段嘘 ー「ゲーセンのブラザー」
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「ゲーセンのブラザー」
原案 究極楽人・段嘘
著 段嘘
大都会の都市伝説。舞台は関西。大阪市内どこかのゲームセンターの、どこかのブースに奴がいる。黒い装束に金のロザリオ。見た目はカトリック教会のシスターに見えるが、奴は男だ。彼はゲームセンターのブースにひっそりと身を潜め、偶然彼と遭遇した人に懺悔の時間を与えるという。彼と顔を合わせたものはなんでも暴露してしまうらしい。そしてその男は地元でこう呼ばれている。「ゲーセンのブラザー」と。
ラーメン屋の裏から流れ出る味噌っぽいような、しつこい匂い。路地裏で将棋を指しあう中年、もしくは高齢者のおっさんたち。喫煙者がその場に見えないはずなのにタバコの匂いがするその路地。あるひと組のカップルがその路地を歩いていた。デートの最中であり、彼氏の方がオタク趣味の彼女に付き合わされていると言う状況だ。
白、グレーに黒の断層シャツと黒いジーンズの彼とニーハイソックスに黒いショートパンツ、毛羽立った白いシャツの少しイタイ感じがする彼女。二人はゲームセンターの中に足を踏み入れた。定番の100円レーシングゲームや、和太鼓が特徴のリズムゲームがあった。煌々と光るLEDの光の中、彼らは取れもしないクレーンゲームに2000円も散財した後、最後は思い出の記録を残したいらしい。ピンクや黄緑のパステルカラーが溢れる個室型写真機、プリクラゾーンの階まできた。
「あっちの撮ろっ?」
彼女の方が尋ねた。彼氏にプリクラの知識などある訳が無い。彼は手を引かれるままついていった。不良っぽい女子高生が叫んだり、変なポージングをしている異様な空間。アップテンポのうるさい音楽が思考の余裕を与えない。
「初プリだねー!」
暖簾をめくりあげ、彼らはブースの中に入り込む。そこにはいないはずの人影があった。
明らかにスペースとサイズが合っていない黒づくめの大男。遊戯王の初代主人公みたいに金色のロザリオを首にぶら下げ、ローブのフードから彫りの深い顔がのぞいている。シスターの服装をした大男。色黒で、不潔な様子はない。顔立ちから年齢を推測するのは不可能に近かった。
少し驚いた様子を見せるカップルのことを気にすることもなく、彼は口を開いた。
「ようきたな」
「えっ」
彼女の方がパニックに陥ったのか、手のひらを口に当て続けていた。やはり彼はそんな様子も気にすることなく質問を続けた。
「名前なんて言うんや、わいはブラザーって呼んでくれたらええんやで」
誰もいないはず今の状況、むしろカップルの方が「お前誰だよ」とおもっているはずである。
「四方木俊夫です」
マッシュヘアーに高身長の細身。頼りない雰囲気を持つ俊夫は某弁護士の息子で、父親の仕事を利用してか、警察や一部の業種の人々の間でクソガキであることが認知されている。つぶやきをシェアするソーシャルメディアで知り合ったこの女と数回目のデートの最中だ。
「轟美奈子です」
決してブスとは言えないが、特別可愛いとも思えない微妙なグレーゾーンを行き来するニーハイ地雷系女の美奈子。俊夫が弁護士の息子であり、財力がそこそこあることを確認してからメッセージで誘惑。無事俊夫をATM化することに成功した。ブラザーはまんざらでもないような顔をしながら続ける。
「そんなん聞かんでも知ってるんやけどな」
俊夫が引き気味に尋ねる。
「なんでですか」
やはり、ブラザーは表情を変えない。美奈子も俊夫も、両方彼の服装について尋ねる隙を見つけることができなかった。
「いや冗談やけど。まさかフルネームで答えてくるとはな、危ない奴もおるから気をつけや」
ブラザーは本人が不審者扱いされていることを理解していないようだった。色黒の肌にコントラストが際立つ白い眼球。黒い2つの点が俊夫を捉えた。
「ところで俊夫くんさ」
名指しで呼ばれた俊夫は動揺し、ブラザーの目を見つめた。
「何ですか」
「なんかわいに言わんといけないことあるんちゃうん?」
ブラザーと目を合わせた俊夫は何かに吸い込まれていくような感覚になった。最近の自身の行動が走馬灯のように蘇る。
「あるやろ、それは知ってんねん、懺悔タイムや」
俊夫は急に小刻みに震え出し、口を縦に動かし始めた。急に何か思い出したような表情をしている。
「昔シャブにはまってて、一回やらかしてからもうやめてたんすけど、最近友達にまた入れられちゃったんです」
それを聞いた瞬間、ブラザーは少しの間考えた。
「ダメ」
「えっ?」
「ダメ。そんな重いん無理やわ、もう少し楽な話あるんちゃうの」
「もっと軽いのですか、なんかありますかね」
その時、すでになぜか俊夫は喋らずにはいられなくなっていた。
「あっ」
俊夫がとっさに声を出した。それに合わせてブラザーも反応する。眉を縦に大きく動かした。
「おっ」
「あの、小学校のときに友達にゲーム借りてからずっと返してないんすけど、それが原因で話しかけづらくって」
俊夫は左腕や左手の親指をさすりながら自信なさそうに喋り続けた。
「そうか、ゲームずっと借りパクしてたんか」
「はい、地元名古屋なんですけど、あんまり行く機会なくてそのままなんですよ」
俊夫をじっと見つめながらしっかりと聞いている。さすが、シスター、いやブラザーといったところだろうか。
「その子と仲良かったんか」
「はい、いっつも一緒にゲームしたりおもちゃの鉄砲で遊んだりしてました」
ブラザーは微笑んだ。演技も悪気も全くない純度100%の微笑みだった。
「ええな、楽しそうな小学生時代やんけ」
「そうっすね……」
ブラザーはまた真剣な顔に戻り、俊夫に尋ねる。美奈子は先ほどと同じように口元を手で覆い、ただ二人の様子を眺めているだけだった。
「その小学校時代、借りパクで台無しになってるやん」
「はい」
俊夫は何故知らない奴に暴露させられ、説教まで受けないといけないのだろうかと思っている。無理もない。
「ゲーム返したらさ、またその友達と話すことできるんちゃうか?」
「そうですね、間違い無いです」
俊夫は「当たり前だろ」と言わんばかりの表情で答えた。
「そんじゃ、ゲーム返しなさい。ええか?」
「はい」
「懺悔しゅーりょーですわ」
このような調子で俊夫の懺悔タイムは終了した。だが、ブラザーは彼らをこのまま帰らせようとはしなかった。
「そんでそこの微妙に可愛いか可愛く無いかわからん子。美奈子ちゃんやったっけ?」
自身の見た目に関してこんな雑で失礼な説明をされたことに気づくことなく、明らかに不審者であるブラザーに警戒心をみせ、美奈子は強気の調子で答えた。
「何ですか?」
「君も言わなあかんことあるやろ?」
ブラザーはじっと美奈子の目を見つめた。
「大丈夫やで」
そういうと、ブラザーはまたさっきのように微笑んだ。
美奈子は眼球を左右上方へ繰り返し動かした。彼女の頭の中ではシアター映画のように最近の行動が映像になっていた。早送りで流れる映像の中。他のフォロワーともデートの約束を取り付けた時、昨日写真を投稿するために飲んだドリンクなど、様々な光景があった。
「わ、私は他のフォロワーさんとデートの約束をしてしまいました」
ブラザーが一瞬ニヤリと笑ったような気がした。
「そうかそうか、それで、罪悪感があるのか」
「いや、そんなわけじゃ……」
あくまでも否定しようとする美奈子に、真面目な表情でブラザーがいう。
「お前は罪悪感あるからこんなこと言ったんやろ? 潔く認めーや」
「そんで、じゃあこの俊夫くんは美奈子ちゃんにとって何なん」
黒いローブから白く光る眼が美奈子の目をまっすぐ見つめている。
「えっえーてぃ、お、思い出くれる人です」
「ATMとかお小遣いって言おうとしたんちゃうん」
美奈子はその言葉を聞いた瞬間半泣きになってしまった。確信犯だな、とブラザーは思う。
「すみませんでした」
「謝らんでええねん。わしの問題ちゃうし」
俊夫は黙って見ている。特に驚いた様子もなさそうだ。彼には他にも女がいるな、などとブラザーは睨んだ。だがブラザーは彼の懺悔セッションを終えたばかりなのでそれについて言及することはなかった。
「それじゃどうするん、俊夫くんと」
「真剣に謝ります」
半泣き、いや、もう涙が堪えられなくなっている美奈子を見ながら続ける。
「いや別に彼どうでも良さそうやん」
今度はさっきの微笑んでいた時の声とは違い、ドスが効いている。修羅場をくぐり抜けた猛者のような、鉄槌のように重く突き刺さる声だった。
「まあええわ、悪いと思ってるんやったらもうそれでええんやで」
そしてまたブラザーは純度100%の微笑みを繰り出した。ゲームセンターのフォトブースの中。彼らの耳には撮影のための指示を出す自動案内音声も、さっき聞こえたアップテンポのBGMも聞こえていない。ただただブラザーの低い声が聞こえていた。
ブラザーはおもむろに自身のバックパックを漁った。乾いたものが擦れるような音や、ビニールがしわくちゃになっていくような音。カップルには何が入っているかは見ることができなかった。
「わしの説教半強制的に聞かせたからな」
ブラザーは無表情にカップルの顔を見つめた。カップルは黙ってブラザーを見つめている。金色のロザリオがプリクラの画面の光を反射した。
「最後に一人ずつお前らの一番欲しいものを2つから選ばせたるわ」
ブラザーはバックパックから何かを取り出したようだが、何か確認できないように隠し持っている。
「そんじゃ、まず俊夫くんからでええで」
「美奈子ちゃん、ちょっとそっぽ向いとってくれるか」
ブラザーの右手には新大阪駅から名古屋駅までの新幹線グリーン車切符があった。そして左手には小さな樹脂製の袋が握られていた。俊夫の目は明らかに変わっていた。瞳孔が開いている。
「それでいいんだな」
俊夫は黙って頷いた。
「それじゃ、美奈子ちゃんもなんかあげるわ」
ブラザーの手に握られていたのは先ほどの品とは全然違うものだった。右手には現ブランド物の財布、左手には婚約カップル向け雑誌がある。
俊夫はプラスチックの小さな袋を選んだ。一方で、美奈子は財布を手にすることにした。二人はそれぞれの人生を好きなように過ごすことにした。
「それじゃ、今度はどこにしよかな」
ブラザーは二人が出て行ったのを確認すると、着替えてバックパックを片手にまた、繁華街の他の場所へ向かった。
シスターの格好をした大男。荒川アンダーザブリッジのシスターからキャラクターのアイデアを得ました。こんな人が実際にいたらめちゃくちゃ面白いですよね。
知らない人に自分の弱さや自分の問題をさらけ出し、それを変えることができるのか。人間の欲の弱さや、与えられたチャンスに自分だったら気づくことができるのかなどを考えていただけたら幸いです。