幕間7ハング軍師の心酔
私はレッドゴリー王国の宮廷魔術師長のハング。宮廷軍の作戦全般を指揮する軍師でもある
獣人連合国の密入国者を捕獲するゴセリー隊長のサポートをする為に隊に同行した。
森の中で四人の密入国者を包囲したが、激しい戦闘になりこの場での処刑遂行も仕方のない状況になった。
「やめろ!」
「何者だ? 邪魔をすれば敵とみなすぞ」
突然現れた大剣を持った少女の出現にゴセリーが驚いている。
「勝敗はついている、これ以上戦うなら僕達が相手をします」
少女の後ろにはゴーレムを引き連れた少年がいた。
「我が国の領土に侵入しておいて、戦いを挑むとは身の程しらずが!」
ゴセリーが上げた右手を下ろすと、魔術師達のファイアーボムがゴーレムを直撃した。
「我らの魔法に耐えるとは、ただの人形ではないようだな」
部下の攻撃が効かなければ私も参戦しなければならないが、少年から溢れ出る魔力を感知するとステッキを下ろしてしまった。
「これ以上戦えば死人が出ます。僕達は引きますから見逃して貰えませんか?」
少年には我々と敵対する意志はないようなので、安堵せずにはいられなかった。まともに戦って勝てるような相手でないことは明白だ。
「そこの密入国者を渡すなら考えよう」
魔力感知が出来ないゴセリーには、少年の力量が分かっていないようだ。
「密入国者なの?」
負傷して動けなくなっている獣人達を見詰める、少女も少年も驚いている。
「我が国の情勢を探っていたのを見つけて、ここまで追ってきたのだ」
「何も反論しないところを見ると、本当のようね」
状況が呑み込めたのか、少女が大剣を下ろした。
「分かって貰えたようだが、貴様達は何者でどこから来た?」
「私達は人間で、古代龍に呼ばれてやってきたのよ」
少女は戦闘体形のゴセリーと睨み合っても平然としていた。
「古代龍様に呼ばれただと!」
ゴセリーを始め全員が驚愕している。
「絶対神である古代龍様が、神聖なこの地に人間を召喚されたりはなさらない。神の名を騙る不届き者が!」
流石に私も黙ってはいられなかった。古文書によると古代龍様は人間の奴隷になっていた獣人を解放して、アニマルワールドを作られた神様なのだ。
「神様かどうかは知らないけど、本当なのだから仕方がないでしょ」
真っ直ぐ私を睨む少女は、嘘は言っていないようだ。
「ゴセリー隊長、人間は危険だ。直ぐに捕らえるのだ」
ゴーレムが消えると少年の魔力も消えていたので強行手段に出たが、二人と敵対する事は王国の崩壊に繋がりかねない慄きは消えなかった。
「分かっている。大人しく同行して貰おう」
「獣人達にこれ以上危害を加えないのなら同行します」
「武器を渡して貰おうか」
ゴセリーの指示で兵士が全員の武器を押収した。
「その怪しげな魔道具も没収しておけ」
私は少年が手にしている、見慣れない魔道具から目が離せなかった。
「私達をどこへ連れて行くの?」
「衛兵場で取り調べを行い、その後は将軍が判断される事になるだろう」
二人は大人しく連行に応じたが、少年が何か仕掛けてくるのではないかと気が抜けなかった。
衛兵場に着くと後をゴセリーに任せて、国王に報告をするために職務室に急いだ。
「ハング、何があった?」
私の顔色をご覧になったゴスリー国王は、不穏な空気を感じて居られるようだ。
「森で人間に遭遇いたしまして、現在リスア将軍が取調べを行っております」
職務室で国王と二人きりなった私は、タカヒロとミリアナと名乗った人間の事を報告した。
「古代龍様の使徒だと。お前の心象はどうなのだ?」
「はい。まだ確証はありませんが、お二人と戦う事になれば国が滅びるかもしれません」
少年の魔力に怯えたことを率直に話した。
「そうか。このタイミングで使徒様のご降臨か。真偽の確認はお前に任せる」
「分かりました、お任せください」
大量の魔物の出現に苦慮されていた国王の意思を汲み取った私は、職務室を後にすると地下牢に向かった。
「ここでしたか、タカヒロ殿とミリアナ殿。リスア将軍の無礼を許して貰いたい」
ゴセリーの報告によると人間の言葉を信用しないリスアによって、二人は投獄されようだ。
「貴方は誰ですか?」
「これは失礼。私は宮廷魔術師長のハングです。森でお会いした時は、戦闘体形でしたから分からないのも当然ですね」
「あの時のチン……」
「そうです、あの時のチンパンジーです。我々は戦闘時には獣人化するのです」
「それではゴセリーさんは?」
「はい。森でお会いになったゴセリー隊長です」
「出来るだけ早く出られるように手配しますから、無茶をしないで下さいよ。お二人に暴れられるとこの国が崩壊しかねませんからね。それをお伝えに来たのです」
「意味もなく暴れたりはしませんよ」
「それを聞いて安心しました。入用の物があれば持ってこさせます、何かありますか?」
「ありがとうございます。特にはありません」
「では、後ほどお会いしましょう」
二人は投獄された事を気に病んでいる様子もなく、呆気らかんとしているので拍子抜けした。
少年からは全く魔力を感じなくなっているが、牢からは何時でも出られると思っている節が伺えた。
二人の素性を知るために押収した薄い本のような魔道具を鑑定したが、何も分からず中を確認することも出来なかった。
「何が起きた!」
「ハング軍師。どうなさいましたか?」
突然手にしていた魔道具が消えたので慌てていると、他の押収品を調べていたゴセリーが驚いている。
「地下牢に行くぞ! 兵士を連れてついてこい」
「はい」
「やはり魔道具はタカヒロ殿の下に戻っていましたか。調べている最中に、突然消えてしまったので驚きましたよ」
何も持っていなかった筈なのに、コップで何かを飲んでいる少女は落ち着き払っているし、傍にいる少年からは森で出会った時のような魔力が感知できた。
「魔道具を取り上げて、動けないように拘束しろ!」
「ゴセリー王子、お二人は丁重におもてなしした方が賢明かと思います」
兵士に指図するゴセリーに首を振った。
「なぜだ?」
「古代龍様の使徒と言うのは、まんざら嘘ではないかもしれないからです」
「そうなのか」
「ええッ、王子様だったのですか?」
驚いたようにゴセリーを見詰めているタカヒロはひ弱な少年に見えたが、秘めた力の底が見えず兵が居なければ土下座も辞さない思いになっていた。
「なんだ、これは!」
「踏み潰せ!」
足元の小さなゴーレムに気づいた兵士が騒ぎ出した。
「待て、それはタカヒロ殿が作られたゴーレムだ。森で見た時はもっと大きかったがなぁ」
「あの時とはずいぶん違うが、ゴーレムはそんな簡単に作れる物なのか?」
「我が国にゴーレムを操れる魔術師はいませんよ」
少年の力の凄さを教えると、ゴセリーが真剣な眼差しで二人を見詰めていた。
二度目のリスア将軍の取調べの席でお二人が、古代龍様が作られた魔方陣で転移してきたことを知った私は、リスアを納得させる為に決闘を申し込んだ。
国王様にもお二人の力を見て貰うことで、少年が提案している獣人連合国との共闘が順調に進むと判断したのだ。
決闘は英雄と呼ばれているリスアと、大魔導士と呼ばれている私達の完敗で終わった。
国王様はお二人を使徒様と認められて獣人連合国との共闘を決断され、決闘で敗北したリスアは拝礼の体勢で頭を下げた。
少年の魔力に心酔する私は弟子入りしたかったが、国王様の前では口には出来ずに、お供することで使徒様のお力になることを決心した。