67.洗濯機
家主としてはアレだが、先に風呂へ入らせてもらった。今はタイタニアが入っていて、ワギャンはソファーに座り、彼女が風呂からあがるのを待っている。
二人へバスルームを見せた際に、彼女が「せっかくだし、みんなで入ろうよ」なんて素敵な事を言ってくれたのだが、そこはググッと堪えて淡々とシャワーの使い方を説明した。
バスルームへ入るなら二人までだ。三人だと物理的に入らないから、誰か一人が隅っこで立ったままになってしまう。初の風呂だからこそ、ゆっくりと浸かって風呂の良さを堪能して欲しいんだよ。
きっと気にいってくれるはずだから。
いつものジャージに着替えて(と言っても風呂に入る前も同じデザインのジャージを着ていたが)、缶ビールを三本注文しておく。
い、いや、タイタニアにはフルーツ牛乳の方が良かったかもしれん。風呂上がりの定番だからさ。
残念ながら、もう一つの定番である卓球台はここにはない。旅館のようにはいかないのだ。
「先に飲んどこうか?」
「缶ビールか。ありがたい」
さっそくタブレットで注文をタップする。
宝箱から缶ビールを二本取り出して、両手に持つ。そのまま右手に持った缶ビールをワギャンへひょいと放ると、彼はうまく左手でキャッチした。
「じゃあ、かんぱーい」
「かんぱーい」
プルタブを開けて、ぐびぐびと飲む飲む。
うめえええ。風呂上がりにはこれに限るよな。
うんうん。
「お待たせ」
その時、脱衣所の扉が開いてタイタニアが顔を出す。
桜色のパジャマは少し大きかったか。袖が長くて指先が僅かしか出てないや。
それにしても……。
「髪の毛、拭いた?」
「うん?」
「ほら、バスタオルでさ」
「軽く?」
ほう、軽くか。
亜麻色の長い髪は、湿っているどころでは無く完全に濡れていてポタポタと髪の先から雫が落ちているではないか。
彼女の髪の毛が触れているところはパジャマの色が変わっているし……。せめて髪の毛をまとめるとかすればよいのだけど。髪ゴムも用意すべきだったか。
「ちゃんと拭かないと、そしてドライヤーで乾かした方がいい」
髪の毛が短いならまだしも、あんだけ長かったら風邪引くって。真夏ってわけでもないんだから。
「ん? すぐに乾くよ」
言っていることが伝わってねえ……。
と、待て。ちょっと待ってくれ。
「下に何も着ていないの?」
「うん。洗濯機に入れてってフジィが言ったじゃない」
「そ、そうだったあ」
髪の毛にばかり気がいっていたけど、彼女の髪の毛はみぞおちくらいまでの長さがあるんだよ。
それが濡れているから……つまりだな。
胸元が。
「大丈夫だ。髪の毛で隠れている」
「さっきから様子がおかしいが、どうしたんだ?」
慌てふためく俺へワギャンが本気で心配した様子。
く、くうう。分からんのか。そうだよな。分からないよな。悲しいけど、これが種族差ってやつだよな。
あああああ。どう説明したらいいかと頭を抱える俺をよそにワギャンはスタスタとタイタニアと入れ替わるように扉の奥へと消えて行った。
と、ともかく。
タブレットを出し……下着を……じゃねえ!
下着なんぞ注文できるわけねえだろうが。女性用下着を出したところでタイタニアへ俺が何の説明もせずに装着できるわけが……いや、できるよな?
ぐ、何を考えているのか分からなくなってきた。
焦ってタイタニアの方へ目をやると、彼女は立ち尽くしたまま首を傾げるばかり。
俺だけが動揺していてバカみたいじゃないかよ。
『注文
バスタオル 十ゴルダ
ドライヤー 二十五ゴルダ』
これでいいや。
注文をタップして、宝箱からバスタオルを取り出し、タイタニアへ向けて放り投げる。
「それを上半身に巻き付けてくれ」
「うん」
タイタニアは疑問に思った様子もなく、俺に言われたとおりバスタオルを体に巻き付けた。
「こっちに来てくれ」
テレビの横にある電源へドライヤーのコードを繋いで、スイッチオン。
――ブイイイイイイン
とドライヤー特有の機械音が鳴り響き、タイタニアはビックリしたように後ろへのけぞった。
彼女を座らせ、彼女の髪の毛に俺がドライヤーの熱風を当てていく。
「ふう。これで」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
タイタニアの髪の毛が渇き、ほっと一安心していたらガチャリと脱衣所へ続く扉が開く。
そこには、濡れたままポタポタと床にしずくを垂らすワギャンの姿が……。
「服はどうした? ワギャン」
「乾いたら着る」
全身ふさふさの茶色い毛で覆われているワギャンを見ても、さすがに恥ずかしいとかそんなことは思わないな。
むしろ濡れてペタンとなった毛をドライヤーで乾かしたい衝動が抑えられん。
種族が異なるとはいえ、突然異性の裸が目の前に出て来たタイタニアも、特にこれといった反応はない。犬が裸で立っていても特に思うところはないよな。うん。
これも種族差ってやつだ。
◇◇◇
ワギャンの毛を乾かし、彼に白と淡い青色のストライプの柄のパジャマを手渡す。
「感謝する」
「これも」
「帽子か」
促されるままに三角形の同じ柄をしたナイトキャップをかぶるワギャン。
いいぞお。これはいい。
「可愛い」
ワギャンのパジャマ姿を見たタイタニアが両手を胸の前で当てて感想を漏らす。
「タイタニアもそのパジャマ、よく似合ってるぞ」と心の中だけで呟いて、二人を脱衣所へ連れて行く。
脱衣所には脱いだ服を入れる籠とタオルを置くための棚、そしてドラム式洗濯機がどーんと置いてある。
「これは洗濯機といって、服を自動で洗ってくれるものなんだけど」
ドラム式洗濯機の蓋を開き、中にみんなが脱いだ服を放り込む。
洗剤を入れて、洗濯機の蓋を閉じた。
「その液体はシャンプーというのと同じか?」
興味津々に目を光らせワギャンが質問を投げかけて来る。
「うん、シャンプーや石鹸と似たようなものだよ。それでこのボタンを押すのだ」
「押すと動くの?」
タイタニアが身を乗り出してきた。
「押していいよ」
「やったー!」
無邪気に喜びを露わにしたタイタニアが洗濯機の電源ボタンを押す。
――ピッ!
聞きなれた電源の入る音が聞こえるが、ワギャンは耳をペタンと頭につけ、タイタニアは大きな目を見開いた。
いや、二人とも……風呂場でこの音聞いてるだろうに……。
「何度聞いても、突然道具から音が出るのには驚くんだ」
ワギャンの言葉を復唱すると、タイタニアも同じだと返してくる。
「じゃあ、続いてはこのボタンを」
「うん!」
「洗濯開始」ボタンを押すと、水が流れる音が聞こえてきて、ウイイインとドラムが回転しはじめた。
「動いた!」
「動いた!」
ワギャンとタイタニアが二人揃って左右から洗濯機の上部に手を当てる。
見ていてとても微笑ましいけど、二人とも何度もIHクッキングヒーターとかポットとか見ているよね。
自動で動く機械を見るのが初めてってわけじゃないのに、このはしゃぎよう……謎だ。
「そんなに驚くことかな?」
「分かってないな。ふじちまは。これほど大きな籠が中で動いているんだぞ」
「そ、そうか」
イマイチ理解できないながらも、頷きを返しておく俺なのであった。