AI少女のお名前は
「――んぐぐ!?」
あまりにも唐突に唇を奪われたルキは、頭の中が真っ白になり、唇が離れた後も呆然となっていた。
「ムフフ、ウブな反応じゃて。とりあえず登録は完了じゃ」
「キスが、登録……?」
「そうじゃ。生体認証にはこれが一番手っ取り早い。あらゆる情報を一発で取得じゃ」
ぺろりと唇を舐める少女の姿に艶めかしさは一切なく、どちらかと言うと悪戯好きなおてんば娘といった雰囲気。
キャッキャと笑いながらプカプカ宙を浮いていた。
「さて、主様よ。認証も終わったことだし、遊びにでも行くか!」
「いや、今はとてもそんな気分にはなれないんだけど……」
もはやルキの脳では、この一連の出来事を受け止めるだけで精一杯だった。
「遊びに行こうぞ、主様。今のノア号の状況も見たいのじゃ!」
「えっと、その前にいくつかお願いがあるんだけど」
「なんじゃ? なんでも願ってくれてよいぞ。わらわはロボット工学三原則『命令への服従』に縛られておる。お望みとあらば、この身体だって好きにするがよい。主様のためなら今すぐにでも脱ぐぞ?」
「へ、変なこと言わないで! そうじゃなくて、まずその主様って呼ぶの、止めてくれないかな?」
「どうしてじゃ? わらわとしては言いやすくて楽なんじゃが」
「さっきも君が言ったんだよ。僕達は友達になるって。だから名前で呼んでほしいんだ」
「名前? うーむ。……ルキ様?」
「様もいらない。ルキでいいよ」
「呼び捨てか。AI的倫理に照らせばギリギリ許容範囲じゃな。わかった。これからはルキと呼ぶ」
「ありがとう。それと、君の名前を教えてよ。いつまでも君呼ばわりはきついから」
「わらわの名前か。……う~む。困ったの」
「どうして?」
「さっきも言ったが、紹介できる名前がない。そうじゃ。ルキがつけてくれ」
「僕が!?」
「ルキは友達のニックネームくらいつけたことがあるじゃろ?」
「そりゃあるけど……どうしよう」
このプカプカ浮かぶ悪戯娘は、名前を付けて欲しいという。
確かに友人にニックネームをつけたことはあるが、それは本人の名前や性格、見た目からモジることが多いわけで、この少女にはそのモジる要素が全くない。
そもそも彼女は人ではなくAIとかいう謎の技術らしい。それも『ロボット工学三原則』というルールに縛られているそうだ。何一つ理解できない名前だけど。
「君はAIって言ってたよね」
「うむ。人工知能ってやつじゃ」
「それはよくわからないけど……そうだなぁ。AI、エーアイ、えーあい、えあ……エアってのはどう?」
「なんじゃ。酷く短絡的じゃな」
「仕方ないじゃない。君のこと、何も知らないんだから」
「エアか……。うむ、声に出してみると意外に悪くない名前じゃな。気に入った。今日からわらわの事はエアと呼ぶがよい! ルキとエア。お似合いじゃろう?」
「何がお似合いなのかさっぱりだけど……うん。君が気に入ったならエアにしよう」
「わらわはエア。よし、登録したぞ」
名前が決まったのが嬉しかったのか、部屋中をぴょんぴょん跳ねるエア。
しばらくするとルキの前に戻ってきて、手を取ってきた。
「わらわはエア。これからよろしくのう、ルキ」
「うん」
――これが、謎のAI少女エアと、天才魔巧技師ルキの出会いだった。
――●○●○●○――
「……それで、何をどうよろしくすればいいの?」
エアに名前をつけた一息ついていたルキは、肝心要なことを聞いていないことを思い出した。
「僕は君をどうすればいいの!?」
「そりゃ、わらわはもうルキのものなんじゃから、ずっと一緒じゃ。肌身離さずわらわを持っていてくれ」
「無茶言わないでよ!?」
そもそも宙を浮く変な少女と常に一緒にいるなんて、どうやってやればいいのか。
エアがどのような存在か全く理解していないし、そんなエアを他人が見ればどう思うだろうか。
きっと大騒ぎになるに違いない。
「無茶と言われてものう。わらわはもうルキから離れる気はないんじゃが……わらわのことは嫌いか……?」
上目遣いでそんなことを言ってくるのはズルい。
そもそもエアは見た目だけでいえば普通――というよりはかなりの美少女だ。
ちょっと浮いていて、ほんのりと光っていて、喋り方が古めかしいだけだ。
そのちょっとがなければ、ルキは目を合わせるだけで赤面してしまうに違いないほど可愛かった。
「嫌いじゃないよ。でも、僕は君という存在について知らないことが多すぎるんだ」
「そりゃそうじゃろうな。だがわらわの技術について喋っても、理解できぬであろう?」
「うん。だから技術云々じゃなくて、エアの仕様について聞きたいんだ。それが判れば、一緒にいられる方法も模索できるから」
ルキは根本的な技術への理解はすでに諦めていた。
これは魔巧技師見習いとしての経験から、そうするべきと判断したからだ。
魔巧技師をやっていると、デバイス修復の際に根本的な修復よりも、とりあえず使えるようにする修復が求められることがある。今はその例の一つだと思った。
「わらわの仕様か……。そうじゃな。マニュアルデータは存在するが、見せても理解できぬだろうし、簡単に説明しようかの」
「うん。お願いするよ」
そしてエアによる、エアの仕様講座が始まった。