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かごめ青春録  作者: 夏樹螢
一章
7/9

1-6 陰謀

「とりあえず、この世が俺にとっての地獄であることはよくわかった」


 目が覚めて開口一番、顔色が悪いながらも元気そうな正輝の姿を見て、樟太郎は安堵のため息をついた。


 場所は師匠の家、時刻は既に放課後を越えた夜である。

 なかなか目を覚まさないのでやきもきしたが、これでひとまず安心だ。


 だが喜ぶ前に、樟太郎には言わなければならないセリフがある。


「あーっと、何のことだ? 夢の話?」


 正輝のように、身の危険を感じて本能的に妖が見えるようになることは、少数だが無いわけではない。

 だがそのほとんどが一時的なものなので、たいていがこのように夢の話としてごまかせる。


 妖なんて存在しない。

 事実がどうであろうと現代社会はそのような認識で回っているので、その存在を隠すのも祓い屋の仕事の一つだった。


 一般人が妖の存在を認識した際の対処法マニュアル、何が何でも夢や幻の話にすべし。

 多少違和感が残ったとしても、時が過ぎれば話のネタになる。


 しかし、


「夢と現実の区別はついてる。あれ、何だったんだ?」


 彼は一番厄介な、自分の目で見たものは疑わないタイプの人間だった。


「お前、そこは空気を読んで納得しろよ」

「ほうほう、つまり樟太郎は何かを知っていながら友達を騙そうとするんだな。なるほどなるほど」

「いちいち痛いところ突くんじゃねえ」


 これ以上は無理です。樟太郎は振り返って、入り口から覗いている師匠に向かって首を振る。

 もう少し頑張れよ、そう非難がましい目を向けられるが仕方ない。


 マニュアルによれば、このように一般人が妖を認識してしまう事故が起きた際、どうあがいてもごまかせなかった場合は、現場を管轄する祓い屋が責任を取ることになっているらしい。ただし今回のように他の祓い屋がその場に居合わせた場合はその限りではなく、今回の場合は樟太郎である。

 研修生という立場のせいで、その責任は師匠に飛び火したのだが。


「面倒くさいんだよ、この手の責任って。だから、いいかい、絶対にごまかせ」

 というのが、直前の師匠の弁。


 無理でした。


「研修生の監督不行き届き、目撃者への説明責任、その後の人生相談、名簿登録、報告書、査問、というか尋問、まともにやってられないよなあ…………」


 がっくりと項垂れた師匠はぶつぶつと呪詛のようなものを吐いていて、しかし樟太郎としては、実際に全責任はこの人にあるのではなかろうかと思っている。

 だって樟太郎は事前に相談したのだ。肝試しにゴーサインを出したのは師匠であって、嘘の安全性を説いたのも彼だ。


「ひとまず正輝。現状、どんな認識だ?」


 師匠がせめて査問会の連中だけでも皆殺しにしようかなどと怖いことを言い始めたので、樟太郎は聞かなかったことにして正輝に向き直った。


「まず、バケモンがいる」

「……それで?」

「奴らは人を襲う」

「ああ」

「特に女子」

「それは誤解だな」


 ただ、それなりに正しく現状を理解しているようだ。

 過去には持論を発展させて世界陰謀論を大々的に唱えはじめた活動家も存在したらしいので、それと比べれば誤解もかわいいものである。

 シャレにならない規模になってしまい、新手の宗教法人なんぞを立ち上げて、信用ならない国家への反逆としてテロ活動にまで至ったというからとんでもない話だ。


「あと、」

「あと?」

「おそらく俺は精神衛生上見てはいけないものを見た」


 ……だろうな。


 正輝ほどのビビりであれば、今後日常生活を送るのも一苦労だ。


「で、俺これからどうなるの」


 口封じに殺される? なんて冗談めかして彼は笑う。


「その心配はねえから安心しろ。お前の言うバケモンも、多分もう見えなくなってるから」

「……ホントに?」

 いやでも既に居るって分かった以上、見える見えないは関係ないんだよなあ、とぼやく正輝。


「一応確かめてみるか?」


 言って、樟太郎はいつものように、息を吸って体中を巡らせるような感覚を想像した。


 本来、妖に物理攻撃は通用しない。

 しかし樟太郎の武器は日本刀で、そこには矛盾が生じているように見えるだろう。

 それを可能にするのが、祓い屋の使う異能の力だ。


 神通力、神の奇跡、修行の果てに身に着けた法力、霊能力、超能力、エトセトラエトセトラ。

 古今東西その呼び名はいろいろあるが、今や統一して異能と呼ばれる力は、人類が編み出した妖への対抗策である。


 訓練によって発現するが、どのような異能かは生来決まっており、原則一人一つだけ。

 樟太郎が持って生まれたのは、物理攻撃を妖に通用するよう変換するという、使える分には使えるが直接的な攻撃手段にはなり得ないものだった。


 どうせなら炎を出したり電撃を撃ったりしたかったが、言っても詮無いことである。


 そしてその異能には、すこし変わった副産物を祓い屋たちにもたらした。

 染瞳と呼ばれる現象は、読んで字のごとく、瞳が別の色に変わるというものである。

 祓い屋の中でも妖の発生や異能のプロセスを調べる研究員は、現時点でその理屈を次のように説明している。


「妖は異界から此岸にやってくるものであり、人間の死後の魂も異界に行くと古来より伝承されている。異能はその伝承に反し、生きながらにして異界のエネルギーを引き出す力であるからして、異能者の魂は異界に接続することになる。ゆえに瞳がその魂を反映し、異界の色を映すのではないか」


 樟太郎とてその理屈を完璧に理解しているわけではないが、とにかくそういうものなのである。


 さて異能を使う時のように、研究員に言わせれば「魂を異界に接続」した樟太郎の、山奥の森のような深緑に染まった瞳は、しかし妖と軌を一にするからして正輝には見えないはずだった。


のだが。


「な、んだその気持ち悪いの」


 え、と思う間も無く正輝はのけぞってドン引きする。


「師匠、だめですコイツ完全にこっち側に来てます!」


 深緑の瞳のまま、振り返って再び師匠を見やる。


 へなへなと、口から魂のようなものを出しながら、その体は力なく膝をついた。




「いや、マジで申し訳ない。巻き込む気は無かった。できるだけお前と妖が鉢合わせしないようにするから、な⁉」

「良いよ……全然……気にしてないし……」

「妖は全部、私たちが祓うから! ね⁉」

「ああ……玉城さん……無事だったの……」

「七瀬くん戻ってきてー!!」


 さてどうする。

 あのあと、師匠は残酷にも「申し訳ないが妖が見えなくなることは無いと思え」宣言をかまし、共に学校内の安全を確保したはずのヤギリと共に、再び妖を一掃すべく行ってしまった。


 樟太郎と、気絶していた霧香の介抱を済ませて遅れて駆け付けた楓は、意気消沈する正輝を立ち直らせる戦いに入っている。


 なにぶん巻き込んでしまった自覚があるだけに、二人ともサポートは惜しまないつもりだ。

 こういうことは時間を置いた方が良いとはわかっているのだが、ある日突然妖が見えるようになってしまった人間が追い詰められ、恐怖のあまり自ら命を絶つ事件も起こっているので油断ならない。


「ほ、ほら、国家どころか世界機密に関われるんだぞって思ったら、テンション上がらないか⁉」


 苦し紛れに樟太郎が絞り出すと、ぴくりと正輝の耳が動いた。


 これが効くのか⁉ と驚きつつも、せっかく見えた糸口を離すわけにはいかない。


「妖とか、異界とか、そういうのは隠されてんだ。陰謀論だよ、じつは裏で世界情勢すら操ってるんだぜ⁉」


 もちろんしがない祓い屋が関われるはずもないが。

 というか実際にどの程度の影響があるのかは未知数であるし、これは数年前に世間を騒がせたかの宗教テロ法人と手口が同じではないかと内心戦慄する。


「そ、そうそう。他のみんなは知らない景色が見えるって、ちょっと楽しくない⁉」


 だが楓の援護射撃も相まって、手ごたえは抜群だ。


「……その、さっきの肝試しも、陰謀論?」


 顔を上げた正輝の目が、心なしか輝いているような。


 そうきたか。楓と顔を見合わせる。

 勢いで正直に言ってしまえば、すくなくとも正輝に関しては丸く収まりそうだ。

 ただ、新しい厄介ごとは避けられない。肝試し以上に危険かもしれない疑惑に、はたしてコイツを関わらせて良いものか。


 当事者である楓は、前者を選んだようだった。


「……誰にも言わないって、約束してくれる?」

「もちろんだ」

「……私ね、誰かに狙われているみたいなの。七瀬くんが見たのは、その刺客」


 ただし少し、オーバーな演技で。


「そりゃまた、なんで」

「私の家、祓い屋……妖と関わる人たちの間では、わりと知られている有名な家系で」

「身代金か?」

「……かもしれない。学校では、常葉くんがボディーガードしてくれてて」

「そうなのか樟太郎!」


 正輝は徐々に、普段の調子を取り戻しつつある。

 実際の樟太郎は、師匠の後継者のふりをして建前上の護衛役を演じているだけなのだが、そんなややこしい事情まで説明する必要は無い。

 すこし実情からずれているが、乖離することも無く落ち着きそうだ。


 怖がりのくせにオカルトに興味津々の彼は、神妙に何度も頷いて、


「よし分かった。俺でよければ協力させてくれ!」


 目指すは悪の組織を一網打尽!


 妙な方向性で気合の入った彼はしかし、すっかり元のお調子者に戻ったようだった。




   ※※※




 一方、ところ変わって季村高等学校。


 完全下校時刻を過ぎた校内を見回り終えた二人の人影が、事件のあった現場に立っていた。


「めぼしい手がかりもありませんか」


 特徴的な丸眼鏡の青年が、腕を組んでヤレヤレとため息をつく。

 年のころは、二十を少し過ぎたくらいだろうか。


「秋津さんは、どうです?」


 その視線の先に居るのは、彼よりいくらか年上の、着物姿の青年。

 染瞳が常時発動している特異体質の彼は、その紅を隠しもせずに振り返る。


「同じだよ。ここに妖が居たことは、何となく分かるんだけど。それ以前の足取りは追えない。まるで……」


 まるで、突然妖が現れたような。


「異界から妖を呼び出す異能。当代では確認されていないはずなんだけどなあ」


 お手上げだよと、青年は匙を投げる。


「へえ、そんな力があるんですか」

「こればっかりは分からないね。未登録の異能者を誰かが意図的に隠しているなら問題だけど、自分でも気づいてない場合もあるから厄介だ。それに普通、その手の能力は遠隔起動ができない」


 つまり今回の一件がもしそのような異能によるものなら、異能者の候補は肝試しの参加者四人に限られる。楓と樟太郎を除けば、二人。


「そういえば例の少年、妖が見えるようになったんでしたっけ。なんだか巻き込んでしまったみたいで申し訳ないなあ」

「耳が早いね」

「それはまあ、楓様のご学友のことですから。自分の担当している業務とも無関係ではありませんし」


 しかしながら、と丸眼鏡の青年は言葉を切る。


「仮にその少年が、無自覚な異能者であった場合……そしてそれが、秋津さんの言う『妖を呼び出す異能』であった場合は、対応も変わることになりますね」


「弟子の友達でもあるみたいだし、それは考えたくないなあ」

「何はともあれ、異能の確認は急務でしょう」


 面倒な仕事が一つ増えた。二人はやる気なさげにため息をつくと、踵を返してその場を後にした。

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