72.なんかきてるみたい?
「会話をしながらより、早く集会所へ戻った方がいい」とタイタニアの助言を受け急ぎ集会所へ。
そんな訳で自転車を全力で漕いだけど、彼女は悠々とついてきていた……。恐ろしいことに自転車を停車させた時(到着した時)でさえ、彼女は息一つ切らしていなかったんだ……。
ワギャンは別種族で「走りが得意なのかなー」なんて思っていたけど、人間であるタイタニアも同じような感じだとは……ひょっとしてみんな鍛えてるの?
さっき自転車で走った距離を自分でダッシュしたら、半分もいかないうちにうずくまる自信があるぞ。伊達に就職してから走り込みをしていないわけではないのだ。
……だ、ダメだ。悲しくなってきた。で、でもさ、これだけ体力が無い俺がよく朝から夕方までシャベルを振るい続けることが出来たものだ。
人間、やればなんとかなるのか? じゃ、じゃあ俺もダッシュすればタイタニアやワギャンと同じように。
「考え事は中での方がよいよ?」
「あ、ごめん」
「フジィの事だから、ゴブリンたちをどうするか考えていたんだろうけど……」
「あ、うん」
「全く違う事を考えてましたー」なんてタイタニアには言えるはずもなく、俺たちは集会所に入る。
「やあ、ヨッシー」
中に入るとマルーブルクが椅子に腰掛け優雅に手を振る。
これで紅茶とか飲んでたら様になるよなあ。
「わたしは飲み物を準備するね」
タイタニアはマルーブルクがいるならゴブリンのことは彼にとでも思ったのだろうか?
ともかく彼女は、キッチンの方へスタスタと歩いていく。
「ありがとう、タイタニア。ボクは紅茶で」
「ありがとう。俺はコーヒーで」
「うん!」
俺とマルーブルクのオーダーにタイタニアは笑顔を見せた。
一方で俺はマルーブルクの向かいに腰掛ける。
「クラウスから状況は聞いているのかい?」
「ゴブリンが来たとしか」
「東側の物見でゴブリンの姿を確認したんだよ」
「ゴブリンて強いのか? あ、いや、そもそも数は、あ、あと」
「順を追って伝えよう。その後聞きたいことがあれば、質問する形で」
「うん」
矢継ぎ早にマルーブルクへ質問を投げかけてしまった。
そうだよな、思いつきの質問へいちいち回答するより、まとめて聞いた後自分で情報を整理した方がいい。
「まず状況から行くよ」
「うん」
「安心して欲しい。ゴブリンの数は二十と少しくらいだから、それほど脅威ではない」
「おお!」
「打って出て斬り合ってもいいんだけど、キミに一つ協力を頼みたいんだ」
「おう。誰も入れないようにゲートを閉じればいいんだよな」
外壁部分はプライベート設定になっていて、マルーブルクたち集会場のメンバー以外は入ることができない。
しかし、各所にある街への入り口――ゲートや鳥居部分についてはパブリック設定なんだ。
みんながひらがなをマスターしつつあるから、いずれプライベート設定に変える予定だけど現時点では成しえていない。
俺はタブレットで自分の土地をどこにいてもいつでも見ることができるから、今すぐにでもゲートをパブリックからプライベートへ変更することができる。
「うん。クラウスから既に聞いていたかな。その後にさ、一部兵士にゲートへ入ることができるようにしてもらえないかな?」
「ん? それなら一回、マルーブルクかクラウスがやってみたらどうかな?」
「なるほど。ひらがなも覚えたことだし、僕らで一度やってみようか……いや、やめておこう」
「何か問題があるのかな?」
「初めてやることだから、緊急時にはより安全な手段を取りたい」
なるほど。万が一操作ミスをして、怪我人が出てしまっては元も子もないな。
アクセス権の設定に慣れている俺がいながら、わざわざ不慣れなマルーブルク達にやってもらうこともないか。
彼らには平和な時にいつでも練習してもらえるんだし。
「分かった。ゲートに入る兵士達は集めておいてくれるかな」
「ありがとう。助かるよ」
「いや、安全確実な方法を取ったほうがいい。人の命は失われたら戻ってはこないから……」
「うん、身をもって思い知っているよ」
マルーブルクは彼にしては神妙な顔で言葉を返す。
まだ中学生になりたてくらいな歳だろうに、彼は何度も人の死に目にあってきたんだろうなあ。
飛竜が粉々になった時でさえ、テキパキと事後処理を行っていたみたいだし。
人の命ってことに関しては、俺もこの世界に来てからより理解が深まったというか……生きているって尊いものなんだなっていうか……。
うう。うまく言えないが、「人命第一」「安全第一」が身に染みて分かったんだ。
「マルーブルク様、フジィ、どうぞ!」
タイタニアが明るい声と笑顔で、紅茶とコーヒーをコトリとテーブルに置く。
彼女が飲み物をもってきてくれたことで、重くなった空気が晴れたような気持ちになる。
「ありがとう、タイタニア」
「頂くよ」
俺は満面の笑みで、マルーブルクは口元だけに微笑を浮かべてタイタニアに礼を述べた。
「えっと、俺のやることをまとめると……連絡を待ちゲートに誰も入れないようにする。次に特定の兵士をゲートに入れるようにするんだな」
「うん。その通りだよ」
ハウジングアプリの仕様的に言うと、パブリック設定をプライベート設定に変え、兵士にアクセス権を付与する。
あ、いつものメンバーは入ることができるようにしていてもいいんだよな?
「外周と同じく、僕やリュティエらも入れるようにしてもらいたい」
「よく考えていることが分かったな」
「ううん。抜けていたことを補足しただけだよ。キミが考えていたのかは分からなかったよ」
「そっか」
でもさ。なんでそれなら天使の微笑みを浮かべているのかなあ。
「クスクス。まあ、どっちでもいいじゃないか。最優先の確認事項はこれだけだよ。次にゴブリンのことを説明するとしようか」
「おう!」
「ゴブリンの戦闘能力はそれほど高くはない。それなりに訓練を積んだ兵士なら一対一でも勝てるくらいかな」
「そんなに強くはないのか。しかし、公国の脅威となっている……あ、数が多いのか」
俺のファンタジー知識によると、ゴブリンってやつは人間から見たら醜悪な顔に歪過ぎる乱杭歯をしていて……背はコボルトくらいで力はそれほど強くない。
知性は人間に少し劣るくらいだけど、武器を扱うことができて、場合によっては毒まで使いこなす。
初心者冒険者相手によく倒される雑魚モンスター……それが俺のゴブリンに対するイメージだ。
そんな雑魚キャラであるゴブリンであるが、繁殖力が凄まじく放っておくと大集団になるまでに増える。
「その通りだよ。推測か元からある知識なのかは分からないけど、さすが導師のヨッシーだね。ゴブリンの最大最悪の能力は繁殖力なんだ」
「増えすぎたら自分たちの食料もなくなるだろうに……」
「どうだろうね。放置し続けたことは公国の歴史上において一度もないから」
「広い森の中で、他に食料もあるだろうに……ゴブリンはわざわざ人間を探して襲い掛かってくるのかな?」
「うん。ボクらもゴブリンの集落を早い段階で潰すことに腐心しているよ。今は……ちょっと……いや、キミに言う話ではないか」
公国側が害獣であるゴブリンを始末しようと動くのは分かる。
しかし、ゴブリンがわざわざ人間を探索し襲い掛かってくる理由が分からないな。
だって、ゴブリンより人間の兵士の方が強いんだろう? いや、戦闘の心得が無い人間ならば容易にゴブリンに倒されてしまうか。
考えていると、マルーブルクが紅茶を口に含んだので俺も同じようにコーヒーを飲む。
喋り続けていたら喉が渇くよな。
落ち着いたところで、彼に質問を投げかけようとしたら先に彼が口を開いた。
「……ゴブリンはボクらにとってある意味、人より個々の力に優れる魔族なんかより……遥かにおぞましく許しがたい不倶戴天の敵なんだよ」