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絶対に無理な話し


 僕とミリアナさんは神界と呼ばれる所に来ていた。

「飲み物は何がいいかね?」

 テーブルを挟んで僕達と向かい合っている古代龍は、気さくな態度を崩していない。

「お気遣いなく」

「何もないと喉が渇くから、ジュースでも用意しよう」

 古代龍は空間に手を伸ばすと、ガラスコップとガラスピッチャーを取り出して僕達の前に置いた。

「魔王が呼んでいた、邪神様とはどお言う事なのですか?」

「人間は儂の事を神と呼び、魔族は邪神と呼んでおるのだよ」

「それでは、神様と邪神は同一で、どちらも古代龍様だと仰るのですか?」

「そう言う事だ」

「訳が分かりません」

「昔はこの世界も地球と同じように人間が文明を発展させていたのだが、私利私欲に走った人間は創造主である儂を超えようとしたのだ」

「人間が神様を超える力を持ったのですか?」

「愚かなことだ。儂は人間を懲らしめるために邪神となって、制裁を加えたのだよ」

「神様としてではなくですか?」

「人間の崇拝がなければ、神に力など無いに等しいからな」

「そうなのですか」

「しかし、人間は邪神を倒そうとさらなる力を求めて、この世界を破壊してしまいそうになったのだ」

「地球も同じような道を辿っているかも知れないわね」

 オレンジジュースを美味しそうに飲んでいるミリアナさんは、古代龍の言葉に何度も頷いていた。

「かもしれないね」

 僕も小さく頷いた。

「儂はこの世界にさほど未練がある訳ではなかったが、真剣に生きている真面目な人間が哀れに思えたので、現在の姿に造り変えたのだよ」

「それで文明が進化しないように五百年周期でリプレーするようにされたのですか」

「リプレーと言っても人間は生まれ変わっていっているし、古い伝承も少しずつは残されてはいるのだが、科学力だけは水準が上がらないように設定してあるのだよ」

「分からなくもない処置だとは思いますよ」

 地球もいつか、神様の怒りを買うのではないかと思わなくもなかった。

「しかし、君はそれを善しとは思っていないだろ?」

「難しい問題ですね。僕はミリアナが消えてしまうのが、嫌だと思っただけで……。今でもミリアナが人生を全う出来ればと思っています」

 返答に困ってしまった。

「たしかに今生きている人間にとっては、今周りにいる人の存在や記憶が一番大事だよな」

 古代龍も悩んできた問題なのか考え込んでいる。

「もう一度、世界を造りなおされたどうですか?」

「残念だが儂には、それだけの力が残っていないのだよ」

「そうですか」

(僕はもう直ぐ日本に帰るのだから、僕はミリアナを忘れないだろうし。この世界で生きているミリアナは、僕の事を忘れた方がいいだろうしな)

 ミリアナさんを見詰める僕は、五百年周期を理解しようと努めた。

「どうかしたの?」

「この世界がリプレーされたら、ミリアナの日本での記憶はどうなるのかなと考えたのだよ」

「生まれ変わった時点で、過去の記憶が残っている事の方がおかしいのよ。私は自分の想いをタカヒロに託したから、過去の記憶に未練はないわ」

「ミリアナの、いや、河邑明子さんの想いは必ずご家族に伝えておくからね」

「ありがとう。旅の途中で書いた手紙なの、これを両親と妹に渡して」

 ミリアナさんは分厚い封筒を渡してきた。

「分かった。今日まで僕を守ってくれてありがとう」

 ミリアナさんと硬い握手を交わした。

「ちょっと待ってくれるか、儂の話しはまだ終わっていないのだよ」

「まだ何かありますか?」

 感動のシーンを邪魔されて、古代龍をまじまじと見詰めた。

「君をここに導いた訳を一つも話していないのだが」

「確かに。でもこの世界を変える事は神様にも出来ないのですから、僕に変革を起こせる筈がないので聞かないでおきます」

「いやいや、聞いて貰わないと困るのだよ」

 壮年男性姿の古代龍が慌てている。

「今日まで何度か助けて頂いていますから聞きますが、難しい話しは止めて下さいよ」

「分かっている。まずこの話しは、私に従えてくれている者が全員賛成している事なのだ。皆、出て来たまえ」

 古代龍の後ろに現れた五人の若者と十人の美女は、全員が恭しく頭を下げている。

「火龍様、それに……」

 見知った顔があったので思わず声を出してしまったが、誰も顔を上げなかった。

「この者達は、君が儂の話しを承諾してくれるまで頭を上げる事はない」

 古代龍は真顔になっている。

「どう言う事ですか?」

「タカヒロに、儂の代わりに神になって貰いたいのだよ」

「いやいや、仰ってる意味がまったく分かりません」

「儂の神として力はあまり残されていないのだよ。それで地球の神に頼んで候補者を何人か送って貰って来たのだが、全員一致で合格したのは君が初めてなのだよ」

「なぜ、僕なのです? 僕が異世界の神様になるなんて絶対に無理ですよ! 古代龍様の代わりでした、後ろに居られる方が勤められたら宜しいではありませんか?」

 僕は首を激しく振って拒否した。

「かれらはそれぞれ、君が持っているスケッチブックの1ページ分の力しか持っていないんだよ」

「これのですか?」

 改めて知ったスケッチブックの力に驚かれた。

「皆が君の心の美しさと優しさを認めたので、それぞれのページが開くようになったのだよ」

「今まで助けて頂いてありがとうございました」

 スケッチブックを掲げて、全員に頭を下げた。

「そして最後のページは、神になったときに初めて解放される自然と生命創造の力なのだよ」

「そうなのですか」

 話を聞いていても理解が追いついていなかった。

「皆が君を補佐するから、この世界の神になって貰えないだろうか?」

「お断りします。僕には地球でやらなければならない事がありますので帰ります」

「地球でやらねばならない事とは何かね?」

「ミリアナとの約束を果たす事。そして地球での寿命をまっとうする事です」

「分かった。君が寿命をまっとするまで待っているよ」

 古代龍は柔らかい笑みを浮かべた。

「百年ぐらい先になると思いますよ」

 諦めてくれると思っていた僕は、意外な返答に戸惑った。

「我々にとって百年など一瞬に等しい時間だよ。君の魂がもう一度ここに来た時、返事を聞かせてくれるかな」

「分かりました。でも僕は同じように答えると思います。僕が異世界の神様になるなんて絶対に無理だって!」

「決して無理強いはしないから、君の返事を待っているよ」

 古代龍が握手を求めてきた。

「そうですか、では地球での寿命が尽きたら呼んで下さい」

 僕は右手を差し出した。

「新神様、よろしくお願いいたします」

 古代龍の後ろで頭を下げていた全員が、ニコやかな面を上げた。

 僕は黙って頭を下げるしか答えようがなかった。

「タカヒロ、大変な事になっちゃたわね」

「この世界には、のんびりと絵を描き来たのだけどなぁ」

「私はタカヒロと出会えて、本当によかった思っているわ」

「僕もだよ」

「百年後か。私は生きていないと思うけど、この世界をよろしくね」

「ミリアナまで、やめてくれよ」

「タカヒロ、話しは尽きないだろうが、そろそろ地球の神がお呼びになる時間だ。君の仲間は私が送り届けておくし、次に君がここに来るまでは現状を維持させておくよ」

「そうですか。ミリアナ、も一度言わせて貰うよ、ありがとう。君に出会えて本当によかったよ」

「タカヒロ、さようなら」

 手を振るミリアナさんの姿がボヤけたのは、涙の所為だけではなかった。眩しい光が体を包み始めているのだ。


 光が消えると、真っ白な部屋に十年前に着ていたパジャマ姿で立っていた。

「戻ったようじゃな」

「神様」

「大変だったようじゃな」

「ご存知なのですか?」

「異世界の神から報告は受けておるからな」

「そうですか。これをお返ししておきます、ありがとうございました」

 僕はスケッチブックを渡そうとした。

「それは儂が異世界の神から預かった物だ、君が持っていればいい。それと約束した金銀財宝の買い上げだが、日本円にして約一兆円になる」

「一兆円!」

「そうだ。だがそんな大金を持っていたら危険だから儂が預かっておく、金が必要になったら神頼みをすれば融通がつくように計らおう」

「分かりました。日本に帰れば僕の記憶は消えるのでしょうか?」

「消して欲しければ消す事は可能じゃぞ」

「消さないで下さい。ミリアナとの約束がありますから」

 手紙を確認すると、パジャマのポケットに入っていた。

「いいだろう。だが、異世界の話しをする時は、変人扱いされないように十分気をつけるのじゃぞ」

「肝に銘じておきます。もうひとつ聞いてもいいでしょうか?」

「なんじゃな」

「僕は長生きしますか?」

「ううん、答え難い質問じゃな。寿命は知らない方がいい事が多いからな」

「そうですか、分かりました」

 早死にするのだろうなと、ガックリと肩を落とした。

「早合点するなよ。異世界の神との約束が気になるじゃろうから教えておいてやろう、君の寿命は平均寿命以上だ。長い人生を楽しむがよい」

「はい!」

「では、元の世界に送るぞ」

「お願いします」

 目が覚めると、自宅のベッドで清々しい朝を迎えた。 


     (完)


ご愛読ありがとうございました。

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