アウェイでの戦い
東京ドームの三分の一ほどの広さがある闘技場の観客席は、リスア将軍の雄姿を見ようと駆けつけた市民で満員になっていた。
「まずはハングさんの力を奪うから、ミリアナとゴーレムで僕を守ってくれるかな」
「分かった。リスアとは私にやらせてよ」
「分かっているよ」
闘技場の中央に向かう僕達は、簡単な打ち合わせをした。
「わあッ……」
と大歓声の中、闘技場に入ってきたリスア将軍とハング軍師は、すでに戦闘体形になっていた。
王冠を被った人物が座っている貴賓席に向かって、最敬礼する二人に倣って僕達も頭を下げた。
「タカヒロ殿、ミリアナ殿、準備はいいですかな」
「ゴーレムを召喚する時間を頂けますか?」
「構いませんよ」
神官服を着たチンパンジー姿のハングさんは、余裕綽々としている。
「ありがとうございます」
人間大のミスリルゴーレム三体を作り出すと、少し下がってイーゼルスタンドにスケッチブックをセットした。
「いつでもいいわよ」
セパレートの革鎧に朱色の手甲脚絆のミリアナさんは、ミスリルの大剣を構えて戦闘モードに入っている。
「では、五十メートルほど離れた地点から始めましょうか」
ステッキを持ったハング軍師と、ミリアナさんに負けない大剣を持ったリスア将軍は離れていった。
『皆さん、こんにちは。本日はリスア将軍とハング魔術師長が、ゴスリー国王陛下の恩赦によって死刑を免れた密入国者と決闘を行います。我が国トップのお二人が我々の前で力を示されるのは稀な事、刮目しましょう』
突然魔法による放送が流れ、さらに大きな歓声が沸き起こった。
「密入国者は死刑だ。我らが英雄リスア将軍に首を刎ねられ、我が国が誇る魔導士ハング軍師に灰にされてしまえ!」
観客席から罵声が飛んでくるが、ハングさんのスケッチを始めている僕の耳には届かなかった。
「行きます。偉大な古代龍様の力をお借りして、我が敵を破壊せよ。フレームボム!」
ハングさんのステッキについている赤い宝石が光ると、小さな火の玉がゴーレムに当たった。
『ドドン!』火の玉は爆発を起こして火柱がゴーレムを呑み込み、少しずつ熔解していった。
「さすがハング、ゴーレムなど敵ではないな」
白銀に光る鎧を着たゴリラ姿のリスア将軍が切り込んで来たが、ミリアナさんが受け流しのスキルで応戦している。
ゴーレムには攻撃をさせずに、僕の前で攻撃の的をさせている。
「もう一体、行きます。偉大な古代龍様の力をお借りして、我が敵を破壊せよ。フレームボム!」
ハングさんの魔法が、二体目のゴーレムを熔解していく。
『初っ端から高破壊力の魔法が敵のゴーレムを溶かしています! 魔導士ハング殿の前ではゴーレムも路傍の石に過ぎないようです』
魔法による拡声放送は闘技場に響き渡っている。
「凄いぞ! 大魔導士ハング殿」
「賢者、ハング様!」
観客席は盛り上がり、大声援が送られている。
「勝負はあったようだな」
ミリアナさんと鍔迫り合いしているリスア将軍が、薄笑いを浮かべている。
「本当にそう思っているのなら、貴女の目は節穴ね」
ミリアナさんは僕を守るために防御に徹しているのだ。
「さらにもう一体、行きますよ。偉大な古代龍様の力をお借りして、我が敵を破壊せよ。フレームボム!」
ハングさんの魔法はゴーレムに当たったが、小さな火が燃えただけですぐに消えてしまった。
「魔力はまだ十分残っている筈なのにどうして。偉大な古代龍様の力をお借りして、我が敵を破壊せよ。フレームボム!」
ハングさんは詠唱を繰り返すが、魔法の威力は低下していき最後には発動しなくなった。
「そこまでですよ、ハングさん」
ミノタウロスやコボルトキングのように完全に力を奪うのではなく、戦闘能力がなくなった時点で肖像画をアイテムボックスに収納した。
「何をしたのですか?」
戦闘体形が解けて人間の姿になったハングさんは、ガックリと膝を崩した。
「貴様、何をした!」
燃えるような赤い髪を振り乱すリスア将軍が、僕に斬り掛かってきた。
「貴女の相手は私よ。ここからは本気で行かせて貰うわよ」
縮地のスキルを使ったミリアナさんが、僕に迫ってくるリスア将軍の大剣を押し返した。
「生意気な。我らの力が人間に負ける訳がないだろ」
大勢の観衆の中、リスア将軍も負ける訳にはいかないようだ。
大剣同士の打ち合いは、スキルを使いこなすミリアナさんに勝機があるように見えたが、不吉な予感がする僕はリスア将軍のスケッチを始めた。
俊敏な動きと火花を散らす剣撃に観衆が息を呑む中、
「斬鉄!」
一瞬の隙をついて放ったミリアナさんのスキルが、リスア将軍の大剣を叩き折った。
勝負がついたと思われた時、
「うおッ!」
両手を上げたリスア将軍が吠えた。ホールドアップではないようだ。
「止めろ! リスア!」
ハングさんが叫ぶ中。鎧も服も弾け飛んで、ゴリラ姿のリスア将軍の身体が三倍に巨大化していった。
「ぐおッ! がおッ!」
縮地のスキルで逃げるミリアナさんを目がけて振り下ろされる鉄拳が、地面に穴を作っていく。
加勢に入ったゴーレムも殴り倒されて、数発のパンチで壊されてしまった。
「タカヒロ殿、狂戦士化したリスアを止めて頂けませんか。十五分もすれば正気を失って闘技場を破壊してしまいます」
軍師と呼ばれているハングさんがオロオロしている。
「やってみます」
僕の絵は完成に近づいていた。
野生の感で危険を察知したリスア将軍の鉄拳が、ミリアナさんを飛び越して僕に迫ってきた。まともに受けたら、形も分からないほど潰されてしまうだろう。
「縮地!」
僕の前に現れたミリアナさんが、両手を広げて目を瞑った。
「ありがとう、助かったよ」
ミリアナさんの行動でリスア将軍の動きが一瞬止まって、際どいところで『Aizawa』のサインが間に合った。
力を吸い取られて戦闘体形が解けたリスア将軍は、素っ裸で豊満な胸を隠すようにして跪いている。
「これを掛けて上げて」
アイテムボックスからマントを取り出して、ミリアナさんに投げた。
「申し訳ない。完敗のようだな」
見頃を合わせて立ち上がったリスア将軍は、真っ赤になっている。
「タカヒロ殿とミリアナ殿、謁見の間に来るようにと国王様が申しておられます」
予想だにしなかった決着となり、静まり返っている闘技場にゴセリー王子が駆け込んで来た。
「皆は先に行ってくれ。私は着替えを済ませたら向かう」
リスア将軍は部下に付き添われて、闘技場を出て行った。
「狂戦士化したリスアを止めて頂き、ありがとうございました。では、行きますか」
ハングさんが先頭に立って歩き出した。
僕達は帯剣を許されたまま謁見の間に入った。
玉座には国王が座り、右には軽鎧を着たリスア将軍が、左にはハング軍師が立っていた。
両サイドには槍を持った兵士が等間隔で並んでいる。
「私はゴスリーと申します。先ほどの戦い、お見事でした。我が国最強の二人を簡単に倒されるとは、古代龍様の使徒と仰るのは誠のようですな」
「はい。古代龍様に呼ばれてこの地に参りました」
否定するのを諦めて頭を下げた。
「目的を聞いてもよろしいかな」
密入国者に対して下手に出る国王に、配下の全員が驚いている。
「古代龍様からの使命は帯びていませんが、この地に魔物の出現が多発していると聞いていますので、まずはその原因を突き止めて対処したいと思っています」
「それは誠ですかな」
「はい。その事で国王様にお願いがございます」
「使徒様の頼み、何でも仰ってください」
「ありがとうございます。まずは国王様の意思をお聞かせ願いたい。国王様は獣人連合国と共闘して魔物と戦う気はありますか?」
僕の言葉に謁見の間が騒めいた。
(ハスキーさんも言っていたが、二国間にはかなりの因縁があるようだ)
兵の動きに注意を払った。最強者二人の戦闘力はまだ封じたままだが、数十人の兵を相手ではミリアナさんでも厳しくなるかもしれないから。
「静まれ。使徒様が、共闘が最善だと仰るのでしたら、我が国は従いましょう」
「お待ち下さい、国王様。お言葉ではありますが、それはあまりにも早計ではないでしょうか」
ハング軍師が膝をついて言葉を発した。
「私もそう思います」
リスア将軍も膝をついた。
「お前達は気づいていないようだな、使徒様の本当の力を」
「そお仰られますと?」
「ゴセリー、リスアを投げて見ろ。床に叩きつけて構わない」
「僕の力では敵いませんよ」
「リスア、ゴセリーに勝てたらお前の進言を聞いてやる。戦え!」
ゴスリー国王が厳しい眼差しで二人を睨んだ。
「ゴセリー、来い!」
「は、はい」
強者を前に震えるゴセリー王子が向かっていった。
一瞬で勝負は決まった。床に背中を打ちつけて呻き声を漏らしているのはリスア将軍だった。
「分かっただろ。お前達からはまったく覇気が感じられない、使徒様に闘志を抜かれてしまっているのだ」
「本当なのですか?」
ハングさんが詰め寄ってきた。
「申し訳ありません。すぐに返すつもりだったのですが、タイミングを逃してしまって」
二人に肖像画を渡した。
「これは?」
「それにお二人の力が封じてあります」
「この中にですか?」
自分の肖像画を眺めるハングさんは、不思議そうに首を傾げている。
「戦闘体形になってみて下さい」
「国王様の前でそれは出来ません」
「構わん。なってみろ」
「はい、では」
国王様に命じられたハングさんは闘志を高めようとしたが、変体が出来ないようで顔を歪めている。
「リスア、お前もやってみろ」
「はい」
国王に言われて立ち上がったリスア将軍だったが、結果は同じだった。
「これを処分すれば力は戻りますよ」
回収した二枚の画用紙を半分に破ると、二人はチンパンジーとゴリラに姿を変えた。
「タカヒロ殿、ミリアナ殿、申し訳ありませんでした。二度と愚かな事はしませんので、お許し下さい」
「僕に謝られても……」
突然、土下座をされて引いてしまった。
「使徒様の力が分かったら、御意向にそうように手配をしろ」
「はい。使徒様、ご命令を」
リスア将軍が拝礼の体勢を取ると、深く頭を下げてきた。
(まさに力の世界だな)
王子が配下の下に居るのも驚きだったが、勝利する事でここまで変わるとは思わなかった。
「すぐにでも獣人連合国へ行きたい思いますので、牢屋の四人を釈放して頂けませんか?」
「手配させよう。あと、我が国に共闘の意思がある旨を認めた書状を持たせた、ハングとゴセリーを同行させたいのですが如何でしょうか?」
「お二人にご同行して頂けたら心強いです、お願いします」
「ハング、あとは任せてもいいか」
「はい、国王閣下、お任せ下さい」
不満顔のリスア将軍を横目に、ハングさんが最敬礼をした。
「リスアは国防に専任せよ」
ゴスリー国王は一言残して、謁見の間を出て行った。
「ミリアナ殿、機会があればまた勝負をして貰えないだろうか?」
「魔物との戦いの場でお会いする事になるでしょう、その時にはお互い研鑽しましょう」
さすがのミリアナさんも、力が戻ったリスア将軍と握手をして顔を顰めている。
「私のような未熟者が、ご一緒させて頂いていいのでしょうか?」
「国王様は王子を代理として認められたのです、共闘が実現するように努力なさって下さい」
「僕にそのような大役は……」
ハングさんの言葉に、ゴセリー王子は尻込みしている。
「タカヒロがついているから心配しなくても大丈夫よ」
「ミリアナ……」
ますます楽天家になっていくミリアナさんに対して、僕は言葉を失った。
「準備が整い次第、獣人連合国へ向かいましょう」
「分かりました」
「僕達は正門のところで待っていますので、獣人連合国の四人を連れて来て貰えますか」
「国王様の書簡を受け取り次第、向かいます」
ハングさんとゴセリー王子は謁見の間を出て行き、僕達はリスア将軍の案内で城を出て行った。