25.缶ビール
「一人一人と目通りですか……それはむしろ是非ともお願いしたい。皆、ふじちま殿と会いたがっております」
ワギャンは是非にと乗り気だ。
パブリック設定は手間がかからないが、その分不都合もある。
例え避難訓練でもして迅速に「退避所」へ集合できるようになったとしても、俺がプライベート設定に変更する必要がある。逃げ遅れた人がいる時とか「既に外敵に侵入されていた」場合には対応ができない。
一方、プライベート設定で個々人へアクセス許可を与える場合、六百人以上の名前を登録しなきゃならないからとても手間がかかる。
しかし、その分効果は絶大だ。外敵の侵入はもちろんのこと、人間とモンスターの退避所はお互いに侵入不可になるんだ。
最初に最善の策であるプライベート設定を述べなかったのは、アクセス許可を設定するに彼らの協力が必要だし、いずれにしろ一時的にはパブリック設定で凌ぐ必要があるから折を見て相談しようと思っていたから。
しかし、マルーブルクが先んじてパブリック設定の弱点に気が付いたようだったから、情報量に混乱するかもしれないけど先に話しておこうと考えたってわけだ。
「新しく来た者は都度ヨッシーに会わせればいい。全員と会うことは為政者としても有効な手段だよ」
マルーブルクは軽い感じで言ってのけるが、確かにアクセス権限以外の面からも有効だよな。
ここへ住む手筈として、為政者たる俺へ「お目通り」する儀式ってわけだ。住人からすればボスに直接会う機会となるし、俺からすればどのような人なのか見ることができる。
他にも……。
「盗賊なんかが侵入してくることも防げるしな」
「そうだね。もっとも『退避所』だけだけどね」
それでも、抑止効果は高いと思う。
盗賊が来るほどまでに繁栄すれば……だけどね。
「中心地となるところは、今みんながいるこの区画にする。ここは一部の人だけに許可を出すから」
「りょーかい」
「心得た」
代表者のマルーブルクとリュティエが了承の意を示す。
「明日はリュティエのところ、明後日はマルーブルクのところに行くから、それまでにここで何を行いたいのかまとめておいてくれ」
彼らに宿題を出して、この場は解散とした。
リュティエらを見送り、次はマルーブルクらと東側に枠のところまで来た時に気が付く。
「ごめん。マルーブルク。見えない壁の魔術について話をしておこうと思ったんだけど、抜けてた」
「使いを後でよこそうか?」
マルーブルクたちはこれから急ぎ会議をする予定だと聞いている。
彼らに説明するとなると実際に試してもらった方がいいし、そうなると余計に時間がかかってしまう。
飄々としたマルーブルクであるが、ソワソワしているのが見て取れるし、会議に時間がかかるんだろうことが予想される。
いくら彼がこの場の責任者とはいえ、一人一人に納得させないといざ生活をはじめたら問題を起こしてしまうしなあ……。いや、そもそも、ここにいるのは兵であり実際に入植するのは別のグループかもしれない。
となると連絡含めていろいろやることが山積みか。
じゃあ尚更、これ以上留めておきたくない。条件その他は伝えたわけだし、見えない壁の仕様は後で伝えるだけでいい。
そんな時、心配してくれたのか近くでじっとこちらを見守っていたタイタニアと目が合う。
「彼女を後から寄越してくれるか?」
「彼女を気に入ったのか。導師とはいえ、キミも男ってわけかあ」
ニヤニヤと子供らしくない嫌らしい笑みを浮かべるマルーブルクである。
違うと否定しようと思ったが、そう思ってもらっていた方が好都合だと思いなおす。
「……想像に任せる。大丈夫そうか?」
「うん。彼女は一般兵だし、政策会議には関わらないからいいよ」
「ありがとう」
「朝まで帰さなくてもいいからね。でも、彼女の意思は尊重してくれよ。これから仲良くやっていくんだからさ」
クスクスと笑いながら、マルーブルクは護衛の二人と群衆の中に消えて行った。
◇◇◇
あの後、その辺にいたコボルトへ声をかけワギャンを呼んでもらうよう声をかけてから、一人で北と南に縦に千マス(横は一マス)の土地を購入し、床を芝生に変えて戻って来た。
一キロとなると思ったより距離があってびっくりだよ。移動する時に自転車か何か欲しいところなんだけど、幅が一メートルしかないから転んだら枠の外に出てしまうのが悩ましい。
全て終えたところでゴルダのチェックをしてみると……。
『現在の所持金:六万二千二十ゴルダ』
随分減ってしまったけど、これだけあれば数か月はいけるだろ。
戦争を回避するために使った資金と思えば安い物だ。
作戦は概ね成功したと言えるだろう。この先は実際に生活が始まってみないと何とも言えないけど、少なくとも争わずに済む状況は演出できた。
とはいえ、薄氷の上ってことは重々理解しているけどね。舵取りは慎重に進めねばならん。
部屋に戻りようやく腰を降ろすことができた。
さてと、お湯でも沸かしてインスタントコーヒーを飲むか。
立ち上がって鍋に水を入れていると、コンコンと扉を叩く音が鳴り響いた。
「フジィ。タイタニアだよ。ワギャンも来ているわ」
「すぐ行くよ」
もうそんな時間か。
あれれと思って窓の外を見てみたら、太陽はすっかり落ちて辺りは薄暗くなっている。
すぐに扉を開け、アクセス権限を操作し彼らを迎え入れた。
「お前の家に入っていいのか?」
ワギャンが確認するように問いかけてくる。
「うん。狭いけど我慢してくれ。外で話をすると誰が聞いているか分からないじゃないか。『俺たちの作戦のこと』が聞かれちゃうと余りよろしくない」
「そうよね。フジィの声はみんな理解できちゃうもの」
うんうんとタイタニアはウサギのように小刻みに首を縦に振った。
「あれ? マッスルブとジルバは?」
「彼らは狩りに出ていて、先ほど戻ったばかりだ。完全に日が落ちる前に解体作業をしている」
「そうか、ワギャンの仕事も邪魔しちゃったかな?」
「いや、そんなことはない。ここへ来ることが一番の仕事だとリュティエも言っている」
「それならいいんだけど……」
おっと客人を立たせたままだった。
事前に購入しておいた座布団を二枚床に置いて、座るように促す。
「何もないけど……あ、そこに立てかけてあるテーブルを降ろすのを手伝ってもらえるか?」
座らせておいてすまんと思いつつも、一畳ほどの大きさがある折りたたみ式のテーブルへ手をかける。
ワギャンは嫌な顔一つせず、机の反対側を持ってくれて「よっこらっしょ」と二人でテーブルを床にセットした。
「これでいいか?」
ワギャンが机に目をやったまま、呟く。
「うん、バッチリだ。二人とも冷たいアルコール、水、ジュース、暖かい飲み物のどれがいい?」
「僕は酒がいいな」
「わたしも」
タイタニアよ。ワギャンの言葉を分かってて言ってるのか?
「タイタニア、ワギャンは酒って言ってんだけど……君はお酒を飲んでいい年齢なの?」
「もちろん! そんなに幼く見える?」
「い、いや……」
二十歳に届くか届かないかくらいに見えるけど、この世界のアルコールを飲んでいい年齢なんて分からんしな。
立派に一兵士として派遣されてきているのだから、一人前と思っても差し触りないか。
『注文:飲み物カテゴリー
缶ビール 二ゴルダ
缶チューハイ 二ゴルダ
瓶ビール 四ゴルダ
ウィスキー(五百ミリリットル) 十ゴルダ
バーボン(五百ミリリットル) 十二ゴルダ
赤ワイン(一リットル) 十ゴルダ
……』
いろいろあるけど、缶ビールでいいかな。
缶ビールとついでにカマボコと枝豆を注文する。
宝箱から缶ビールを拾って、ワギャンへ一本投げた。
続いてタイタニアにもぽーいっと。
二人ともさすが兵士として働いているだけあって、あっさりと缶ビールをキャッチした。
「これは?」
ワギャンが缶ビールをしげしげと見つめ、鼻を鳴らす。
「ここを開けてから飲むんだ。アテにカマボコでもつまんでいてくれ。先に枝豆を湯がくから、その後食事を作る」
「不思議な飲み物ね。とても冷たいし……」