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かごめ青春録  作者: 夏樹螢
一章
6/9

1-5 予想外の

 まだ外が明るいとはいえ、電気の消えた無人の廊下というのは、それなりに雰囲気を持っている。


 怪しい噂が立つのも頷ける、と樟太郎は背後で震える人物に呆れながらも、周囲の異変を見逃すまいと視線を走らせた。

 信頼している師匠に大丈夫だろうと言われたところで、やはり心配なことは心配なのである。


 もし樟太郎が妖の世界や祓い屋の仕事を知らないただの学生であれば、そして後ろで震えているのが可愛らしい女子であれば、この肝試しもまっとうに楽しめて、輝かしい青春の一ページになったかもしれない。

 しかし悲しいかな、樟太郎は代役とはいえ祓い屋の重鎮らしい師匠の後継者であり、表向きは名家のお嬢様の護衛役で、後ろで震えているのは中学からの友人である正輝つまり男であった。


 怪談好きを自称し、肝試しがしたいと自分から言い出しておきながらこの体たらく。なんというか、可哀そうなやつである。


(……いや、ある意味では一番まっとうに楽しんでいるのか?)


 肝試しとはそもそも、恐怖感を楽しむ遊びの側面があるからして。


 それに前述したとおり、まだそんな時間ではないとはいえ雰囲気だけはあるのだ。

 特に今歩いている場所は一階だが、立地的に地下に埋まっているような構造で、窓も無いので日光が届かない。そのため電気をつけなければ真っ暗で、そのスイッチを押すのは意外にも霧香が許さなかった。


 真面目な彼女は遊びにも真面目。なんだかんだで楽しんでいる様子の霧香は、暗闇の廊下で機嫌よく先頭を歩いている。

 肝試しで電気をつけるのは興ざめらしく、今現在重度のビビリが露呈した正輝は、彼女の楽しみのとばっちりを受けた形だ。


 肝試しの初めは、だからコイツももっと騒がしかった。


 なにせ霧香が聞いた噂の舞台を、一つずつ巡るだけの簡単な遊び。

 特別教室棟の三階から順に音楽室や理科室なんかを見て回るのは、入学して間もない樟太郎たちにとっては学校探検に近かった。


 さすがに吸い込まれるとか言う女子トイレの個室に男子が入るわけにもいかず、その時ばかりは正輝と二人で待ちぼうけを食らったものの、そのほかは四人で取り留めも無い話をしながら歩く。

 道中は肝試しであることも忘れて、中学校では見かけなかった科目の準備室なんかに妙な感慨を覚えたりもして。


 家庭科教室でひとりでに動く包丁がないことを確認すると、残る噂は廊下の人影のみとなっていた。


「ところで霧香ちゃん。その廊下って、どの辺りか分かる?」


 一応、ここも廊下だし……と、楓は辺りを見渡しながら尋ねた。


「あー、そういや聞いてねぇな。廊下だったらどこでもって可能性もあるが……」

 こんなところで尻切れトンボに終わるのは、面白くねぇよなぁ、と。


 この時はまだ調子に乗っていた正輝が、元気よく手を上げたのはその時だ。


「雰囲気ありそうな廊下とか、ないかな。人通り少なくて、なんかじめじめしてそうな」

「んな都合いい場所、オレらが知るわけ……」


 言いかけて、樟太郎はふと思い当たる節があった。


 例えば、楓と初めて会った場所は人通りも少なく薄暗い廊下だった。

 そういえば、窓も無かったような……?


「校内地図、どこにある?」

「え、心当たりあるの⁉」


 顔を輝かせた正輝によって連れてこられた地図の前で、樟太郎は一人、なるほどとつぶやいた。

 入学して二週間、毎朝楓と学校中を囲む大掛かりな結界を張るために、外周を歩いていたことが役立つとは思いもよらなかったが。


 当の廊下には窓が無かった。それは決して施工ミスではなく、立地的に窓を開けようにも地下構造になってしまうためだ。道理で暗いわけである。


 かくして四人は肝試しの締めくくりに、真っ暗な廊下を歩いているという訳である。




「そ、そもそも俺、霊感ねえし? ゆ、幽霊出ても、きづかねえし?」


 女子の背後に隠れるのは男としてのプライドが許さず、しかし前を歩くなんてとてもじゃないが出来なくて。そんな二つの心に板挟みになって、先ほどから彼は樟太郎の背中にしがみつき、震え声でなにやらぶつぶつと小さくつぶやいている。

 正直なところ、新品の制服が伸びるから遠慮してほしいのだが、あまりの怖がり具合にそれも言い出せない。


 正輝に縋られているせいで、樟太郎は前に行きたいのに、引きずられて後ろから二番目だ。一番気になる楓は気にしない様子で、霧香と談笑しながらひとつ前を歩いている。


「霊感ねえ」


 その定義はさておき、一般的に言えば樟太郎は、霊感のある人間と言える。

 実はカゲの他に、幽霊と呼ばれるようなものも見た事があった。事故現場や自殺現場なんかで稀に見かけるそれらが、はたして生前の人物の魂とか霊魂とか呼ばれる類のものかどうかは、赤の他人である樟太郎には確認のしようもないので断言はできないけれど。


 それに、幼少期に巻き込まれて父を喪った交通事故の現場でも、父親らしき霊は見つからなかったことだし。


 というかそもそも、幽霊とカゲは同列に語れるものなのだろうか。樟太郎は師匠から戦い方しか教わったことがないので、正式な祓い屋の研修生とは違ってそのあたりの知識が曖昧だ。


 と、話を聞いていたらしい霧香が少し声を張って、後ろにいる正輝にも聞こえるように言った。


「一回死にかけたら幽霊見えるようになった、みたいな話はテレビかなんかで聞いたことあるけどよ」

「うん、私も知ってる。臨死体験とかが引き金になるとか、なんとかって」


 楓が付け足すと、霧香は頷いた。しかし、続く霧香の声は懐疑的だ。


「ホントなのかねぇ、それって。だってもしその理屈がマジなら、アタシも幽霊とかが見えなきゃおかしいんだよ」


 一瞬それを聞き流し、意味を咀嚼し、理解して、ぎょっとして霧香を凝視したのは樟太郎だけではない。楓は一瞬足を止め、正輝も震えを忘れ、歩き進めながらも不自然な沈黙が場に下りる。


「あ、ああ、この辺じゃ、確かに珍しい話じゃねえが……」


 だからってそんな、自分が死にかけた話をあっさり言うか? と、同じく死にかけた経験が一度ならず二度ある樟太郎は顔を引きつらせた。


 珍しくない。それは、楓の実家である神社を建て直さざるを得なくなった、十年前の災害が理由だ。そもそも地震の多いこの国で、雪の積もる山の麓、雪解けの時期だったらしい。


 伝聞形なのは、当時樟太郎は幼かったため記憶が曖昧で、しかも例の交通事故で入院していた時期だからである。死にかけて災害から逃れるというのも皮肉な話だが、おかげで既に亡くなっていた父親を除く家族全員が助かった。


 鉄道会社がその跡地で街づくりを始め、復興を支援し、雪崩対策を講じて生まれ変わった今の季村には、その災害の生き残りも多い。

 霧香もまた、その一人なのだろう。


「ん? あー、」


気まずい空気を作ってしまったと気づいた霧香は、こちらを振り向いて頬を搔きながら曖昧な声を上げる。


「なにもそんなシケたツラしなくてもよー……当事者のアタシが気にしてねぇんだからさ……」

「そ、そうね、ええ、霧香がそうなら私たちがあまり気にしすぎるのも……」


 楓の相槌は空元気だ。同情や動揺にしてはあまりの狼狽えように、感受性の高いやつだと樟太郎は素直に思う。




 そんな無意識の気のゆるみを、妖たちは見逃さない。


 咄嗟のことで、楓も樟太郎も反応が遅れた。否、それよりこの場所が屋内であると失念していた樟太郎の負けだ。


 彼が普段カゲを祓う屋外のフィールドには無くて、この場所にあるもの。


 天井である。


 だから、気づいたときには遅かった。天井から逆さ吊りのようにして現れた人型のカゲは、まず真下に居た霧香を、勢いのままに突き飛ばした。


 一瞬、霧香と目が合った気がした。青を帯びた髪がちらついた直後、壁に激突したその体は意識を手放して崩れ落ちる。


 初動の遅れた樟太郎が刀袋に手を伸ばすよりずっと早く、そんなことは気にもしないカゲは次に楓の頭に食らいつこうとしていて。


 それでも、楓が咄嗟に腕を伸ばしたことで、最悪の事態は免れた。


 彼女が手首に巻いていたのは、入学式の日に樟太郎も身に着けていた麻縄である。

 使い捨てとはいえ強力な盾が生成され、カゲは弾かれて樟太郎の前に躍り出る。


 後ろで、ヒュッと息を詰まらせる音。

 構わず樟太郎は刀袋ごとカゲを殴りつけ、まず距離を稼いだ。

 しかし、


「獲物を選ぶなよ、カゲらしくもねえ」


 やはり体質の影響か、カゲの楓への執着はすさまじい。


 既に盾の効果は切れている。楓も祝詞を唱え始めているようだが、この手の戦い方の弱点である無防備さはどうしようもない。


 と、


「お、おいてめえ! ま、ままままずは俺を倒してから行けぇ!」


 言葉だけなら頼もしいが、その実とんでもなくへっぴり腰の震え声。

 一瞬だけカゲはそちらに気を取られたような動きをして、それが大きな隙となった。


「まったく、師匠が祓ったんじゃねえのかよッ!」


 白銀の刃がカゲを上から一刀両断すれば、その姿はあっけなく消え失せる。

 いったいどういうことだ。眉をひそめる樟太郎の後ろで、何かがバタンと倒れる音がした。


「そうだ正輝!」

「七瀬くん!」


 楓と二人で彼の方を見やれば、あお向けになって茫然自失とする正輝の姿。


「な、名乗るほどのもんじゃない、ぜ……」


 微妙にずれた返事をして、そのままこてんと首が横に倒れる。


「死ッ……⁉」

「死んでない! 大丈夫、たぶん気絶しただけ……そうだ霧香ちゃん!」


 脅威は去ったが混乱冷めやらず。楓によってカゲに吹き飛ばされた霧香も気絶しているだけだと分かり、ひとまず安心だ。


 では次に、確かめなければならないことがある。


「こいつ、」


 樟太郎は正輝の頬を何度か軽く叩いて起こそうとしたが、そもそも気絶した人間の処置なんてしたことが無いので勝手がわからない。

 だが、分かることもあるのだ。


「見えてた、よな……?」


 何が、なんて今更言うまでもない。

 気絶する直前、彼は確かにカゲに向かって虚勢を張ったのだ。


 楓は神妙に頷く。


「と、りあえず、秋津さんに連絡して……話はそれからに、なる……のかな……?」


 言われるがままに師匠に電話を入れると、彼もまた予想外の出来事に頭を抱えたい気分のようだった。

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