220.獣人のご事情
ここはこの空気を変えるべく。そうだな。
「獣人族の結婚てどんなんなんだ?」
「種族によって様々だ。別種族と結婚し子を成す者もいる」
ほお。獣人同士なら誰とでも結婚できるのかな。獣人といっても種族によってかなり見た目が違うんだけど……。
いや、それを言うならうさぎ族なんてどう種族でも男女の見た目の差が激しいものな。
女子は人間と似たような顔でうさみみ。男子はうさぎの頭を擬人化したような感じで全身にふさふさの毛が生えている。
毛色も茶色や灰色、白と様々だ。動物のうさぎと違って夏冬で毛の色が変わることはないとのこと。
「体格差が結構ある種族もいるよな」
「全てが全て子を成せるわけではない。だが、子ができなくとも夫婦になる者はいる」
「愛に種族の壁なんかないってことか。なんかいいな、そういうの」
「別種族と婚姻したいのか? お前を慕う者は両手の指では足らない」
「あ、いや、まあ」
冗談ぽい感じではなく真摯に言われてしまうと、適当に笑い飛ばすこともできない。
ワギャンもいずれ結婚し、家族を築いていくのかな。
「なんだ。意中の相手がいるのか?」
ちょ、今の沈黙をそう取るか。
しかし、思わずくすりときてしまった。
種族が違うから無意識にこんな誰でもするような話題を避けていたのかもしれない。
彼だって年頃の若い人間のように、恋愛や結婚のことを考えるんだなってわかって微笑ましくなってさ。
「あ、いや。ワギャンとこういう話をすることって初めてかもしれないと思ってさ」
「そういえばそうだな」
ワギャンもまた首を回しつつ、片目をつぶりおどけてみせる。
「ワギャンは好きな人とかいるの? アイシャとか?」
「アイシャか。彼女は……いやお前が自分で聞くといい。喜んで教えてくれる」
「え、それ気になるんだけど。アイシャは誰か好きな人がいるの?」
「秘密だ。僕の友人だからな。お前ももちろん友人だが、僕の口から語るべきではない」
ほ、ほおほお。
その口ぶりだとアイシャには意中の人がいるのかな。
しっかし、彼女に直接聞くのもなあ。
そうは言っても、かなり気になるんだけど。
「ふじちま。誤解を解くために言っておくが、僕にも好きな人はいる。アイシャではない」
「お、おお! 聞いちゃってもいいの?」
「別に隠すことでもない。ジルバの姉でティンパニと言う」
「一度会ってみたいな。ジルバの姉ってことはワギャンと同じ種族か」
「その通りだ」
ティンパニかあ。どんな毛色をしているんだろ。
確かワギャンのコボルト族は男女共に犬顔だったかな。
犬族は女子が人間に近い顔だっけか。いや、実際にティンパニを見たらどんな顔をしているのかすぐにわかる。
「ティンパニを一度ここに連れてきたりとかできる?」
「構わないが、いいのか?」
「もちろんだよ! 是非!」
「珍しくやる気だな。分かった。だが、出発があるだろう? 戻ってからだ」
お仕事優先とはワギャンらしい。
戻ってきてからの楽しみが一つ増えたよ。
トントン――。
その時、誰かが階段を降りて来る音が聞こえる。
降りてきたのは半分目が閉じているタイタニアだった。
「んー。トイレ」
「ごめん、起こしちゃったな」
タイタニアは、パジャマ姿で目をこすりトイレに向かう。
彼女が扉の奥に消えていくのを目で追っていたワギャンが、こちらに顔を向けた。
「それで、ふじちまには想い人がいるのか?」
「えっと……」
ここでカウンターがやってきやがったぜ。
うまく誤魔化したつもりだったんだけど……。
俺の動揺を示すかのように、二人掛けのソファーからずり落ちてしまった。
ソファーはもちろんだけど、絨毯も柔らかいなあ。
「お前と親しい者は多数いるだろう?」
「あ、お、おう」
言いよどむ俺へワギャンは勝手に納得した様子でポンと手を叩く。
「それとも遠い時の果てにいたのか?」
「お、おう?」
「まだ、お前の心に残るものがあるのだな。それはとても哀しいことだ。だけど、哀悼し偲ぶことは大切な事なのだと思う。お前が迷っていたのはそういうことか」
「そ、そうだな」
「親愛と恋愛はまた別のものだ。お前の気持ちがいつか前に進みだせることを祈っている」
ワギャンは牙のアミュレットを右手で握り、目を閉じる。
や、やっべええ。とんだ勘違いで彼に祈りまで捧げてもらっちゃったよ。
彼やマルーブルクは俺を遥かな古代のどこかから、今になって目覚めたとか時を渡ってきたみたいに思っている。
異世界から来たんだよとちゃんと伝えておくべきかなと思ったこともあるけど、恐らく話をしたとしても同じように考えることだろう。
別世界といえる古い過去の時代に俺に恋人がいて、その子はもう亡くなっていて今はもう会えないとワギャンは勘違いしているんだ。
ほら、これを異世界である地球に恋人がいてと言い換えてみても、結果は同じだろ?
今更、「日本に恋人なんていませーん」と伝えるか?
かるーい感じで言えば大丈夫かなあ。下手に伝えると、自分を心配させないために「優しい嘘」をついてくれてんだなとか思われるんだぜきっと。
だああああ。
どうしよおお。頭を抱えソファーの上でゴロゴロする。
「あ、あのだな。ワギャン」
「友人、恋人全て亡くし、お前は一人この時に来たのか」
「そんな感じだ」
「そうか。どれだけの孤独がお前に」
「いや、最初は孤独を感じた。だけど、今は違う。ワギャンがタイタニアが、みんなが俺を孤独から救ってくれたんだ」
「そうか。僕もタイタニアも、マッスルブやアイシャだって、マルーブルクやリュティエもいる。みんな頼りになる」
「そうだな。うん、そうだよ」
はははと笑いあう。
「呼んだー?」
トイレから戻ってきたタイタニアが丁度俺たちの会話を聞いていたようだ。
まぶたが今にも閉じそうで、明らかに寝ぼけていることが分かる。
「いや、呼んでないよ。おやすみ。タイタニア」
「うん。おやすみ」
すやあ。
って、すやあじゃないよ!
タイタニアは二階にあがらず、その場でおやすみをしてしまった。
俺の座るソファーに倒れこみ、いや、俺の膝の上に頭を乗せそのまま寝息をたて始めたのだ。
それにしても酷い格好……座る俺の膝の上に頭を乗せうつ伏せになり、両膝を床につけ両手は俺の腰のあたりに伸びてきている。
「どうしようこれ」
「上に連れて行ってやるといいんじゃないのか?」
「そうだよな。そのままじゃ風邪を引きそう……いや、寝違えて体が痛くなりそう」
「そろそろ僕たちも寝るか」
「そうだな。おやすみ。ワギャン」
「おやすみ」
ワギャンはうがいをしに洗面所に向かって行った。
「ほら、タイタニア。上に行くぞ」
「むにゃー」
「そのままじゃ風邪ひくぞ」
「フジィといるんだもん。あったかーい」
こらあかん。完全に寝ぼけてる。
体勢を変えるために声をかけてみたが、こいつは動かねえな。
よっこいしょっと。
脇の下に手を通し、腹筋の力でタイタニアをソファーの上に乗せ仰向けに寝かせた。
お姫様抱っこをすると階段に引っかかるから、彼女をおぶって二階へ向かう事にする。
余談であるが、フレイって全裸で寝るんだな……。




