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34.共同作業

 外に出て近くにいたコボルトへリュティエを呼んでもらうように伝えようとしたところで、幸運にも探し人であるリュティエが近くにいた。

 さっそく彼を連れて戻ってくると、にこやかな笑み(悪魔の笑み)を浮かべたマルーブルクは彼と柔らかな握手を交わす。


 ん? マルーブルクに肩を掴まれたんだが?


「あ、翻訳しなきゃだね」

「かたじけない」


 俺の言葉へ軽く会釈をして礼を述べるリュティエと異なり、俺の肩をぐわしと掴むマルーブルクの手に力が篭る。

 華奢な少年の見た目なのに案外力があるなあ。

 い、痛え。力を入れ過ぎ。


「うん。それはそうと、キミ、何かよからぬ事を考えてなかったかい?」


 マルーブルクは悪魔……いや、天使の微笑みで上目遣いに俺を見上げる。


「い、いや。さっき言ったことだけだって」

 

 ヒクヒクと頬を痙攣させながら、絞り出すように彼へ言葉を返した。


「なら良いんだけど」


 マルーブルクは俺の肩から手を離し、手近な椅子に腰掛ける。


「二人とも座って座って」


 マイペースなマルーブルクに対し、俺はリュティエと目配せし合い苦笑いを浮かべ、椅子に座った。


「リュティエ、このレストラン風の屋敷をボクらとキミたちの会議を行う場にしたいと思っているんだけど、どうかな?」


 肘をテーブルについて両手を組んだ格好でマルーブルクは真っ直ぐリュティエを見やる。

 俺の翻訳を聞いたリュティエは、迷う風が全く無く、即座に頷いた。


「同意いたす」

『どおいわふす』


 マルーブルクがリュティエの言葉を真似して復唱したが、たどたどしい上に内容も間違っている。


「ごめんごめん。気を悪くしてしまったら謝るよ。ボクはキミたちの言葉を覚えたいと思っててさ」


 あっけにとられて固まるリュティエへマルーブルクは少年のように挑戦的に目を輝かせつつも、謝罪する。

 即、翻訳する俺。


「貴殿は本当に人間なのか。ふじちま殿からお聞きしていた通り、人間にも相手を慮る配慮や相手のことを理解しようと務める誠実さもあるのですな」


 翻訳、翻訳、以下略。


「ふうん。さすが族長だね! キミとはいい話が出来そうだよ」


 対するマルーブルクは手を叩いてリュティエを褒めたたえた。

 ……俺を挟んで空中戦をされても困る。

 マルーブルクの意図とそれを汲み取ったリュティエのことへまだ俺の理解が追いついてない。

 え、ええと、待てよ。


「そういうことか」


 ついつい口をついて出てしまった。

 

「ふうん。どういうことなの?」


 すかさず突っ込んでくるマルーブルクはとんでもなく楽しそうだ。


「握手を交わしたこと。公国側の代表であるマルーブルク自ら、リュティエたちの言葉を覚えようとすること。これらは全て一つのことを示していた」

「ああ、さっきまでのことかい」


 「なんだそのことか」と言った感じで頬杖をつくマルーブルクであったけど、俺に続きを促すよう目で訴えかけてくる。


「うん、公国は……少なくとも草原にいる限りにおいてリュティエたちに歩み寄り、尊重し、仲良く暮らしていくという意思表示だったんだな」

「マルーブルク殿のお心は、しかと受け取りました。お互い、殺し合ったばかりのところ、なかなか進まないかもしれませぬが……きっといつか」


 今度はリュティエが祈るように呟いた。

 そうだな。すぐには難しいと思う。だから、領域を分けたんだ。でも、いつかきっと。タイタニアとワギャンみたいに肩を組んで笑いあえる日が来ると信じてる。

 

 しばらくの間、しんみりとした空気になって全員が黙りこくる。

 静寂を最初に破ったのはマルーブルクだった。

 

「ヨッシー。一通り、ここにある物を全て見たんだけど……奥にある何に使うか分からない箱とか、蛇口の隣にある黒い板みたいなのって何かな?」

「あ、ああ。説明するよ。リュティエもついてきて」


 IHクッキングヒーター、レンジ、オーブン、大型冷蔵庫、天井の電灯、換気扇などなどを実際に触りながら二人へ説明していく。

 その結果……天井の電灯とIHクッキングヒーター、換気扇以外のコンセントを全て引っこ抜くことにした。

 IHクッキングヒーターは俺以外が触らないこととし、普段は上から木の板を被せておく。

 

 電灯は……既に俺の家から漏れる灯りを他の者も見ていた。

 全く気にしていなかったけど、電化製品を使う時は今後多少は注意したほうがいいな。

 誰も電灯のことを突っ込んでこなかたったけど、二人は口を揃えて「俺の魔法」ってみんな理解していると告げる。

 よかった。最初に彼らへ威厳ある魔術師の顔を見せておいて……。

 

「なら、暗くなったら電灯をつけても大丈夫だね」

「そうだね。今更って感じだし」

「ははは」


 渇いた笑い声が出てしまった。

 頬をヒクヒクさせながらも、二人へ他に意見が無いか尋ねる。

 

「入室できるのがさっき述べた者だけなら、特にこれ以上決める必要はないかな」


 マルーブルクの言葉を翻訳すると、リュティエも同様に「今のところはありませんぞ」と返す。

 

「それじゃあ、後はテーブルを入れ替えて終わりかな?」

「そうだね」

「時にマルーブルク殿」

「ん? ボクの名を呼んだのかな?」


 リュティエの仕草からマルーブルクは自分の名を呼んだと推測する。

 

「うん、リュティエはマルーブルクへ何か意見があるみたいだ」


 「然り」とリュティエは目配せした後、自分の思いを口に出した。

 

「改装を私たちにも手伝わせてくださらぬか? ふじちま殿の手も煩わすことになりますが」


 リュティエの言葉を復唱すると、マルーブルクは「それはいい」と彼にしては大げさに喜びを露わにする。

 俺もとてもいい案だと思う。小さなことからだけど、代表者と幹部が一緒になって作業をすることは、お互いの理解が深まる。

 上が交流の姿勢を見せることで、下にも伝わるだろうし。

 

「通訳なら任せてくれ。手伝うよ」


 俺は拳をギュっと前に突き出すのだった。

 話がまとまったところで一旦解散しようとしたら、リュティエが俺を呼び止める。


「ふじちま殿。呼ばれたついでで恐縮なのですが、我らの動きをお伝えしたく」

「あ、そういえば聞いてなかった。ありがとう」

「いえ、十日後くらいから家畜を連れた非戦闘員が続々とこちらに向かってきます。それまでに建てられる限り家を建築していくつもりですので」

「分かった。牧場や家の区画は全てリュティエたちに任せていいかな?」

「もちろんです。何か動きがありましたら、都度ワギャンをこちらに寄越しますので」


 ペコリと頭をさげ、リュティエはこの場を後にする。

 マルーブルク? 彼はリュティエが立ち去る前に集会場レストランの外から「若ー!」とフレデリックの渋い声が聞こえてきて渋々ながら出て行った。

 

 ◇◇◇

 

 あれから三日が経つ。

 集会場のアクセス許可はもちろんのこと、住民になるみなさんの名前登録も進んでいる。これから来る人たちも多数いるから、「退避所」をプライベート設定に変更するにはまだまだ時間がかかるかな。

 予定では後七日ほどでリュティエ達の後続部隊が到着し始め、人間側は十日後くらいからから増える予定になっている。

 

 俺はといえば――。

 テラスに置いた観葉植物へ水をやるのが朝と夕方の日課になっているんだ。ベリー系の植木鉢へ水をやっていると、とても穏やかな気持ちになれる。

 

「早く育って、いっぱい実をつけてくれよー」


 家の中にも緑が欲しくなって、屋内用の観葉植物を置いたんだ。

 種類は見た目で決めた。

 ベンジャミン、サンスベリア、オリーブの三種類で、全て鉢に入っている。このまま水をやるだけでいいから、初心者の俺でも問題ないという寸法なのだよ。

 ふふふ。

 

 あー。こういうノンビリしたことをやりたかったんだよ。

 

 しかし、俺は忘れていた。

 この世界は決して甘くはないってことを。

 事件はその日の昼過ぎに起こる。

 

たくさんの誤字報告ありがとうございます!

助かってます。

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現代知識で領地を発展させ、惰眠を貪れ!

・タイトル

聖女に追放された転生公爵は、辺境でのんびりと畑を耕すつもりだった~来るなというのに領民が沢山来るから内政無双をすることになってしまった件。はやく休ませて、頼む~

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国を立て直した元日本人の公爵が追放され、辺境で領地を発展させていく物語です。

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