とある冒険者の話 その1
「おにぃ、そろそろ戻ろうか?」
と剣に付いた血を払いながら、ユマは僕に言った。
肩でバッサリと切りそろえてある艶のある銀髪と淡く碧眼がダンジョン内のわずかな光源で輝いて見える。
ちなみに”おにぃ”と呼ばれるが僕、ことハルはユマの実の兄ではない。
僕たちは数年前にモンスターに滅ぼされた村の生き残りだ。
親を失って呆然としていたユマに兄代わりになることを宣言して以来呼び名は変わっていない。
ユマの問いかけに応えるべく現状を確認する。
僕とユマは冒険者パーティを組んでいて、”亀裂”と呼ばれるダンジョンを攻略中だ。
”亀裂”自体は未踏破なので、最下層は不明。
確認されているのは12階層までで
僕たちは現在5階層までもぐっている。
僕の魔力は7割程度残っていて、アイテムもまだ余裕はある。
だが、モンスターの討伐証明や武器を入れるアイテムボックスは6,7割ほど埋まっていた。
可もなく不可もないが、もうそろそろ夕方が近い。
地上に戻ればちょうど夕食の時間あたりか。
「そうだな。戻ろう。」
と言うと、ユマは直前に倒したサイクロプスの討伐証明である角を切り落としながらにこりと笑った。
17歳の僕より2つ年下のユマだが、背は170cmの僕より頭一つ大きい。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるメリハリボディのすっかり大人の女になってしまったが、こういう時に僕に向ける笑顔は小さい頃のままだ。
ユマは手にした角を僕に渡すと、剣まで鞘にしまってしまう。
「敵が出てきたらどうするんだ?」
とアイテムボックスに角をしまいながら僕が聞くと、笑みを浮かべたまま。
「おにぃを抱えて逃げる。」
と僕の手をつかむと、ユマはすたすたと来た道を戻り始めた。
僕は黙って逆側の手にある杖を振り、認識阻害、静音
など戦闘に至らないような補助魔法をかけた。
ユマは自分で言ったとおり、接敵したら僕を抱えて逃げるつもりだろう。
だが、前世の記憶持ちの僕には”お姫様だっこ”された状態での逃走劇は羞恥プレイ以外の何物でもなかった。
以前ダンジョン内の開けた場所で、モンスターの群れに出くわしてしまった時に僕が逃げる速度よりもユマが僕を抱えて逃げた方が早かったこともあり、それ以来ユマの中ではそれが逃走時のベストスタイルとなってしまった。
体勢の見直しを求めたら、抱っこスタイルを提案された。
もちろん僕が抱えられる方だ。なんでやねん。
脇抱え、肩担ぎなど他のスタイルを提案するも却下された。
運びにくいし、何より落としたらあぶないとのこと。
いつかユマを説得しなければいけないのだが、それまでは逃走しなければならない事態が来ないことを願うばかりである。
特にフラグがたつこともなく地上に戻る。
「おにぃ、これからどうする?」
「換金して飯食って宿に帰る。」
「今日はクリスタ姉さんが顔を出しなさいって言ってた日。」
とユマが無表情で言う。
僕とユマが村の生き残りと言ったが、僕たちの他にその時たまたま村を離れていて難を逃れていた人間が3人いて、そのうちの1人がクリスタ姉さんだ。
クリスタ姉さんは僕の3つ上。今はこの町の教会でシスターをしている。
もともと僕たちの村の神父さんの娘でモンスター襲来の日は隣村で行われる祭事の手伝いに行っていたため難を逃れた。
ユマが僕のことをおにぃと呼ぶことになった話を知り、”じゃあ私のこともお姉ちゃんと呼びなさい。”と宣言したことでそれ以降”クリスタ姉さん”と呼ぶようになった。
ユマは最初の頃はクリスタ姉さんに懐いていたが、何があったのか話題に名前が出ても今のように無表情になる。
何か喧嘩でもしたのかと聞いてみたが、そうではないと言うし、今みたいに約束は覚えていて、僕に教えてくれるので嫌ってはいないのだと思う。
「じゃあ、換金してから教会寄るか。」
換金額に余裕があったら寄付しよう。と思いながらユマに伝える。
「うん。」
と寄ることは嫌がらないもののユマは無表情のままだ。
冒険者ギルドに入ると、僕たちのように早めに切り上げたらしい冒険者が何人かいた。
何人か顔見知りがいたので軽く挨拶して討伐証明の提出窓口に並ぶ。
ユマは僕の後ろに立ち、僕を後ろから抱きしめるように手を前に回す。
僕の頭にほっぺたが当たっている感触がある。
手持ち無沙汰の時によくこの姿勢を取る。楽なのだそうだ。
ユマは楽だと言うこの姿勢だが、僕としては苦しい。
頭に頭を乗せられるのは苦ではない。小顔のせいもあるのかそれほど重くも感じない。
体を密着されるのも嫌ではない。むしろいい匂いがする。
問題は両肩に乗せられる自己主張の激しいユマの身体の一部である。
自由度が高いので密着度がアップする上にボリュームがあるので視界の一部にどうしても肌色のものが入り込んでしまう。
チェストプレート?ダンジョンから出たら速攻外すんだわ。この娘。「あー、苦しかったっ」って。
あと苦しいのは周囲の男性陣の嫉妬の視線と、受付嬢のお姉さんの侮蔑の視線だろうか。
などと考えているうちに先頭の受付処理が終わったらしく、列が一つ進んだ。
間を埋めるべく一歩進んだ時に
「ハルちゃん!、ユマちゃん!」
と先ほどまで先頭で提出手続きをしていた2人の女性が僕たちに気付いて声をかけてきた。
「リリー姉、ステラ姉」
と僕も2人を呼ぶ、ユマも僕の前で組んでいて手をはずし、2人に手を振った。
リリー姉もステラ姉もクリスタ姉さんと同様、難を逃れた村の生き残りだ。
ステラ姉の武器である弓の修理のために町に泊りがけで出かけていたこと、リリー姉はその武器屋を知ってたのでステラ姉の案内として同行していたから難を逃れた。
2人も僕たち同様に冒険者として生計を立てていた。
ステラ姉が射手、リリー姉はそんなステラ姉を敵から守る壁兵である。
「2人とも今日は早いんだね。」
と2人に言う。2人とも僕たちよりもマージン少なめで挑むタイプなので換金する時間は遅めだ。
この時間にギルドに戻っているのは珍しかった。
「それが今日は獲物が持ちきれなくなっちゃってね。」
とステラ姉が腰まで伸びたストレートヘアをはねのけるように手を大きく広げアピールする。
「ハルぅ、やっぱりあたし達とパーティ組もうよ。あんたのアイテムボックスが忘れられないの。」
とリリー姉が僕に真正面から抱き着きながら懇願する。いや、言い方よ。
リリー姉の胸部装甲の衝撃を期待、もとい覚悟したが僕の前に回っていたユマの腕にブロックされていた。
「わたしもハルちゃんの支援魔法とユマちゃんの罠解除があったらうれしいかなぁ。」
と言いながらステラ姉は僕とユマに右側から抱き着く。
ユマやリリー姉ほどではないにせよ、それなりの大きさを持つステラ姉の胸部装甲が僕の右ひじを温かく包み込んだ。
気づいたユマが2人振り払おうと僕を後ろ抱きした姿勢のまま左右に僕の身体を揺する。
耳やほっぺに柔らかいものがぺちぺちあたるのでもっとやれ、もといやめなさい。
「4人でじゃれてないで、とっとと討伐証明提出してもらえませんか。」
気が付くとギルドのお姉さんが凍るような目で僕を睨みながら、頬杖をつきながら、不機嫌そうに指でトントン机をたたきながら、僕たちを待っていた。




