表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かごめ青春録  作者: 夏樹螢
一章
8/9

2-1 新たな容疑者

 前日に何があったとしても、翌日の学校はいつも通りにチャイムを鳴らす。

 毎朝の習慣として定着した毎朝の結界張りの間、樟太郎と楓は今後について話し合っていた。


 妙な誤解をさせてしまった正輝を、どのように日常へ戻すか。


 そもそも妖が見えるようになったとして、祓い屋とは無関係に生きることは可能だ。というよりむしろ、その生き方を選ぶ人間が圧倒的に多い。


 昨日樟太郎は世界機密と口走ったが、それはあながち間違いではない。

 もはや超常は表向き無いものとして扱われている現代。社会の混乱を防ぐために、祓い屋たちは多くの秘密を守るべく、一種の裏社会を構成して暗躍している。


 その仕事の大部分を占めるのは、無論、その名の通り妖を祓うこと。

 だがもう一つ、重要な責務がある。


 妖の存在を知る者の、管理である。


 妖が見えるようになる、すなわち認識者となるきっかけは様々だ。樟太郎のように生まれつきである場合や、霧香が言っていたように死にかけた経験、稀ではあるが正輝のように妖が近づいた際の本能的な危機察知。ただ条件を満たしたところで、実際に認識者となるのはごく少数。たいていが一時的なもので、夢か幻だったことになる。


 それでも認識者になってしまった場合は、地域を管理する祓い屋によって把握され、二つの選択を迫られる。

 一つ、守秘義務を守り、妖の出やすい場所や時間に気を付けて、日常生活に戻ること。

 二つ、祓い屋となって裏社会の業務に関わること。


 大多数は日常を選び、そのまま裏社会とは関わらない。地域の認識者名簿に名前が載るため、引っ越しの際の手続きが一つ増えるが、言ってしまえばそれだけだ。


 異能者である場合も同様に、その情報が名簿に載せられる。誤解されがちだが、認識者はだれもが異能の潜有者だ。ただし実際に自力で発現させるなんて少数派のさらに少数派、よって日常を選んだ認識者にも詳細が伏せられる機密事項である。


 さて、樟太郎と楓は昨日のうちに話し合い、正輝を日常に戻すことを決めていた。

 リスクを知ったうえで肝試しを強行し、彼を認識者にしてしまった祓い屋としての社会的責任は師匠が負う。自分たちは現場に居た祓い屋として、そして正輝の友人として、なんとしてでも彼を裏社会からは遠ざけよう、と。


 彼の精神的ダメージの薬として、陰謀論は既に役目を終えた。ならば残る仕事は、その誤解を解くことである。


 具体的には一週間後、タイミングを見計らって、楓を狙う危機は去ったことにする。

 かくして二人はいつものように登校すると、自席に座って彼が来るのを待った。



 すると正輝より先に、唯一昨日のことを何も知らない霧香が教室のドアを開ける。


「おい常葉、昨日アタシになにがあったんだ?」


 彼女は真っ直ぐ樟太郎の席に来ると、直球の質問をかました。


「楓から大体は聞いてんだ。二階で大きな音がして、ビビりまくってた七瀬が逃げて、常葉が後を追いかけたって。んでアタシと楓がお前らの帰りを待ってる間にアタシが寝落ちたんだとよ。ただ、どうもしっくりこねぇんだよな」


 廊下で寝落ちって、アタシそんなことするかねぇ、と。


 おい玉城、ボロが出てるぞ! と思うも、自分だってごまかしスキルはそれほど高くない。

 高速回転した樟太郎の脳は、しかしなんとか最適解を導き出した。


「いや、悪いけどオレも知らねえ。正輝追っかけてたからな」


 ヒントは霧香自身が与えてくれていた。


「……そうか、確かにな。変なこと聞いて悪い」


 首をかしげながらも、彼女は自分の席に向かう。



 さて、問題は次から次にやってきた。

 もしかすると欠席するのではないかという心配をよそに登校してきた正輝は、いつもよりずっとやる気に満ちた顔で樟太郎の机を叩いたのだ。


『あとではなしがある』


 口パクで伝えてきたメッセージは、端的にその一言だ。

 彼は楓にも同じことをすると、ようやく自分の席にカバンを置いた。


 何の話だ。

 首を傾げたその時、ちょうど担任が顔を出して、朝礼のチャイムが鳴った。




「……で、話って何だ」


 朝礼が終わり、一限が始まる前のわずかな時間。

 樟太郎、楓、正輝の三人は、近くの空き教室で顔を突き合わせていた。


「当然、玉城さんを狙う連中の話だ」


 正輝は真面目くさって答える。


「いや、お前、マジで信じるのかこの話……」


 高校生にもなって。

 一晩経って冷静になった樟太郎は、そんな正輝に引き気味だ。


「水臭いぞ、樟太郎。そうやって俺を危険から遠ざけようとしてくれるのは嬉しいけど、妖ってバケモンがいることを信じるなら、クラスメイトが危ないって話はもっとあり得るじゃないか!」


 言われてみれば確かにそうなのかもしれないが、それとこれとは別物のような気もする。


「え、えっと、ごめんね迷惑かけちゃって……」


 同じく引き気味の楓も、言葉に詰まっている様子だ。

 なにせ樟太郎も楓も、示し合わせたわけではないが、正輝がここまで本気になって悪者退治に乗り出すとは思ってもいなかったのである。


 せいぜい、学校生活で楓の身を気にするくらいで。

 頃合いを見て、危機は去ったことにする予定だったのに。


「気にするな! それでだ、俺なりに昨日のことを考えてみたんだが……」


 彼はそこで、衝撃の一言を放った。


「影元、怪しくないか?」


 絶句、である。

 とても、とてつもなく、面倒くさいことになった。


「まず、あの妖ってのが出てきたとき、最初に突き飛ばしたのが影元。でもよ、それっておかしいだろ。玉城さんを狙ってるなら、そんなことしなくていいはずだ。あれは、自分への疑いを晴らすための演技だったんじゃないかと俺は思う」


 影元さん呼びが、影元呼びになっている。

 それだけ正輝の中では、彼女への疑いは濃いのだろう。


「う、うーん、霧香ちゃんを疑いたくはないな……」


 楓はヒートアップした正輝を落ち着かせるように、落ち着いたトーンで話す。


 確かに、正輝の言うことも前提次第では間違ってはいない。だが、樟太郎の知るカゲとは、基本は動物のように本能のまま行動するものだ。

 例えば入学式の日のように学習能力はあれど、目的意識を持ってどうこうできるとは考えづらい。例えば誰かに命令されて楓を襲ったとして、その軌道上に偶然立っていた霧香を避けようとはしないだろう。


 そう、偶然。


 偶然……?


 そのとき樟太郎の脳裏によみがえったのは、カゲが霧香を突き飛ばした瞬間である。

 目が合った、と思った。

 特徴的な髪色が印象的で、それが彼女の瞳の前をちらついて。


 青く……


『霧香ちゃん。教室、そっちじゃないよ』


 その声は、そうだ。入学式の日、カゲに襲われたときに聞こえた女子生徒の声。

 彼女がそこに居たのは、果たして。


(まさか、な)


「ほ、ほら、七瀬くん。もうすぐ授業始まるから……」


 しかし考えれば考えるほど、霧香の疑惑は濃くなっていく。

 朝の質問は、実際に気絶している間に楓の始末が終わっているはずが、うまくいっていないことに疑問を感じたからだとすれば。

 そうだ、肝試しに行くことになったのも、彼女が友達から聞いたという怪談話がきっかけで。もしそれが嘘で、怪談話は霧香がでっちあげたものだとしたら?


「よし、じゃあこの話の続きは昼休みにしよう」


 だが一方で、クラスメイトとして彼女を二週間も見てきた樟太郎は、彼女を疑いきれないのも事実である。


 なにせあの性格だ、コソコソと裏で企んだりする人物とは思えない。どうせ狙うならもっとストレートに正々堂々、名乗り口上から始めそうだ。


 それに計画も、偶然に頼りすぎている。たまたまあのタイミングで友人が怪談話を持ってきて、たまたま楓が話に乗ってきて、たまたま正輝が肝試しを発案して、たまたま樟太郎が例の廊下を提案しなければ、計画は破綻してしまうのだ。

 もし友人がグルだったとしても、他の三つが無ければ霧香は自分で楓に現場へ行こうと誘わなければならない。その先で楓に万が一があれば、犯人は自分だと言っているようなもので……


 そう、樟太郎がひとり考え込んでいると、


「常葉くん、授業!」


 名前を呼ばれて我に返り、三人は開始十秒前になってようやく、慌てて教室に駆け込んだ。




 何はともあれ、まずは隣のクラスで流行っているとかいう、例の怪談について調べてみようか。

 授業の合間に教室をのぞき込むと、確かに彼女はそこに在籍しているようだった。


 部屋にどこか整然とした印象を受けるのは、樟太郎たち2組が何の肩書も無い普通学級である一方で、隣の1組がいわゆる特進コースだからだろう。

 いつだったか、正輝が隣のクラスにやたらと頭のいい男子生徒が居ると話していたが、そもそも賢い生徒が集まるクラスなので当然である。


「誰か、探しとるんか?」


 確認を終えた矢先、扉近くの席に座っていた男子生徒が樟太郎に話しかけた。

 この辺りではあまり聞かない関西弁だ。


「ああ、いや、ちょっと確認したいことがあっただけだ」


 樟太郎が断ると、彼は目を細める。


「ふうん? それにしちゃあ、えらい熱い視線やったなあ」


 跡部(あとべ)やろ、話していかんでええの? と。

 どうやらばっちり確認されていたらしい。


「跡部?」

「え、名前も知らんかったん? 一目ぼれか、難儀なやっちゃなあ」

「誤解だ、変なふうに解釈するな」

「そりゃ無理な話やで。人の惚れた腫れたに首つっこむんが、ワシの生きがいやからな」


 跡部思乃(しの)ちゃんや、覚えとき。ほんで進展したらワシに感謝せえよ。


 相手は謎のどや顔だ。


「そうじゃねえって。ただ……友達がアイツに怖い話されてビビりまくってんだ。このクラスで流行ってるって聞いたんだけど」


 嘘ではない。

 それを聞いた関西弁は、あー、と途端につまらない顔をする。


「流行ってはないな。ただ、なんでもバ先にここの卒業生が来たらしくてな。学校の七不思議とか、仕事中に怖い話を無理やり聞かせてきて迷惑した、みたいな話は聞いたわ」

「廊下のカゲとか?」

「せやせや。あと人体模型やら家庭科室やら音楽室やら、まあベタなもんばっかやな。おもろくもないのに、そのお客さんは何がしたいんやろか」


 肩をすくめる彼の様子を見て、これは事実だろうと樟太郎は結論付ける。

 霧香が怪談話をでっちあげた可能性は、これで消えた。


「ちなみにそのバイト先って、どこか分かるか?」

「……そんなもん聞いてどないすんねん。これ以上は本人に聞き」

「……確かにそうだな。わりい、助かった」

 


 そして昼休み。

 翌日から週末なので、どこか浮かれた空気の教室を離れ、三人は朝と同じように空き教室で集まっていた。


 誰にも見られたくないと、保険に保険をかけた正輝によってカーテンや戸は閉め切られ、蛍光灯が教室を内部を照らしている。

 自然光に比べて光量は少ないが、たとえ外が暗くなっても学生の本分である勉強ができる程度に明るいので、正輝の怖がりも発動しない。


 弁当や購買のパンなど各々昼食を持ち寄って、話し合いの議題は今後の方針についてである。

 霧香に怪しまれないかが懸念されたが、彼女は例の思乃とどこかへ行ってしまったため、その心配もなさそうだ。


 パンの袋を開けながら、まず口火を切ったのは樟太郎だ。


「ってことで、さすがに影元は何も関係ねえんじゃねえかってのがオレの考えだ。肝試しの時に襲ってきたカゲは、マジで偶然そこに居たんじゃないか」


 正輝は黒だと判断しているし、一方の楓は潔白を主張している。

 正輝を日常に戻すという目標のためにも、樟太郎は楓と同じく霧香は無関係だと主張した。



「私もそう思う。妖は人の噂話で発生したり成長したりすることもあるから、その変なお客さんがあちこちで噂を広めたせいで、入学式の日に全部祓ったはずなのに突然現れて大きくなったんじゃないかな」

「えー、そうか?」

「そうだろ。むしろオレは、お前がまだ影元を疑ってることが信じらんねえ。アイツそんなキャラか?」

「たしかにそうはおもうけどー」


 出だしは好調。

 だが、


「じゃあ、その噂を広めてる変な客が怪しくね?」


 問題はそこだった。

 そして正輝はそれに気づいてしまう。


「高校の関係者に噂をいろいろ吹き込んで、流行らせて、妖を発生させてる」

「何のためだ、つかそれで玉城をどうこうしようなんざ遠回しがすぎるだろ」

「じゃあ、それが目的じゃないかもしれないな。ん? じゃあなんでソイツはそんなことしてるんだ?」


 気になったら徹底的に調べないと気が済まないらしい正輝が、また変に熱を入れている。

 なにはともあれ方向性はズレたことだし、もう好きにさせてあげたら? と楓はすっかり見守る母か姉の目だ。


 していると、そこへ少し気まずい人物の声が聞こえてきた。


「にしてもアイツら、再テストだってのにどこ行ったんだ?」


 霧香である。


 つい先ほどまで自分たちが疑っていた声の主もそうだが、その内容も相まって、樟太郎と正輝は二人で顔をしかめた。

 肝試しに端を発する騒動ですっかり忘れていたが、そうだ、先日散々な結果に終わった小テストの埋め合わせが、今から行われる予定だったのだ。


 お前、少しでも勉強したか。

 全然だ。元はと言えばお前が変なこと言いだして、勉強会を中止にしたんだろうが。


 ただ一人、合格点に達している楓だけがきょとんと首をかしげている。


「そろそろ始めるってのに……ん、ここか?」


 外で、霧香のものであろう足音が止まる。

 そうかと思えばガラリと戸が開いて、廊下のざわめきが部屋の中に飛び込んできた。


「ちょ、霧香ちゃ……!」

「ホントに居るじゃねぇか。お前ら小テストどうするんだ?」


 そこに立っていたのは、議題になっていた霧香と思乃の二人。

 どういう理屈かは不明だが、この空き教室に三人の気配でも感じとったらしい。


 いや、理屈なんて単純だ。


 戸に正面を向いて座っていた樟太郎は、それをはっきりと見ていた。

 霧香でないことが悔やまれるが、その隣の女子生徒、跡部思乃の瞳。

 瞬きの間に藤色を消した、その瞬間を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ