溢れる
抱いてしまった気持ちに整理をつけて凪いだ状態にするまでこれほど時間がかかるとは思ってもみなかった。
これが初めての「感情」ではないというのに。
彼のことを考え出すと今にも溢れそうになる。
この水槽から水が溢れてしまった時、全ては終わってしまうだろう。
生温い関係を崩したくなくて逃げた先にあったのは暖かい監獄のような場所。
感じることはできるが触れることはできない。
そのことに焦ったさや触れられる彼女への醜い嫉妬を覚える。
いつか自分もその位置に行きたい、なんて幼い少女の夢のように考えることさえも禁じられる。
早くここから抜け出したいけれど、それを彼は許さないかのような瞳で私を見る。
その瞳に少しでも熱いものがあれば夢を抱けるのにと思ってしまう。
追い討ちのように彼女がこちらだけに見えるように勝ち誇った笑みを浮かべている。
彼と彼女の非情さを肌で感じながら、今日も水を溢れさせないように平穏に過ごしていく。
溢れた。溢れてしまった。
ついに感情を漏らしてしまった。
早くここから出なければ。
もうここにいることはできない。
外へ出ようとした時、彼が扉を開けた。
大きめの荷物を見て目を見開く。
どうしてそんな顔をするのだろうか。
どうして彼は私に触れているのだろうか。
どうしてそんな泣きそうな顔をしているの…?
目から涙が溢れる。
止まることを知らないそれは長い時間溢れ続け私の頬を濡らす。
彼が乱暴に抱きしめ優しく涙を拭ってくれる。
夢でも見ているのだろうか。
決して触れることのできないそれに触れている。
「ようやく落ちてきたな」
彼はニヤッと笑って噛み付くようにキスをした。
男は、ただ自分しか見ていない彼女を欲した。
そのためになら浮気でもなんでもするそうです。
クズですね。
捕まってしまった彼女の幸せはきっとあると思いたい。