リスア将軍とハング軍師
ハングさんとゴセリーさんが、兵士を引き連れて牢の前に立った。
「やはり魔道具はタカヒロ殿の下に戻っていましたか。調べている最中に突然消えてしまったので驚きましたよ」
「魔道具を取り上て、動けないように拘束しろ!」
「ゴセリー王子、お二人は丁重におもてなしした方が賢明かと思います」
「なぜだ?」
「古代龍様の使徒と言うのは、まんざら嘘ではないかもしれないからです」
「そうなのか」
「ええッ、王子様だったのですか?」
驚きが隠せない僕は、青年騎士と見詰め合った。
「なんだ、これは!」
「踏み潰せ!」
足元のゴーレムに気づいた兵士が騒ぎ出した。
「待て、それはタカヒロ殿が作られたゴーレムだ。森で見た時はもっと大きかったがな」
ハングさんが兵士を鎮めた。
「あの時とはずいぶん違うが、ゴーレムはそんな簡単に作れる物なのか?」
「我が国にゴーレムを操れる魔術師はいませんよ」
ハングさんは、ゴセリー王子の驚きを煽って楽しんでいるようだ。
「二人とも拘束はしないから出るのだ。リスア将軍が待っておられる」
ゴセリー王子の目から刺々しさが消えている。
「また、あの怖い人に会うのですか?」
「お二人と話し合うように、将軍に申してありますから心配なさらないように」
ハングさんは穏やかな笑みを浮かべている。
「話しを聞いて貰えるのなら行きましょうか」
ミリアナさんが先に立って牢を出た。
「分かった、行きますよ」
ゴーレムを消してミスリルを回収すると、兵士に囲まれて牢屋を出て行った。
「リスア将軍、人間を連れて参りました」
「入れ!」
将軍の職務室はソファーがあり、調度品もそれなりに揃っていた。
「タカヒロとミリアナだったな。単刀直入に聞く、貴様達が古代龍様の使徒だと言う証拠はあるのか?」
部屋に入るなりリスア将軍が聞いて来た。
「僕達は使徒ではありませんが、古代龍様に呼ばれたのは事実です。これは古代龍様から頂いた鱗を加工して作った物です」
アイテムボックスから、青白く輝く古代龍の鱗の盾を取り出した。
「古代龍様の鱗を加工しただと! 罰当たりが、即刻死刑にしろ!」
赤い髪に劣らないほど美貌を真っ赤にしたリスア将軍が、机を壊す勢いで叩いた。
「待って下さい、将軍。お二人を本気で怒らせたら、この国が滅びてしまいます」
「軍師ハング殿の言葉でも聞く訳にはいきません。ゴセリー、直ぐに処刑の準備をしろ」
リスア将軍が頬を引き攣らせている。
「王のご意見はお聞きにならなくていいのですか?」
「密入国者の事ぐらいで、王を煩わせる訳にはいかない」
ハングさんとリスア将軍が睨み合っている。
「この国では僕達の話しは聞いて貰えないようだから、連合国へ行こうか?」
「ここを出て行くにも武器が無いわよ」
僕の言葉にミリアナさんは、慌てた様子も無く平然としている。
「古代龍様を騙るばかりか、王国にまで歯向かうか! この場で殺してしまえ!」
怒りが頂点に達したリスア将軍が、ロングソードを抜いた。
外に控えていた兵士五人も、抜刀して部屋に入ってきた。
「ハング殿、どうしましょう?」
剣の柄に手を掛けたゴセリー王子はオロオロしている。
「仕方がないようだね。ミリアナ、これを使って」
アイテムボックスからミノタウロスの斧を取り出して渡した。
「使い慣れていない武器だから、手加減が出来ないわよ」
ミリアナさんが大剣よりも重たい両刃の斧を振り上げた。
「ま、待って下さい」
ハングさんがミリアナさんの前で両手を広げた。
「リスアも剣を収めろ、軍師ハングの命令だ! ゴセリー、リスアを取り押さえろ、責任は私が負う」
「ミリアナ、大丈夫そうだから、もういいよ」
剣を取り上げられたリスア将軍は、椅子に腰を下ろして項垂れている。
「タカヒロ殿、ミリアナ殿、申し訳ありません。リスア将軍は戦場では絶対的英雄なのですが、交渉事はまったくダメでしてお許し下さい」
「僕達はよそ者ですから、非は僕達にあるのかもしれませんから頭を上げてください」
「タカヒロに危害を加えようとしたら私が許さないわよ」
ミリアナさんは斧を手放していない。
「ゆっくりとお話しを聞かせて頂きますので、お掛け下さい」
ハングさんは僕達にソファーを勧めると、自分も腰を下ろした。
「王子様も腰掛けられてはどうですか?」
僕はハングさんの後ろに立っている、ゴセリー王子に声を掛けた。
「私はまだまだ未熟者ですから、ここで勉強をさせて貰います」
「そうですか」
「お二人がレッドゴリー王国に来られた経緯を、お聞かせ貰えませんか」
「どこからお話しすればいいのかな」
暫く考えた末に、古代龍のダンジョンの最深部から魔法陣で転送された事。街を探していて、森での戦闘を目撃した事を話した。
「古代龍様の魔法陣で来られたと言う事は、私どもの救世主として来られたのではないでしょうか?」
ハングさんがソファーから身を乗り出してきた。
「僕達はそんな大それた者ではありませんよ」
「ゴーレムを召喚されるタカヒロ殿は大魔術師ですし、ミリアナ殿はリスア将軍に匹敵する戦士だとお見受けしています」
「ゴーレムなどハングが本気をだせば一撃で破壊出来るではないか。それに、私に匹敵する戦士などこの国にも存在していないのに、人間の中に居る訳がなかろう」
「静かにしていて下さい」
ハングさんに睨まれたリスア将軍は、俯いてしまった。
「救世主を必要とする何かが、この国に起きているのですか?」
「はい。どこから湧き出るのかは調査中なのですが、多くの魔物がレッドゴリー王国の近郊に何度も現れているのです」
「それで軍備を増強されていたのですか?」
「それを、どうして?」
「牢屋に居た騎士さんに聞きました」
「連合国の密入国者ですか」
「彼らも軍備の増強が戦争目的では無い事は知っていました。連合国と共闘されたどうなのですか?」
「長年の遺恨がありますから、それは難しいですね」
ハングさんが首を横に振った。
「彼らをここに呼んで話しをしてみたらどうですか、何か対策案が生まれるかもしれませんよ」
「密入国者は理由の如何に関わらず死刑が決まっている。話しを聞く事は出来ん」
リスア将軍が立ち上がって息巻いた。
「私達の話しを聞く気はないようね。彼らを連れて連合国へ行きましょう」
ミリアナさんが斧を手にして立ち上がった。
「待って下さい。そのような事をされては、私達は全力で戦わなくてはなりません」
「望むところよ、古代龍様の加護がどちらにあるかはっきりするでしょうね」
ハングさんとミリアナさんが睨み合った。
「座って、ミリアナ。僕達は争いをするためにここに来た訳ではないのだから」
「聞く耳を持たない者と話し合っても無駄よ。武器を返して貰ってこの国を出ましょう」
「ミリアナは言い出したら聞かないからな」
僕も仕方なく立ち上がった。
「お待ちください。私はお二人が古代龍様の使徒だと信じております。お二人の力を王の前で見せて頂けませんか?」
「何をしろと?」
「闘技場で私達と戦って欲しいのです。もちろん二対二でです。リスア将軍、それでいいですね」
「いいだろう。私の本当の力を見せてやろう」
戦いと聞いてリスア将軍の大きな瞳が輝いている。
「条件が一つあります」
「何でしょうか?」
「牢屋の人達の処刑を延期して、僕達が勝てば連合国と話し合いをする事を約束してくれますか?」
「分かりました。ゴセリー、この事を王様に報告して決闘の許可を貰って来てくれないか」
「はい。分かりました」
敬礼したゴセリー王子は部屋を出て行った。
闘技場での試合が翌日に決まり、僕達は自分達の意思で地下牢に戻ると、四人の冒険者が入れられている牢に入った。
「少しお話し、よろしいでしょうか?」
スケッチブックの2ページ目に錠前を触れさせて消すのを見ていた四人は、目を丸くしている。
「そうですか。お二人の試合結果で、私達の運命が変わる訳ですか」
ハスキーと名乗った中年騎士は、ゴーレムを自由に扱う僕の力を見て信用したようだ。
「負ける事は無いから心配はいらないわ」
ミリアナさんは御前試合と聞いても、まったく臆していない。
「私はドオランと申します。お二人は本当に古代龍様の使徒様なのですね」
右腕を負傷していた青年騎士は起き上がっていた。
「使徒ではありませんが、古代龍様に呼ばれたのは事実ですよ」
ドオランさんの真剣な表情を見た僕は首を傾げた。
「先ほど頂いたお水を、もう一杯頂けないでしょうか。傷の痛みが嘘のように消えているのです」
「私達にもお願いします。魔力が回復しているのです」
ラクシャと名乗った魔法使いと、キャシーと名乗った神官が頭を下げた。
「そのような効能は無いと思いますが、いくらでも飲んで下さい」
四人に水を振舞った。
「タカヒロの水を飲むと疲れが取れる気がしていたけど、獣人さん達には効果が大きいようね」
「今までそんな事、言った事ないよね」
「タカヒロの能力の中では小さな事だから、何も言わなかったのよ」
ミリアナさんは自分の事のようにドヤ顔をしている。
「レッドゴリー王国の軍備増強の理由は先ほど話しをした通りなのですが、獣人連合国の現状を聞かせて貰えませんか?」
「それは……」
ハスキーさんは口ごもってしまった。
「連合国にも魔物が現れているのではありませんか?」
「そうなのです。今、戦争を仕掛けられたら連合国は壊滅してしまいます」
ドオランさんが小さな声で口を開いた。
「それで危険を冒してまで偵察に来たのですか?」
僕の問いに四人が小さく頷いた。
「明日の試合が終わったら、連合国へ行こうと思っています。案内を頼めますか?」
「連合国に何をしに?」
「レッドゴリー王国と連合国が手を結んで、魔物と戦う事を提案するためです」
「ライガン皇帝を説得するのは難しと思いますが、この国を出られるのなら案内ぐらいさせて頂きます」
「明日の試合に勝たねば始まらない事なのですがね」
自分で決めた事とは言え、また争い事に加わる事に気が滅入っている。
「悩んでも仕方がないわ。お腹が空いたは、食事にしましょう。皆さんも一緒にどうですか?」
「はいはい。食事にしましょう」
ミリアナさんの楽天さに苦笑する僕は、スケッチブックを開いた。
「食事ですか?」
四人がキョロキョロしている。
僕は土のテーブルを作ると、料理を並べていった。森で捕まえたタルーの焼き鳥とスープ、他にも古代龍のダンジョンに潜る前に仕入れた食材やパンもたくさん残っていた。
「凄い!」
ラクシャさんとキャシーさんが、目を輝かせて尻尾を振っている。
「まさに古代龍様の使徒様!」
アイテムボックスから温かいままの料理を出すのを見たハスキーさんは、両手を合わせて拝んでいる。
「お水を出されたのにも驚きましたが、まさに神のなせる技」
ドオランさんも僕達を拝んでいる。
「大袈裟ですよ。ただのマジックアイテムを使っているだけですからね」
「さあ、食べましょう」
ミリアナさんは獣人達の驚きを無視して、焼き鳥を食べ始めた。
「皆さんも遠慮なく食べて下さい。まだたくさんありますから」
「では、頂きます」
初めは遠慮していた四人も腹が空いていたのか、勧めるままに料理に手をつけ始めた。
「獣人連合国の事を聞かせて貰えませんか?」
僕は食事をしながら情報収集に励んだ。この世界を変革出来るのなら早く済ませてしまって、ハーレム生活を送りたいと言う思いがある。
「何がお知りになりたいのでしょうか? お話し出来る事は、お話しさせて頂きます」
「そうですね。まず国の規模とリーダーを教えて下さい」
「国の大きさも軍事力もレッドゴリー王国と変わりません。現皇帝はライガン皇帝陛下です」
「ライガン皇帝とは、どのような方なのですか?」
「類を見ない強さとカリスマ性を持ったお方で、ブラックドラゴン様と互角の勝負をされたと聞いています」
「古代龍様に仕えているドラゴンのお一人ですか?」
ドラゴン種を敬う事で、無用な波風を立てないようにしようと考えていた。
「そうです。レッドゴリー王国の国王も同じぐらいの強さだと聞いています」
「それほど強ければ、魔物など恐れるに足らずではありませんか?」
アニマルワールドでは自分が戦う必要がないのではないかと、淡い期待を抱いた。
「それが、最近では半端ではない数の魔物が現れ、退治しても数日で復活してくるので皇帝閣下がいかに強くても、万が一の事を考えて戦場に出て頂く訳にはいかないのです」
四人は困惑の表情をしている。
「確かにリーダーを失えば国が滅んでしまいますからね。しかし、冒険者の皆さんが国情に詳しいですね」
「我々は冒険者ではなくて、宮廷に仕えている騎士と魔術師なのです」
「そうだったのですか。明日はどうしても勝利を収めて、二国間の橋渡しをしないとなりませんね」
「よろしくお願いいたします」
「私達に任せておきなさい」
ミリアナさんは以前にもまして楽天家になっている。
「僕達は明日に備えて休みます。余計な疑念を持たれると不味いので、カギを戻しておきますね」
アイテムボックスから錠前を取り出すと施錠して、向かいの牢に移動して眠りについた。