レッドゴリー王国
僕達が連行されたのは類人猿の国、レッドゴリー王国だった。
森を切り開いて作られた街は、アスラン王国の王都と変わらない大きさがあり、人間の姿をした類人猿が行き来していた。
「ここで待っていろ」
街の入り口に作られている駐屯所の一室に、僕達は押し込められた。
「とんでも無いところに来てしまったわね」
「どうなるんだろうね」
(神様、僕のハーレム生活はどこへ行ったのでしょうかね)
自分で選んだ道とは言え、過酷さが増していく異世界生活にボヤキが出そうになった。
ドアが荒々しく開けられて、セパレートの軽鎧を着た女性が兵士を二人連れて入ってきた。
「人間の密入国者と言うのは貴様達か?」
燃えるような赤い髪をした女性が、大きな目で睨んできた。
「は、はい。アスラン王国から来ました、タカヒロとミリアナと申します」
二十代と思われる精悍な美人が放つオーラに魅せられ、立ち上がると頭を下げた。
「アニマルワールドに人間が何をしに来た」
「古代龍に呼ばれただけで、目的があって来た訳ではありません」
「戯けた事を! 古代龍様が人間などと接触される訳がなかろう。ゴセリー、王様の裁きがあるまでそいつらを牢屋に入れておけ」
赤髪の女性は僕達を睨みつけた。
「はい。リスア将軍」
傍にいた赤髪の青年騎士が直立不動で敬礼をした。
「私達の話しを聞いて貰えないのか?」
ミリアナさんがリスア将軍に詰め寄ろうとしたが、兵士に押さえられた。
「神聖な古代龍様を騙る者の言葉など聞く耳は持たぬわ」
リスア将軍は踵を返すと部屋を出ていった。
「待ってくれ、僕達は何もしていないだろ」
「古代龍様を呼び捨てにするだけで死罪に値する。連れていけ」
僕達は訳が分からないまま、地下の牢屋に入れられた。
「ますます厄介な事になって行くわね」
ミリアナさんが暴れ出しそうな雰囲気を醸し出している。
「とんでも無いところに、連れて来てしまったね」
「私は望んで来たのよ。タカヒロは必ず守るから」
ミリアナさんが拳を握りしめている。
「今の騎士、ゴセリーと呼ばれていたけど、森であったゴリラもゴセリーと呼ばれていなかったけ?」
あがらうのを諦めて床に座り込んだ。
「そお言えば、同じ名前ね」
ミリアナさんも隣に腰を下ろした。
「君達、本当に人間なのか?」
向かいの牢屋から声がした。
「森に居た冒険者の皆さんですか?」
顔は人間と変わらなくなっているが、尻尾など獣人としての特徴は残っている。
「そうです。我々のせいで君達に迷惑を掛けたようで申し訳ない」
豹の顔をしていたと思われる中年男性が頭を下げた。腕に包帯を巻いた青年は横になり、二人の女性もかなり疲労しているようだ。
「僕達が勝手にやった事ですから気にしないで下さい。しかし、なぜ密入国などしたのですか?」
「ここレッドゴリー王国と我々の獣人連合国は領土紛争が絶えないのですが、最近レッドゴリー王国が戦争の準備を始めていると言う情報がありまして、その確認に来たのですがへまをしてしまいこの有様です」
「戦争の準備ですか、穏やかではありませんね」
「兵力の増強を行っているのは確かなのですが、どうやら戦争が目的ではなさそうなのです」
「違ったのですか?」
「はい。詳しい事は分かりませんが、この国に何かが起こっているようなのです。更に詳しく調べようとしたのですが、見つかってしまって逃げ帰るところだったのです」
「どちらにも事情がありそうね」
ミリアナさんは腕組みをして考え込んでいる。
「密入国は重罪で明日にでも処刑されると思いますが、貴方方が我々と関係がない事だけは訴えておくよ」
「処刑ですか」
スケッチブックは意思だけで手元に取り寄せる事が出来るので、脱出するのは簡単だが問題の解決にはならないようだ。
「ところで古代龍の事を聞きたいのですが、いいですかね」
「構わんが、何だ?」
中年騎士は明らかに嫌悪感を示し、言葉遣いも変わってしまった。
「古代龍様と呼んだ方がいいのでしょうかね。古代龍様はどのような存在なのですか?」
「古代龍様は我々の絶対神で、人間の奴隷だった獣人を開放して下さった尊きお方だ」
「奴隷だった! 獣人の世界と人間の世界は、普通に行き来が出来ない筈では?」
「そうだ。だからお前達はレッドゴリー王国の回し者だと思っている」
中年騎士は敵意を向けてきている。
「何のためにそんな事を……」
「俺達から情報を聞き出そうとでもしているのだろ、違うか?」
これ以上は何も喋らないと言う風に、四人は背を向けてしまった。
「誰か来たは、一人のようね」
ミリアナさんは、階段を下りてくる足音に耳を澄ましている。
「ここでしたか、タカヒロ殿とミリアナ殿。リスア将軍の無礼を許して貰いたい」
白い神官服を着た中年男性が鉄格子の向こうで頭を下げた。
「貴方は誰ですか?」
「これは失礼。私は宮廷魔術師長のハングです。森でお会いした時は、戦闘体形でしたから分からないのも当然ですね」
ハングと名乗った男性は、精悍な顔を綻ばせて白い歯を覗かせた。
「あの時のチン……」
チンパンジーと言いかけたミリアナさんは、失礼だと思ったのか言葉を呑み込んだ。
確かに宝石が嵌ったステッキには見覚えがある。
「そうです、あの時のチンパンジーです。我々は戦闘時には獣人化するのです」
「それではゴセリーさんは?」
「はい。森でお会いになったゴセリー隊長です」
ハングさんは笑っている。
「出来るだけ早く出られるように手配しますから、無茶をしないで下さいよ。お二人に暴れられるとこの国が崩壊しかねませんからね。それを伝えに来たのです」
「意味もなく暴れたりはしませんよ」
「それを聞いて安心しました。入用の物があれば持ってこさせます、何かありますか?」
「ありがとうございます。特にはありません」
敵意を感じないハングさんに頭を下げた。
「では、後ほどお会いしましょう」
「やはり王国の回し者だったか」
ハングさんが居なくなると、中年騎士が睨んできた。
「だから、違うって……」
「ほって置きなさい、何を言っても無駄よ。それよりも、喉が渇いたわ」
ミリアナさんは反論しようとする僕を止めて、水が欲しいと言い出した。
「ハングさんが入用の物があればと聞いて来た時、わざと注文しなかったね」
「毒でも入っていたら嫌でしょ。それにタカヒロの水の方が美味しに決まっているじゃない」
「分かったよ。ちょっと待ってよ」
両手を広げて目を閉じると、スケッチブックが戻ってくるように念じた。
「無事に戻って来たわね」
ミリアナさんは、僕の手の上にスケッチブックが現れるのを見て安堵しようだ。
これは盗まれた時や紛失した時の対策を考えていた時に発見したもので、僕とスケッチブックは見えない糸で繋がっているようなのだ。
「皆さんもよかったら、水を飲みませんか?」
ミリアナさんにコップを渡すと、向かいの牢屋に声を掛けた。
マジックのようにスケッチブックから水を出す僕を、四人が呆けたように見ている。
「貰えるかな」
ミリアナさんが水を美味しそうに飲むのを見て、中年騎士の態度が少し軟化した。
「ゴーレムに運ばせますので、少し待って下さいよ」
掌サイズのガ〇ダムを作ると、鉄格子の間から通路に出した。
「ガ〇ダム、これを向こうの人に渡してくるのだ」
水の入ったコップを持ったガ〇ダムは、通路をチョコチョコと四往復して任務を完了した。
「凄い魔法ですね」
猫顔だった女性二人が関心を示している。
「大した事はありませんよ」
冒険者達と打ち解け始めた時、数人の足音が聞こえて来た。