229.謎の状況に困惑する
さて、吉と出るか凶と出るか遅くとも明日には分かるだろう。
遠くなって行く騎竜の姿を眺めながら「うーん」とばかりに伸びをする。
「一旦解散で。俺は部屋を整備してくるよ」
兵士が見えなくなったところで、片手をあげみんなに聞こえるよう少し大きめの声で宣言した。
「僕はハトと様子を見てくる」
俺の言葉に続くようにワギャンが自分のこの後の行動について告げる。
「街の偵察はまだ早いかな」
クリスタルパレスがどんな反応をしているか詳しく知りたいところだけど、まだ我慢だ。
超厳戒体制とかになっていて万が一にもワギャンが怪我したら元も子もない。
ハトは別に撃ち落とされてもいいんだけどな。カラスの情報よりハトは不死身だと聞いている。いや、不死身のようなものといった方がいいか。
ハトが死亡すると新たなハトが産まれる。そのハトは死亡前のハトの記憶を不完全ながら持っている……らしい。
不死よりこっちの方が怖気が走るよ。
「コンピューター様、ハト-2は反逆者です。ですが私、ハト-3は完全で完璧な市民ですとも」
なんて某ディストピアゲームのセリフが浮かんできた。
変な妄想をしていると、ワギャンが言葉を返してくる。
「リュティエたちの様子を見てくる。ハトが食べてばかりで動いていないからな」
「確かに。車に乗ってきて動いていないものな。ぶくぶくして飛べなくなると事だ」
そんなわけでワギャンは餌を貪るハトを引きずりエレベーターに向かって行く。
諦めきれないハトが餌の入った袋を引っ張り乾燥芋虫が床に散乱してしまう。
後でハトに掃除させ……いや、余計に散らかるからダメか。
立つ鳥後を濁さずを逆で行きやがって。
ぷんすかしているところで、片膝を立てたフレイが俺を見上げ、厳かに告げる。
「夜までガーゴイルを動かします。明日には祭りが始まりそうですので」
「集中できる部屋がいるよな」
「お構いなく。この場は聖者様の絶対無比な偉大なる魔法により守護されております故」
いつもながらの大仰な装飾ワードに額からたらりと冷や汗が流れた。
「もしブツを落としたりしてしまったら教えて欲しい」
「細心の注意を払います」
深々と礼をしたフレイは、すぐ後ろにあるソファーに腰かけ目を瞑る。
どうやら彼女はガーゴイル操縦モードになったようだった。
「タイタニアは俺の手伝いをしてくれ」
「うん。わたしが兵士さん役やるね」
はて?
気合い充分に両手をぐっと握り込むタイタニアに対し首を捻る。
「部屋の整備をと思ったんだけど」
「お部屋はわたしがお手伝いできるところは無いから、終わった後にと思ったの」
「うん?」
「フジィでも練習するんだよね?」
「ああああ。そういうことか。やりたくねえ、やらんやらんぞ俺は」
そうだった。明日、兵士なり使者なりエルンスト本人なりがやって来たら俺の出番になる。
そうなると、導師様の役をこなさないといけねえんだよお。
偉い人のフリをする気概もない俺にはきつい仕事だ。だけど、誰かに代わってもらうことはできない。
うまくいけば、一回の大演説でこの世界の……は言い過ぎだな、クリスタルパレス公国の在りようを根本から揺さぶることになるだろう。
演説はハウジングアプリの絶対無敵の力を背景にした俺の考えの押し付けになる。
傲慢で自分の力に酔った愚か者の行為なんじゃないかって、何度も考えた。だけど、俺にはこれ以上の方法を思いつけなかったんだ。
もちろん、マルーブルクをはじめとしたみんながお膳立てしてくれることを前提としている。
エゴでもなんでもいい、俺はただみんなが傷つかない世界を願う。
マルーブルクたち人間とリュティエたち獣人だって、相互不理解があっただけなんだ。どっちも平和を、自らの生存を願っただけなのに、争うことになってしまった。
俺はクリスタルパレス公国をはじめとした人間の国も、エルフもドワーフも、魔族の国も、竜人、獣人、ゴブリンでさえも相互理解が深まれば、お互いに尊重しあって生きて行くことができると信じている。
言葉が通じないのか理由は分からない。話し合うこともせずに争うなんて、これほど悲しいことはない。
言葉を尽くし、お互いを理解しようとした結果、戦争を選択するかもしれない。だけど、それはまず話し合ってからだろ。
きっかけをつくるんだ。
お互いに思いやりのある感情のこもった者同士なんだってことを考えるきっかけを。
「先にお部屋なんだよね?」
「だから、やらないと……とりあえず部屋の整備に向かうぞー」
「うん!」
タイタニアが笑顔を見せる。
さあて獣人の戦士たちがやって来るまでに準備を整えないとなあ。
◇◇◇
リュティエたちは夕方前に無事到着し、三階にと思ったんだけど一階の大広間で過ごすことになった。
火は外で使うし、数も多いんで三階だと出入りが不便だと分かってね。
ん、戦士たちが自由に出入りしているのでパブリック設定になっているんじゃないかって? そんなわけないのだ。
出発前に全員分の名前を登録してからサマルカンドを出立したんだぞ。
グラーフの村までの道はパブリック設定だけど、そこから先は全てプライベート設定になっている。
グラーフとサマルカンド間はお互いの住民が安全に行き来できる道としての側面もあるが、グラーフからクリスタルパレスまでは俺たち以外は使わない。
なので、モンスターやらが侵入してくることを避けるためにプライベート設定なのだよ。
ははは。
時刻はタブレットの時間表示によると、夜の二十二時である。
だというのに、一階の大広間と外ではまだどんちゃん騒ぎが続いていた。本当に元気だよな。
丸一日、行軍してきて夜もあれだけ騒げるのだもの。
俺? 俺は二階の自室でノンビリと寛いでいる。
「ねえねえ。ふじちまくん」
俺のくつろぐベッドにぴょーんと飛んで入ってきたアイシャが、ベッドに両手をつき俺を覗き込んできた。
ぷるぷるが震えて、目のやり場に困る。
「まだ、どれにするか考えているんだよ」
再びタブレットに目を落とす。
ブオオオオン――。
シャワールーム隣にある洗面所からドライヤーの音が聞こえてきた。
ふむ。誰かがシャワーからあがったんだな。
「そ、そんな。フェリックス様自らなんて、ダメです!」
濡れっぱなしの髪の毛のまま、タイタニアが外に出て来た。
いや、あのな。
バスタオル一枚巻きつけた格好で出てこないで欲しい……。俺も一応男なんだからさ。
「タイタニアさん、大丈夫です。わたくし、ドライヤーの使い方は分かります」
タイタニアに続いて出て来たのはフェリックスだった。
彼は既にシャワーを終えており、ほんのり桜色にそまったうなじから伸びる鎖骨が艶めかしい……わけないだろ!
全く何なんだ、この状況は。
きっかけはあの小憎らしい金髪の少年だ。
マルーブルクの奴が、「明日は一張羅が必要だよね」とか変なことを言って、衣装なら女性陣にとか余計なことまで……。
そして、ガーゴイルを動かすために集中しているフレイ以外の女性陣が俺の部屋に集合したってわけだ。
わざわざここでシャワーまで浴びなくていいと思うんだけど、とっとと決めてゆったりとした夜の時間を過ごそう。そうしよう。




