僕達を連合国に案内して頂けますか?」
「喜んでご案内させて頂きます」
「馬車を用意させていますので、すぐにでも出立出来ます」
ハングさんが手を上げて兵士を呼んだ。
「街道だと馬車でも五日は掛かります。ここは私にお任せ願えませんか?」
キャシーさんの治癒魔法を受けって、傷が癒えているドオランさんが前に出てきた。
「近道があるのですか?」
「はい。森を突き切って行きます」
「それでは、余計に時間が掛かるのではないかな?」
体力に自信がなさそうなハングさんが首を傾げている。
「乗り物を用意しますのでお待ち下さい」
門を出たドオランさんは詠唱を始めた。
「偉大な古代龍様の力をお借りして、我が下僕よ我が魔力を糧にここに集え。ドウベル!」
何もなかった地面に靄が立ち、人の倍はありそうな犬が五頭現れた。
「凄い、召喚魔法ですか?」
僕は初めて見る現象に目を輝かせた。
「これは、私が飼っている犬を呼び寄せるだけの魔法です」
ドオランさんは照れ臭そうに頭を掻いている。
「これに乗せて貰うのはいいのですが、五頭では足りないのでわ?」
ミリアナさんは初見の大きな犬を平然と撫でている。
「先頭のハスキー隊長と最後尾の私が一人乗りで、あとの方々は二人乗りでお願いします」
「馬ほどは大きく無いのに、僕達が二人も乗って走れるのか?」
一行の中でひと際体格の大きいゴセリー王子が心配している。
「訓練してありますから大丈夫です。出発しましょう」
ドオランさんの指示で僕とミリアナさん、ハングさんとゴセリー王子、ラクシャさんとキャシーさんが同じドウベルに乗った。
僕達が乗り慣れるまでは街道を走る事になり、ハスキーさんを先頭にレッドゴリー王国を後にした。
馬に乗り慣れているミリアナさんが前に乗り、僕はミリアナさんの腰にしがみついた。
騎士としての訓練を受けているゴセリーさんも、危なげなく乗りこなしている。
ドウベルは少しずつ速度を上げて行き、馬と変わらない速さで走っている。
一時間ほど走り街道を逸れて森に入ると、ドウベルの走りが際立った。右に左にと木立を避けながら突き進む走りは、馬には真似の出来ない走りだ。
「少し休んで行きましょう」
見覚えのある湖の傍でハスキーさんが止まった。
全員が降りると、ハァー、ハァーと舌を出しているドウベル達は水をガブ飲みしている。
「俺達が乗っていた奴がグロッキーだぞ」
ゴセリー王子が言うように一頭だけが、水辺で腹這いになっている。
「キャシー、ヒールを掛けてやってくれるか」
「いいけど、動物には効果が少ないわよ」
「分かっているよ」
ドオランさんは、腹這いになっている犬を心配そうに撫でている。
「もうすぐ日が暮れます、ここでキャンプを張って行きませんか?」
「使徒様が仰るのでしたら、そうしましょう。でも馬車を置いてきたので、何の準備もありませんが?」
ハングさんは僕の言葉が、合点がいかないようだ。
「それなら心配いりません。食料はここから四、五百メートルほど行ったところにタルーの巣がありますので調達出来ますし、テントは僕が準備します」
「野生のタルーを狩るのは難しですよ」
獣人のハスキーさんでさえ難色を示している。
「僕達が狩って来ますから、皆さんは焚き火の準備をお願いします」
ミリアナさんと森の奥に入ると、先日と同じ要領でタルーを狩り、数個のタマゴも確保した。
「狩りにはそれなりに自信のある私でも、危険察知能力のあるタルーを捕るのは苦労しますよ」
「私は飼育されているタルーしか食べた事がありません」
「さすが使徒様、見事な物ですね」
三十分ほどで戻って来た僕達を見て、全員が驚いている。
「その使徒様は止めて貰えないかな、居心地が悪くてかないませんよ」
「では、何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「タカヒロでいいし、敬語も止めて貰いたいのですが」
「いくら何でも呼び捨てには出来ません。せめてタカヒロ殿と呼ばせて下さい」
決闘で完敗しているハングさんは、僕に心酔しきっているようだ。
「それぐらい認めて上げなさいよ」
「ミリアナ殿、お口添えありがとうございます」
「分かりました。僕からもお願いがあります、これからの行動決定は軍師であるハングさんにお願いします。いいですよね」
人を纏めるのが苦手なので、厄介な決断をハングさんに丸投げする事にした。
「私は我が国と連合国の橋渡しをして下さる、タカヒロ殿の手助けする王子をサポートさせて頂くだけで、とてもそのような大役は務まりません」
「ですから、共闘が上手くいくように策を練って貰いたいのですよ」
ハングさんを見詰めて説得した。
「使徒様が居られれば問題なく行くと思いますが、及ばずながらお手伝いをさせて頂きます」
ハングさんは僕に逆らうのを諦めたようだ。
「タルーの解体が終わりました。どのように料理しましょうか?」
ハスキーさんとドオランさんが肉と骨を運んできた。
「料理は僕が作ります」
スケッチブックを開くと竈と土鍋を用意して、タルーの骨と少量の塩を入れた。
別の竈には石板を乗せて肉を焼きながら、骨のスープに野菜を投げ込んでいった。
土のテーブルには木製の器を並べ、パンやサラダを盛っていった。ミリアナさん以外は全員が無口になり、只々目を丸くして見ている。
「では、食べましょうか」
「あの、少しいいでしょうか?」
ハングさんとゴセリー王子は、牢屋でハスキーさん達が見せたのと同じ表情をしている。
「何でしょうか?」
「これは神のなせる技でしょうか?」
「いいえ、マジックアイテムを使っただけですよ」
アニマルワールドでは、収納系の魔法やアイテムは知られていないようだ。
「そうですか。頂いてもいいのでしょうか?」
「はい。皆さんも席について食べて下さい」
「頂きます」
二度目とあってハスキーさん達は迷いもなく料理に手を伸ばした。
ハングさんとゴセリー王子は、周りを見ながら恐る恐る手を伸ばしている。
ドウベル達は出し殻の骨と焼いた肉を貰って、嬉しそうにシャブリついている。
食事の後はゴーレムに見張りを任せて、全員が三つのカマクラに分かれて入った。
「どうかしたの?」
9ページ目の画用紙が淡い光を放っているので見詰めていると、ミリアナさんが声を掛けてきた。
「新たな魔法が覚醒したようなのだけど、何を描けば良い分からないんだよ」
「新しい魔法が使えるのね」
ミリアナさんの透き通ったブルーの瞳が、期待に輝いている。
「闇属性の魔法で、今必要な魔法って何だろう?」
『賢者になるための魔術書』を広げたが、答えが見つからなかった。
「9ページ目はゴーレムを呼び出しているページでしょ。何か他に呼び出せるのじゃない」
「ドオランさんのように動物は飼っていないしなァ」
「適当に何か描いてみなさいよ」
「何かと言われてもなァ」
考えあぐねた末に、アイテムボックスからコボルトキングの絵を取り出すと9ページ目に写し取って、また収納した。
「そいつを呼び出すの」
適当にと言っておきながら、絵を見たミリアナさんが引いている。
「襲ってきたら守ってよ」
「任せなさい」
ミリアナさんが大剣を構えるのを待って『Aizawa』のサインを入れた。
画用紙に黒い波紋が広がると、銀色の動物が飛び出してきた。
『我が主よ、お呼びか?』
お座りの格好をしたコボルトキングが、思念を飛ばしてきた。
「本当に呼び出したわね」
コボルトキングに敵意が無いのが分かると、ミリアナさんが大剣を納めた。
「お前は僕達を背中に乗せて走る事が出来るか?」
『主の命とあれば、何でも出来ます』
「そうか。明日は頼むぞ」
『お任せを』
これで明日はドウベル達に少しは楽をさせられると思いながらスケッチブックを閉じると、コボルトキングが消えてしまった。
「コボルトキングが呼び出せると言う事は、ミノタウロスも呼び出せるわね」
「たぶんね」
「ゴーレムにミノタウロスがいれば、魔物の群れに遭遇しても何とかなるわね」
笑みを浮かべるミリアナさんの楽天性が加速している。
翌朝は先日と同じように、小鳥のさえずりで目覚めた。
「おはようございます、タカヒロ殿、ミリアナ殿。昨夜は遅くまで騒いでおられましたが、何かありましたか?」
「新しい魔法を調べていました」
「タカヒロ殿がいまさら新しい魔法ですか?」
ハスキーさんが淫靡な笑みを浮かべた。
「本当ですよ。なァ、ミリアナ」
「そうしておきましょう」
ミリアナさんは、さっさとテーブルについた。
「そんな言い方をしたら誤解されるだろ」
「早く食事を済ませて出立しましょう」
ミリアナさんに促されて全員が簡単な朝食を済ませた。
「ドウベル達も十分に休ませましたので、全速力で獣人連合国に向かいますよ」
「今日は僕も乗り物を用意しますので、ドウベル達は一人乗りにして遣ってください」
9ページ目にコボルトキングを描いて『Aizawa』のサインを入れると、画用紙から銀色の動物が飛び出した。
「な、何ですか? 凄い威圧感を感じます」
人間の大きさに近いオオカミのような生き物に、ハングさんが恐怖している。
「コ、コボルトキング!」
ハスキーさん達は腰を抜かし、ドウベル達は尻尾を股間に挟み込んで怯え切っている。
「こちらにもコボルトキングが居るのですか?」
「居ますが、さほど強い魔物ではありません。しかし、こいつは別格です」
犬顔になったドオランさんが、剣を抜いて戦闘体勢に入っている
『我が主よ、お呼びか?』
「皆が怖がっているのだが、姿は変えられるか?」
『我はエネルギー体でしかない、主が好きな姿を描き名前を呼べばよい』
コボルトキングはお座りの格好で、僕と対峙している。
「本体を呼び出したのではないのだな。それでお前の名前は?」
『我の名は、フォブル』
「フォブル、どんな姿がいい?」
『あそこに居る犬と同じで構わない』
「そうか、では呼び直そう」
スケッチブックを閉じるとコボルトキングは消えた。
ミリアナさんを除く全員が、僕の行為を黙って見詰めている。
「いでよ、フォブル!」
ドウベルをモデルに描いた犬の額に小さな角を描き足して、名前を呼びながらサインを入れた。
「今度は、何を呼び出されたのですか!」
ハングさんが大きな声を出すのも無理はなかった。黒い波紋の中から現れたのは、先ほどの倍はありそうな銀色の犬だったのだ。
「申し訳ありません、魔法に不慣れな物で」
「そんな魔物を呼び出して大丈夫でしょうね」
戦闘の意思が消えて元に戻ったドオランさんは、声を震わせている。
「心配いりません、戦闘力はさほど高くありませんから」
「そうね、タカヒロなら指一本で消してしまうわね」
ミリアナさんは進化していく僕の能力に、苦笑いを浮かべている。