43.外伝 おまけ
これは、ふじちまがウハウハしながらゴルダの増加を眺めている裏で行われた出来事である。
――公国側 ゴミ箱。
マルーブルクが腕を組み満足気な瞳で見つめている先にはゴミ箱があった。
ズラリと十台ならんだゴミ箱たち……彼が「作業の効率化」をふじちまに求め設置させたものである。
「マルーブルク様、確かに一台ですとゴミ箱前に並ぶことはありましたが……いささか多すぎませんでしょうか?」
忠実なる執事こと実は騎士であるフレデリックが物憂げにマルーブルクへ向け呟く。
「いや、これでいいんだよ。フレデリック。ヨッシーを驚かせるために練習をしようかな」
スッとマルーブルクが右手を上げると、それぞれ手にゴミ箱へ入れる鉱石を持った兵士たちが並ぶ。
兵士たちは真剣な目でマルーブルクの挙動を固唾を飲み見つめている。
緊張感が漂う兵士たち……。
マルーブルクの手前、下手は打てないとでも思っているのだろうか……。
ある者の額からタラリと汗が流れ落ちる。
みな握りしめた手のひらからジワリと汗がにじむ。
「まずは、お試しだね。行くよ。一、五」
兵士たちにはそれぞれ事前に番号が与えられており、マルーブルクの号令に合わせ鉱石をゴミ箱へ放り投げることになっていた。
『おいちいい。こんないい物を』
『おいちいい。こんないい物を』
「完全には声を重ねるのは難しいようだね」
先ほど鉱石を投げた一、五番に振り分けられた兵士たちは再び鉱石を手に握りしめる。
――しばらくお待ちください。
「うん、いい感じになってきたね。じゃあ行くよ。自分の右の者を見ながら放り込むんだよ。一からスタートで」
マルーブルクは右手をあげ、口元に反対側の手の人差し指を当ててから……右手を降ろす。
『おおおお』
『おおいいいい』
『ちちちちち』
『いいいいいい』
『こここここんんんんんななな』
『いいいい』
『ももももののののををををを』
騒音。
まさにそれは騒音以外なにものでもなかった。
ゴミ箱の声が重なあって、何を言っているのか分からない。
しかし、マルーブルクは天使の微笑みを浮かべ満足した様子。
「よし、この感覚を忘れないように」
「ハッ!」
兵士たちは口を揃え、敬礼を行った。
一方、一部始終を眺めていたクラウスは口元が引きつったままだったという……。
「一体、これで何をされるのですか? マルーブルク様?」
「ん? 音楽でも作れないかなと思ったけど、無理そうだからヨッシーを驚かせることにしようと思ってね」
「そ、そうですか……」
天才の考えることはよく分からないと頭の中で大きなため息をつくフレデリックなのであった。
◇◇◇
――公国、畑予定地にて。
クラウスの部下は一風変わった集団だ。
彼の統制の下にあるからなのか、彼らのことを知らない者がみたらならず者の集団のように思えるかもしれない。
しかしながら、クラウスを初め彼らの部下も仕事はきちんとこなす。
あの堅物のフレデリックの部下と同じくらいの成果は出すのだから、素行が気になる者を黙らせているといった感じである。
そんなクラウスの部下たちは、せっせとクワを振るい雑草を掘り返していた。
そこへ、颯爽と降り立つハト。
「よお、ハト。今日もご機嫌だな」
『うっす! ミミズのために突っつくすよおお!』
「おうよ。今日も期待しているぜ」
『うっすうっす!』
たった数日ではあるが、ハトはクラウスの部下たちと気が合うらしく彼らと出会って以来、いつも彼らと一緒に作業をしていた。
一方で、クラウスの部下も余り形式を気にする者たちでなかったので、ハトというイレギュラーが来てもすんなりと受け入れている。
「よお、待たせたなー」
無精ひげを指先でこすりつつ、気だるい様子でクラウスが肩にクワを担ぎ顔を出す。
「隊長、お待ちしてやしたぜ」
「今日こそ隊長に負けねえでやんすよお」
クラウスの部下たちは色めき立ち、クワを振るうスピードをあげる。
「ふむ……まだまだ甘えな」
ゆらりとクワを頭上に掲げたクラウスは、部下の倍ほどのスピードでクワを動かした。
「パネエッス! さすが隊長!」
「パネエッス!」
「パネエッス!」
『パネエッス!』
クラウスの動きに対し一斉に歓声があがる。
「パネエッスって何だよ……」
頭にはてなマークを浮かべながらも、クラウスは手をとめず草を掘り返す。
この後、パネエッスが伝染していくことをこの時まだ彼は知らない。
◇◇◇
モフモフのワギャンとジルバにぶーぶーのマッスルブは仲良しで、よく一緒に行動をしていた。
彼らはふじちま家から徒歩で一時間と少しくらいの場所にあるちょっとした森の中にきている。
彼らは草食竜などの獲物を探しつつ、川沿いに生えている山菜、木の根元に顔を出しているキノコなどを採取していた。
「ワギャンとジルバは見たかぶー?」
唐突なマッスルブの言葉にワギャンらは手を止める。
「何をだ?」
「車輪のついた乗り物ぶー」
「ああ、『自転車』ってやつだな。アレは僕だと脚が届かないかもしれない」
ワギャンは自分の右足をポンと叩き、肩を竦めた。
コボルトは直立した犬のような体躯をしており、人間に比べ手足が短い。
しかも、コボルトの身長は平均してふじちまの胸の高さくらいまでしかないのだ。
結論――ペダルまで足が届かない。
となる。
「フジシマならブー達でも足が届く自転車を出してくれるかもしれないぶー」
「確かに。彼の魔術ならできるかもしれないな」
「本当に驚くことばかりぶー。フジシマの魔術は規格外と魔術の得意なエルフもひっくり返っているぶー」
「さすが伝説に謳われる魔術師だな。ふじちまは」
「でも、ブーは魔術よりフジシマの人となりが素敵だと思ってるぶー」
「僕もだ」
話を聞くだけだったジルバも一緒になって笑いあう。
「しかし、マッスルブ」
「何ぶー?」
「例え自転車の脚を乗せるところにお前の足が届いたとしても、乗らない方がいい」
「どうしてぶー?」
ワギャンはマッスルブの疑問には応じず、彼から背を向け手近にあった赤地に白い丸がまだらにはいった鮮やかなキノコを引っこ抜く。
「マッスルブが乗ったら、自転車が潰れるだろうなんて言えないだろう……」
ワギャンはマッスルブに聞こえぬよう小声で一人囁く。
耳のいいジルバの肩が震えていたことをワギャンは知らない。