85.ふーふー
その日の晩、二階のテラスに飲み物を持ち込んでタイタニアとワギャンの二人と言葉のお勉強をしていた。
窓から灯りが差し込んでるとはいえ、少し暗いからスタンドタイプのライトを準備したのだ。
その甲斐あって月明かりとスタンドライトの光が合わさり柔らかで、なんだか少しだけ暖かな気分になってきたほどだ。
見上げると満点の星空。これまで雨の日は数度あったけど、この地域は晴れの日が多いなあ。
「ふじちま?」
「あ、ごめんごめん。復唱だったよな。でも、もう二人とも俺の復唱が無くてもなんとかなるんじゃないか?」
「言われてみればそうだな。ふじちまに頼りきっていた。分からない単語は、他の言葉で説明した方が勉強になるか」
ワギャンはポンと手を叩き、タイタニアにやり方を変えることを公国の言葉で説明する。
それに対しタイタニアは獣人の言葉で返す。
二人ともうまくなったよなあ。あとは実践でなんとかなりそうだ。
でも何だかこのまま終わってしまうのも寂しい。
「言葉の勉強が終わっても、もう少しだけここに住まないか?」
ふと、口をついて思ったことが出てしまった。
「僕は構わないが、一つ頼みがある」
「なんだろう?」
「もうすぐ僕の家が完成する。住まなくてもいいんだが、ラオサムのことがある」
「ラオサム用の厩舎なり小屋を庭に置いたらどうかな?」
「そうしてくれると助かる。小屋は僕が準備する」
「分かった。ありがとう、ワギャン」
口は災いの元とか言うが、今回ばかりは怪我の功名、棚からぼたもちだよ。ワギャンはもうしばらくここに居てくれることになったのだから。
彼らと数週間一緒に暮らして、とても心地良かったんだ。この世界に来た俺は完全無欠のぼっちだった。同郷の者が一人もいないんだもの。
ワギャンやタイタニアみたく家族のように腹を割って話ができる人たちができたってのは、アプリの能力と並ぶほど俺にとってはかえがたいものなんだ。
「フジィがそう言ってくれて嬉しい! わたしもしばらくここにいる!」
「ありがとう、タイタニア」
「またフジデリカさんともお食事したいなー。日中彼女に会ったことがないの。どこで仕事をしてるのかな」
「そ、それはほら。えっと、彼女はマルーブルクから言われてここに来たって言ってたろ?」
「うん」
「だから、公子のメイドかなんかなんじゃない? マルーブルクのお屋敷にいるから見かけることがないんだよ」
「さっすがフジィ! そうかも! フレデリックさんにこそっと聞いてみよう……」
ぬおお。ワクワクした様子でぱああと笑顔になるタイタニアと違い、俺の内心はアセアセしている。
先にフレデリックやらと口裏合わせの策略を練らねば。
必要な対応だったとはいえいつまでも誤魔化してないで、正体をカミングアウトしてもいいんじゃないか?
匂いで判別したワギャンやアクセス権で分かる俺はともかくとして、人間ならマルーブルクの女装にはまず気がつかないと思う。
見た目だけはまごう事なくビスクドールのような美少女だもの。
変な気を起こさないのかって? 大丈夫だ。マルーブルクがいくら可愛くとも年齢が俺の対象範囲外だからな。
子供に対する愛でる気持ちなら持つかもしれないけど、ラブはありえないさ。
「ふじちまもフジデリカのことは好きな様子だったからな」
「きゃー、フジィはフジデリカさんの事が!?」
待て待てワギャン。その言い方は誤解を生む。恋愛の機微がまだ無いタイタニアに向けたら尚更だよ。
「そうだな。彼女とは仲のいい隣人になれればと思っているよ」
「家族みたいな?」
タイタニアが目を輝かせて尋ねてきた。
「うん。君やワギャンと同じだよ」
「えへへ。ここはわたしにとってもう一つの家族みたいなんだ。嬉しいな」
やれやれ。矛先が変わってくれてよかったよ。
さてと、お勉強はこの辺にしとくか。
大きく伸びをして首をぐるんと回す。
ん、ワギャンが天体望遠鏡を覗き込んで筒をグリグリと動かしてるな。
「ワギャン。ゆっくりと確認しながら動かさないと探したいものが探せないぞ」
「なるほど。言われてみれば確かにそうだ」
ワギャンとタイタニアには「好きな時に天体望遠鏡を使ってくれていい」と伝えている。
しかし、使い方を詳しく解説しておくべきだったな。天体望遠鏡は超拡大視角で見えるわけだから、少し角度を変えただけでも視界にまるで別の星が映ってしまう。
例えば右寄りに月が見えていて中央に寄せようとクイッと筒を動かすだけで、月が見えなくなってしまうといった風に。
「お、おお」
「わたしも後で見たい」
「なら今見るといい。月が見えている」
ワギャンは望遠鏡のレンズから顔を離し、タイタニアにその場を譲る。
マルーブルクもそうだったけど、星を見るのってみんな大好きだよな。
「よし、施設の一つ目はプラネタリウムにしよう」
できるかどうかまだ分かんないけど。カスタマイズメニュー次第だな。うん。
◆◆◆
――翌朝。
昼から公国の畑へ囲いを作りに行く予定だったんだけど、午前中はフリーだったのだ。
なので、俺はマルーブルクとリュティエへ声をかけるだけかけて自宅の真っ直ぐ北端まで来ている。
ここからせり出すように百メートル四方の土地を購入する。
お次はカスタマイズメニューの確認だ。壁やら階段、床材はそれっぽいものはあるな。
後は肝心の器具があるかどうか……注文リストを見てみたら……お、あるじゃないか。素晴らしい!
これなら作ることができそうだな。
よおおし。何度もカスタマイズで建物を作った俺の匠の技を見せてやるぜ。
まずは外観からだ。これまでの反省から全て完成するまではタブレットの中だけに留めておくように作っていく。
画面とにらめっこしながら、あーでもないこーでもないと位置を調整する。
んーむ。ここはどうするか、少し右へ動かしてみよう。
集中するために床に胡坐をかき、パーツを入れ替えながら組み上げていく。
ん。
「うああ」
耳元に息が吹きかけられたあ。
ハッとなり意識を外に向けたら、背中に感じる暖かで柔らかい感触に首元から漂ういい香り……。
「あ」
「タイタニア……」
「さすがマルーブルク様。フジィが元に戻った!」
「え……」
右を向くとニヤニヤといい笑顔をした金髪の少年の姿が目に入る。
タイタニアの体温と女の子特有の体の柔らかさが心地よいんだが、やっぱり彼女は……。
その、胸が。
いや、これ以上は何も言うまい。
彼女が気にしているかもしれないしな。触れるべきではないのだ。
俺の好みがどっちだとかどうでもいい。おっぱいを語り出すと男は戦争になるのだから……黙っておくのが吉ってもんよ。
「変な顔をしているけど、できたってことかい?」
「フジィ、なんだかいつもと違って野性的な顔をしているね。新鮮かも?」
俺……一体どんな顔をしていたんだよ……。
まあいい、ちょうど外観と内装は出来上がっている。あとは実体化させるだけだ。
「お待たせしましたな」
「やあ、ふじちま」
ちょうどいいところにリュティエとワギャンもやって来たのだった。
「よっし、これからお披露目する」
「楽しみー」
「あ、タイタニア。もう俺の首元に張り付かなくてもいいから……意識はこっちに戻ってきているって」
「うん!」
タイタニアはようやく俺から体を離す。
さあ、俺の自信作を見せてやろうじゃねえか。