91.雨の季節
その日の晩、集会所にてマルーブルク達へ農場予定地のことを報告する。
南側へ公国の農場を作ることに対し、リュティエからも特に意見はなかった。当面の間は南北地域について北は獣人、南は公国へ開放することが決まる。
特段の理由無しにお互いのエリアへ行かないよう周知することも合わせて決議された。
「それで、ヨッシーがせっかく作ってくれた星を見る施設なんだけど」
クッキーを華奢な指先で挟み、その場でくるりと回転させるマルーブルク。
「ん?」
「しばらくの間、そのままにしておいた方がいいと思ってね」
「ふむふむ」
マルーブルクはゴブリンという共通の目に見える敵ができたことで、公国と獣人の間にあった緊張はなりを潜めていると説明する。
せっかく作ったカードを切るなら有効な時に使いたいってさ。
俺は特に意見は無いんだけど、せっかく作ったのに使わないともったいない気もする。
「大魔術師殿の奇跡……ということでこの中の誰かが引率して星を見る施設に行くのはどうですかな?」
俺とマルーブルクの様子を見てとったリュティエが違う案を提示した。
「それはよいね。ボク個人としては、あの施設には感じ入っているんだ。選出した住民に引率を付けるならよいんじゃないかな」
「手間はかかりますが、やはり偉大なるふじちま殿の大魔術の威容を皆にも知っていて欲しいですからな」
「うん。慣れてきたところで、公国と獣人双方の観客……という形にできればよいかな」
マルーブルクとリュティエはテキパキと意見を交わしていく。
「ブーも手伝うぶー」
ずっとむしゃむしゃしていていることを忘れていたが、今日はマッスルブとジルバも来ている。
既にクッキー缶を三つも開けているが……。
あんまり食べると太るぞ。
ほら、ジルバも隣で見ているだけじゃなく、マッスルブへ何か行動を。
と、二人の様子を見ていたらジルバと目が合った。
彼は無言で頷き、親指で自分を指差す。
「ジルバも是非手伝いたいとさ」
新たなクッキー缶を抱えて戻ってきたワギャンが後ろから俺に声をかける。
「俺に反対意見はないよ。引率は面倒だと思うけど、連れて行く人たちのことも含めて任せていいかな? 都度、誰でもプラネタリウムに入れるようにして、終わったら元に戻すよ」
「プラネタリウムって、星を見る建物のことよね?」
喉を詰まらせたマッスルブへ紅茶を渡すタイタニアが尋ねてくる。
全く関係ないが、マッスルブの背中をジルバがトントンと叩いていた。だから、そろそろ食べるのをやめさせた方が……。
「うん。あの施設はプラネタリウムという名前なんだ」
「なんだか難しい名前だけど、響きは素敵かも!」
プラネタリウムは現代的な施設だから、彼女らに翻訳されて伝わらないのかな。その辺謎だけど、星を見る施設という表現なら伝わりそう。
だったらプラネタリウムって呼ばない方が良いかもしれない?
「プラネタリウム……良いではないですか! 誰もが大魔術に度肝を抜かれますぞ!」
リュティエは鼻息荒く興奮した様子で熱っぽく語る。
なるほど。一理ある。分かりやすさより、見知らぬ名前で不可思議さを強調するってわけか。
「呼び方をどうしようかと思ったけど『プラネタリウム』でいこう」
俺の提案にみんなが頷くのだった。
プラネタリウムの話題が落ち着いたところで、マルーブルクが次の議題を出す。
「キミの威容を見せると言っていた件についてだけど」
「うん。ちゃんと考えてるぞ!」
「いつやるんだい? ゴブリンのことで焦る必要は無くなったから急がなくてもいいよ」
「そのことなんですが、一つ懸念が」
リュティエが困ったように首を振る。
「何か問題があったのかな?」
「はい。荒地の方へ様子を見に行っていた者が戻ってきたのですが」
竜人が攻めてくるとかそんなのか。そいつは一大事だ。
いや、竜人がではなく竜人を発見して大地を変形させるまで攻め滅ぼすグバアが問題……。
「彼らは何と?」
「雨が降り出していたと言っておりました。そろそろ来ますぞ」
「ん? 梅雨?」
雨が降ったからといって何か問題があるのか?
「そうか。大草原には雨季があるんだね。リュティエ、本格的な雨季まであとどれくらいだと見積もっているの?」
呑気な俺とは対照的にマルーブルクの顔は真剣そのものだ。
「はやくて一週間、遅くて一ヶ月と言ったところですな」
「りょーかい。ありがとう、リュティエ」
普通に違和感なく会話を交わす二人だけど、マルーブルクはずっと獣人の言葉で喋っているんだぜ。ほんとこれだから天才ってやつは……。
梅雨でここまで真剣になるってことは、農業と何か関わりがあるってことか。
なら、俺は俺で祭りの準備を進めちゃうかなあ。
◆◆◆
なんて思いながら、二週間が経ってしまった。
いやあ、雨季が来ると分かって以来、公国の農家の皆さんが必死こいて草抜き開墾に精を出しているんだもの。
そらもう鬼神のごとくってやつだよ。
それと合わせて、超急ピッチで住宅の建築が進んでいる。
朝日が昇ってから日が落ちるまでマルーブルクら幹部まであくせく動いているのだから、とてもじゃないけど藤島主催のイベントをやるぜなんて言い出せず。
獣人側も同じく住居の建築を一体となって進めている。
彼らの住居はモンゴルとか遊牧民の利用しているゲルと呼ばれる家に似ていた。
全部が全部、ゲル風じゃないんだけど建てやすさからかここ数日は全てこれだ。
「どうしようかなあ」と公園をブラブラしていたら、ハトの奴が餌餌と騒ぎ出した。
仕方ないから桶にヒマワリの種みたいな餌を大量に突っ込んでおく。
あ、これ……ハムスター用の餌だったわ。
「うめえっす! うめえっす! 腹ごなしっす!」
まあ、あの様子なら大丈夫だろ。
しっかし、デカくなったから食べるのが速い!
嘴でツンツンして食べているのに、もう桶の半分くらいまで餌が減ってるじゃねえか。
ポツ――。
その時俺の頬に一粒の雫が当たる。
お、雨か。
ポツポツ――。
降り出したかと思うとすぐに本降りになってきた。
我が土地には見えない壁があるんだけど、雨風は入ってくるんだよな。
つっても突風なんかは我が土地の見えない壁によって穏やかに変わる。
どんな法則が働いているのか謎だ。
「うおお、どしゃ降りだー」
本降りだなあと思っていたら、バケツをひっくり返したような凄まじい降雨量に変わってきた。
こいつはたまらんな。
「ふじちま! はやく屋内へ!」
俺の頼みでワギャンとタイタニアはまだ俺の家で泊まってくれている。
ハトに餌をやってくると彼に告げていたから、心配して見に来てくれたんだろう。
お互いに傘もさしてないからずぶ濡れだ。
ワギャンの傍にいるクーシーのラオサムもフサフサの毛が濡れてぺたんとなっていた。
「ありがとう。ワギャンとラオサムも早く家に向かってくれ」
二人と一匹で並んで我が家へと帰り着く。
扉を開けたところで、タイタニアがバスタオルを持って立っていた。
「みんな、これ」
「ちょっと待っててくれ。僕とラオサムは」
ワギャンは軒下でラオサムと共にプルプルをした後、タイタニアからバスタオルを受け取ったのだった。
俺? 俺は普通にタイタニアへ礼を言ってから頭をふきふきしたよ。