新たな始まり
第二章 始めます。
古代龍のダンジョンの最深部にあった魔法陣よって転送された先は、木々が生い茂った森の中だった。
「今度は森の中か。街の近くに送って貰えるとありがたいのだがな」
「ここはどこなのかしら?」
言葉とは裏腹にミリアナさんは、今の状況をあまり心配はしていないようだ。
「色々と検証をしたい事はあるけど、まずは近くに敵がいないか調べてみるよ」
スケッチブックの7ページ目を開くと、三重の円と『Aizawa』のサインを書いた。
「三00メートルほど先に敵ではなさそうだけど、何かがたくさん居るよ」
「どうかした?」
今までと少し違ったレーダー表示にスケッチブックを睨んでいると、ミリアナさんが首を傾げている。
「クリスタルドラゴンの鱗の欠片をアイテムボックスに入れた時、スケッチブックに起きた変化はゴーレムを呼び出せるようになっただけはなさそうなのだ」
「どお言う事?」
「今までのレーダーと違って、現れる○が点滅しているのだよ」
「それだけ?」
「それだけじゃないと思うのだがなァ」
試行錯誤しながら点滅する無色の〇をクリックすると、ポップアップウインドウが現れてボヤケた画像が表示された。
「それ、何?」
「よく分からないけど、レーダーで捉えている生命体の画像だと思うのだ」
「はっきりと見えないから役に立たないわね」
「うん。他にも変わった所があって古代龍の盾をアイテムボックスに収納した時から、十枚目が捲れるようになっているのだ。皆が居たから検証は出来ていないけど、新しい力が使えるみたいなのだよ」
「楽しみね」
取説がなくて苦労している僕の後ろから、スケッチブックを覗き込んでいるミリアナさんは楽天的だ。
「まずは、この生命体が何なのか、調べに行ってみようか?」
「そうね」
ミリアナさんは僕が指差す方角に、さっさと歩き出している。
近づくにつれて、ポップアップウインドウの画像が鮮明になっていた。
「鳥の群れだよ」
二百メートルまで近づくと、餌を探して動き回る七面鳥に似た大きな鳥の姿と、周囲の風景がはっきりと映し出された。
「タルーに似ているわね。農家でも飼育されている鳥で、タマゴも肉も食べられているわ」
「そうなのだ。あれを捕まえて今夜の料理に使おうか」
「野生のタルーは警戒心が強いから、弓の名手でもなかなか獲れない鳥なのよ」
「進化した力を試してみるいい機会だから、タルーを狩ってみるよ」
ポップアップウインドウの画像を何度も確認しながら、4ページ目に少し太めの特徴のある一羽のタルーを描いた。
「双眼鏡で見ながら描いたようにそっくりだけど、どうしてこれで捕まえた事になるのよ」
ミリアナさんは、五分ほどで描きあげた絵を不思議そうに見ている。
「この絵に小さな氷の矢を描き足して『T.Aizawa』のサインを入れたら、後は視界に入るまで近づくだけだよ」
準備を終えると足音を立てないように、ゆっくりと近づいていった。
百メートルまで近づくと、まだかなり距離があるのにタルーが「ルー、ルー」と鳴いて警戒を始めた。
「これ以上近づくと逃げらるわよ」
「ミリアナはここで待っていてくれないか」
さらに慎重に近づいていった。
(これが成功すれば、魔物を遠くで取らえる事が出来るのだがなァ)
僕には戦いが楽になる確信があった。
「ギャー、ギャー」
タルーが騒がしく鳴きながら飛び立った。
4ページ目に描いたタルーが目に入ると、魔法が発動して一羽が地面に落ちていった。
「どうだった?」
タルーが飛び立ったのを見たミリアナさんが、駆け寄ってきた。
「今夜は焼き鳥を食べさせて上げるよ」
「やったのね。でも、鳥を解体出来るの?」
「オオカミの搬入で通っていた解体屋で、店主のベルンさんに知っていて損はないと言われ、血抜きから毛皮の剥ぎ方、肉の処理方法まで教わったのだよ」
「ネズミを殺しただけで、何日もふさぎ込んでいたとは思えない変わりようね」
「色んな事があったからね」
異世界に来て一年近く経ち、引っ込み思案だった僕も馴染まずには居られなかった。
「この先に開けたところがあるから、そこでキャンプを張ろうか」
タルーがいた近くに小さな湖があるのを、画像で確認していたのでそこに向かった。
「進化したレーダーで地形が確認出来れば、明日には街を見つける事が出来るわね」
「そうだね。僕はタルーを解体するから、ミリアナは焚き木を集めてくれないか」
タルーの血抜きをすませると、5ページ目を使って竈と土鍋を作って大量のお湯を沸かした。
鳥はお湯にくぐらせると簡単に羽根が毟れて、綺麗に処理が出来るのだ。
肉を切り取った骨は綺麗に洗った土鍋で、だしを取り野菜スープを作った。
熱した石の上に並べた肉が香ばしい匂いを漂わせる。
「美味しいわ」
土で作ったテーブルには、古代龍のダンジョンに潜る前に仕入れたパンや果物も並べた。
「久しぶりにゆっくりとした食事だね」
「タカヒロが探しに来てくれていなかったら、今ごろは……」
「それは言わない事。僕だってミリアナには……」
『シー』と、ミリアナさんが唇に指を当てたので、僕は言葉を呑み込んだ。
「これで無双のデッサン復活ね」
「そうだね」
ミリアナさんの笑顔に小さく頷いた。
食事を済ませると土製のカマクラを作り、夜警をさせるために子供ぐらいの大きさのゴーレムを作った。
「スケッチブック、ますます便利になっているわね」
「取説がないから苦労はするけど、神様、様様だよ。10ページ目の検証もしてみるよ」
十枚目の画用紙を切り取ると、アイテムボックスに収納してみた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
10ページ目の画用紙 スケッチブックの付属品。(光属性魔法の媒体)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「光属性か?」
「どんな魔法が使えるようになったの?」
「治癒魔法や身体強化などだから、神官職の冒険者達のような魔法が使えるようだね」
『賢者になるための魔術書』を開いて光属性を調べてみた。
「エルミナのような魔法が使えるのね」
「ファブリオさんの話ではエルミナさんは、心臓さえ動いていればどんな怪我でも治療が出来ると言っていましたよね。そこまでは出来ないと思うけど、小さな怪我なら治せると思うよ」
と言って見たが、どんな絵を描けば怪我が治るのか想像が出来なかった。
「他には何が出来るの?」
ミリアナさんは魔術書に目を通す僕を、目を輝かせて見ている。
「フィジカルアップとかホワイトフラッシュシャワーとか色々と書いてあるけど、どのような魔法なのかいまいち良く分からないよ」
魔術書が読めても、賢者と呼ばれた魔法使いが行使した魔法を思い描く事が出来なかった。
「時間を掛けて検証していくしかないわね」
「そうだね。今日はもう休もうか?」
古代龍のダンジョンでの疲れが残っている僕達は、後をゴーレムに任せて眠ってしまった。