242.問答
公爵と二人きりでとなったわけだが、俺はともかく公爵は忙しい身だ。
そこで、宿泊の準備時間を利用して彼と会談を行うことにした。
彼の連れてきた人たちをフレデリックに宿へ案内してもらって、俺と彼はふじちま温泉に作っておいた客間に移動する。
まさかすぐにここを使う機会がやってくるとは……クラウスと調子に乗って作っちゃった部屋なんだよね。
この部屋は広さは十五畳くらいで、純和風な作りをしている。
中央に囲炉裏があって、他は畳が敷かれていた。入り口と反対側に障子窓が備え付けられていて、ここを横に開くと板張りのひなたぼっこをするに向く縁側。
縁側からは外に繋がっているんだけど、ちょっとした庭になっていてさ。拘りのししおどしが設置してあるのだ。
――カポーン。
いい音だ。妙に落ち着くんだよな。ししおどしの音って。
「ここへ。椅子は無いから座布団の上に座って欲しい。脚は崩してもらって大丈夫だ」
さすが公爵。違和感しかないこの部屋に案内されても戸惑った様子はない。少なくとも表面上は。
座布団の上にあぐらをかくと、公爵も同じように座る。
「見たことの無い物ばかりですね。全て大魔術師様がお作りに?」
「うん、ここはさっき作ったばかりなんだ。一つお願いがあるんだけど、よいかな」
「お聞かせ下さい」
「二人きりなんだ。砕けた感じでお願いできないかな? 今日この場だけってことでもいい」
公爵は逡巡する様子も見せず、顎髭に手を当て、ふむと頷く。
「承知いたしましたぞ。外ではあなた様……貴君を敬愛するよう振る舞うことを許して欲しい」
「なるほど……あなたはやっぱり切れ物だ。マルーブルクのお父さんなんだなあ」
「マルーブルクとフェリックスがあれだけ慕っているのだ。貴君の本質は畏敬より親しみなのだろうことは重々理解しています」
あの親あってあの憎たらし……いや天才マルーブルクありってことか。
俺がワザと威厳あるように振舞っていることを彼はとっくの昔に見抜いていた。
だけど、魔族との会談を進めるため、俺の「威」を維持することに務めたってわけだ。
彼は自分の息子の名前が俺から例に出たからなのだろうか、柔和な笑みを浮かべ言葉を続ける。
「マルーブルクは既に自分を超えております。聡明な大魔術師殿ならお気づきのはず」
「俺は公爵……マクシミリアンさんのことをよく知らないからなあ。だけど、最初に会った時の振る舞い、決断力、柔軟な思考……優れた為政者だと思ったよ」
「お恥ずかしい。国を滅すような私に過分な言葉」
「もちろん。マルーブルクが産まれながらの天才だってことは知ってるよ。彼は学習能力も順応力も高い。少しばかり生意気で悪戯好きなところはあるけど」
「ほう、マルーブルクがですか。悪戯とは。大魔術師殿はアレに余程慕われているのですな」
嬉しそうに目を細める公爵。
「そうなのかなあ。俺は彼のことを歳が離れているけど、友人だと思っている。彼にいろいろ相談してここまでこれたのだから」
「そうでしたか。マルーブルクは賢者たる大魔術師殿に迫るほど、頭が切れたのですなあ」
迫るどころか、月とスッポンほど違うってば……。
しかし、公爵の手前、素直に告げるわけにはいかず曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
「彼は人の営みに疎い俺に、街の建築計画について提案をしてくれたり、クリスタルパレス公国や人間の国について教えてくれたりしたんだ」
「なるほど。賢者の知恵を埋める役目をしたわけですな。あの子は、切れすぎる。公国があの子を閑職に追いやったのではなく、あの子が公国を切ったのです」
「えっと」
「あの子は理解していた。公国がもう滅びの道を回避できないことを」
「公国が滅ぶと思っていた人って、マクシミリアンさんとマルーブルクだけが気が付いていたのかな?」
「左様です。誰もが国は永遠だと思っている。ですが、此度、大魔術師殿が、我ら公国に生きる道を作ってくださった。貴君の力なくしては、魔族との会談なぞ夢物語でした」
公爵は理解していた。クリスタルパレス公国にもう後が無いことに。
だけど、滅びの道を回避することは不可能と達観していた。それでも、諦めたくなくもがいたのだろう。
いつまでもがいたのかは分からない。
俺が来る一年前なのか、それとも三年前なのか、その辺は不明。一つだけハッキリしていることは、マルーブルクが大草原に来る頃に彼はもう諦めていた。
何をやっても、もうクリスタルパレス公国に未来はなく、近く滅びるだろうと。
だからなのか、貴族や彼の息子たちが好き勝手やっていても、やらせていたのかな。彼の心の内は分からない。
滅びるのが分かっているのならせめて国民を安全なところに逃がすとかやればいいのに、と思うのは俺がクリスタルパレス公国のことを知らないからだろう。
大草原への進出も、食料不足を補うため、としていたが一縷の希望を託し、新天地を探していたのかもしれないしさ。
「俺がするのは魔族との会談を実現するまでだ。その先は干渉するつもりはない。俺は、魔族と人間どちらの味方でもないのだから」
事情は分かる。
だけど、魔族にも魔族の事情があるんだ。
俺が願うのは平穏だけど、話し合うのはあくまでクリスタルパレス公国と魔族でなきゃいけない。
俺が力を持って「仲良くしろ」なんて言ったら意味がなくなる。
力で押さえつけて、「平和だ」「平穏だ」なんてのは違うだろ、と俺は思う。
「承知しております。貴君の気質、ここまでお膳立てをした意味を。私が貴君と話をしたかったのは、我が息子たちのことなのです。第三者であり、賢者たる大魔術師殿に意見を頂戴したく」
「先走ってしまったよ。魔族とのことでの相談じゃなかったんだな。息子さんたちのことって?」
公爵は魔族との会談において、交渉を有利に進めるべく俺と接触したいわけじゃあなかった。
でも、単に世間話をしたいってわけじゃないよな?
「私にはマルーブルクとフェリックス以外にもフィン、エルンスト、ヘルマンと三人の息子がいます」
「確か全部で五人の息子がいるとか」
「はい。長男のフィンと次男のエルンストが次期公爵の座を巡って争っておりましてな」
「長男が継ぐものじゃあないんだ」
「通常はそうですな。ですが、ここまで敵愾心をもってやり合っていては、フィンが後を継いだとしてもうまく国が立ちゆかないでしょう」
「なるほど……それで後継者について俺の意見を聞きたいと?」
「はい。後継者が『現実味』を帯びて参りましたので、お恥ずかしい話、私の後を誰が継ごうと差異がなかったもので、なすがままにさせていたのです。押さえつけるよりは、今を享受できればそれでよいと」
言いたいことは分かる。
いずれにしろ滅ぶのなら、せめて少しでも楽しく過ごして欲しいってことだよな。
それが、魔族との交渉次第で国が存続する可能性が出て来た。
だけど、後継者をまともに育てていなかったからどうしたもんかなってなったのか。
さすがに為政者としてのお勉強や実践はしているだろうけど、人間関係の清算が済んでいないと見たらいいか。
「マクシミリアンさんから見て、フィン、エルンスト、ヘルマンの三人はどんな感じなのかな?」
「そうですな。フィンは無難ですが威が足りず脆いところがあります。エルンストは上昇志向が強すぎる割に脇が甘い。ヘルマンは金儲けのことにしか興味がありませぬな」
「うーん……ヘルマンは政治に興味がないのかな?」
「国全体のこととなりますと……ですな」
難しい問題だ。
フィンとエルンストが仲良くしてくれるのが一番だけど、エルンストはフィンを認めないだろうから……。
「実現は難しい。たぶんマクシミリアンさんも同じことを考えていると思うけど……」
「是非。お聞かせいただけますかな?」
俺の案はこれだ。




