212.我が作戦にほころびは無い
「タイタニア、こっちはフレイ。尻尾が生えているけど獣人じゃなく魔族だ」
「ま、魔族……」
どんな種族とも仲良くすると誓っていたタイタニアといえども、初めて見る魔族の姿に体を硬ばらせる。
ずっと戦っていたわけだし、彼女の両親や兄弟は……。
「フジィの言っていた魔族の人なんだね。ガーゴイルだと思っていたからビックリしちゃった」
えへへと口元を緩ませるタイタニアだったが、胸元のチョーカーをギュッと握りしめているのを俺は見逃さなかった。
タイタニア……。
「角が生えているだろ。獣人だとフサフサの耳だから」
「そうだね、うん!」
引き寄せられるようにタイタニアの頭に手のひらを乗せ、くしゃっと彼女の頭を撫でる。
対する彼女は大きな目を細め、胸元から手を離した。
「フレイ。この子はタイタニア。君が呟いた通り人間だ」
「仲がよろしいのですね……」
フレイもまた出会った時に出ていた不穏な空気を引っ込めている。
「フレイ、さっきも人間であるマルーブルクに会ったじゃないか、タイタニアも同じだろ」
「天使様は特別です!」
あ、いや。
力一杯に言い切られてもなんのこっちゃ意味が分からない。かといって何故かと問いかける気は全くないけどな。
聞いたら、とてつもない沼にハマりそうだし。
「確執はあるだろうけど、タイタニアはタイタニア。フレイはフレイだからさ」
「分かっているよ。フジィ」
今度は両手の拳を胸の前で握り、にへえっと口元を綻ばせるタイタニア。
もう彼女の体からは緊張が感じられず、普段通りのぽんやりした彼女になっていた。
その切り替えの早さは尊敬する。
「ありがとうな、タイタニア」心の中でそっと彼女へ礼を述べた。
「種としての人間と個としての人間はまた別。ましてや、聖者様の……に反感など抱くはずもございません」
フレイもまた「分かっています」と自分の考えを語る。
途中何を言っているのか聞こえなくなったところで、あからさまに歯をギリギリしていたんだが……これも追求したらダメだ。
人間と仲良くとまでは言わないけど、敵意を持っていたなら、俺に付き従うなんてことはしないはずだ。
魔族全体がどうだかは分からないが、少なくともフレイは人間を受け入れようとしている。誰しもが過去を水に流して仲良くするなんてことできるもんじゃないよな。
彼女らだけじゃなく、サマルカンドの住民全てに尊敬の念を禁じ得ない。
昨日の敵は今日の友なんて、現実ではなかなかできるもんじゃあないのだから。
「わたしはタイタニア。よろしくね」
「フレイです。以後お見知り置きを」
対峙する二人は真っ直ぐにお互いを見つめ、会釈し合う。
静と動って感じで絵になるな。あの二人。背丈も体型もよく似ている。
それにしても……。
「タイタニア。今日は何のお仕事をしていたんだ?」
「クラウスさんたちと土を掘ってたんだ。ハトさんも一緒だよ」
それで埃まみれだったのか。
「開墾してたの?」
「ううん。鉱石を探すんだってクラウスさんが」
「そんなん、すぐに見つかるものなのか?」
「『俺の勘は冴えてんだぜ』って」
タイタニアはクラウスの真似なのか、両目の端を指で引っ張り中途半端に口角を上げる。
に、似てない。
「あはは」
だけど、まだクラウスの真似を続けようとするタイタニアに吹き出してしまう。
「兄ちゃん、笑いすぎだって」
「や、やめ。タイタニア」
あかん、ツボにハマった。
「物真似が好きなの? フジィ」
「あ、いやそんなわけじゃあないんだけど」
指先を目元から離し、こてんと首をかしげるタイタニア。
「良辰。ポテトチップスをよこせ。くああ」
「だから。あ、あかんて」
口をこれでもかと尖らせ、精一杯低い声を出すタイタニアの姿が可笑しくって。
「わかった、わかったから。お風呂に行ってきて。全身土ほこりで汚れてる」
「パネエッス! 良辰も一緒に来るっす」
「ハトの真似をしても俺はいかねえからな!」
「そうなの?」
「まったくもって汚れていないしなー。できるなら風呂は夕飯の後がよいのだ」
「じゃあ、わたしも」
「室内がドロドロになるだろ」
「それくらい分かってるんだから。ご飯の後もう一回入るの」
「分かった分かって。じゃあ風呂へ行った行った」
「はあい。フレイさんも行く?」
一緒に風呂へ行くのは仲良くなるによいかもしれない。
もしお互いに取っ組み合いになったとしても、我が家の中では誰も傷つかないし傷つけることはできない。
ところが、フレイは口を結び真剣な顔で俺の前に片膝をつく。
「私は聖者様と共に」
「お、おう」
なかなかすぐに馴染むのは無理だよな。だけど、タイタニアが来てから彼女の態度が少し和らいだ気がする。
いつまでもこれじゃあ困るけど、そのうち気を張らずに接してくれるようになるだろ。
◇◇◇
夜はスペシャル藤島カレーにして、デザートはパイナップルの缶詰にしたのだ。
そうそう、本日の集会は明日の朝に変更になった。何やら鉄の鉱脈を発見したらしいが、水が噴き出したとかで……。
ご自慢のカレーをスプーンですくい、一口。うーむ。悪くない。
これで二杯目だが、そろそろお腹いっぱいになってきた。
カレーてのは誰でもそれなりの味になるものなのだ。しかし、普通に作るだけじゃあ芸がない。
藤島カレーは煮込みに煮込んだこの――。
「ふじちま、カレールーが無くなった」
「ま、マジか」
ちょうど三杯目を食べ終わったワギャンが、大鍋を覗き込み悲しい事実を告げる。
まさかあの量が無くなってしまうなんて……。
「おいしいー」
「聖者様、とても美味です。聖者様手づからの料理を堪能させていただきました」
そう言えば今日は一人多いんだった。
しかし、女子が一人増えたところで俺のカレールーが揺らぐはずは……。
「ご飯も無い」
ワギャンが炊飯器を俺が見えるように傾けた。
本当に空っぽじゃないか。
俺の計算によると……タイタニアが二人にでもならない限り、ここまで減らないはず。
ま、まさか。
フレイもあんなに華奢なのに食べるのか?
「いや、そんな……タイタニアレベルはそうそういないはず」
だって、ワギャンと俺を足したくらい食べるんだぞ。タイタニアは。
なんとその量はクラウスを凌ぐ。リュティエと同じくらい食べちゃうんだぞお。
あれだけ食べた栄養はどこに行くのか謎だ。少なくとも胸にはいっていない。
「ごちそうさまでした」
声と共に手を合わせる。慣れたものでタイタニアとワギャンも俺と同じように手を合わせた。
見よう見まねでフレイも続く。
さあてお片付け、お片付けっと。
カレーだと洗い物が少なくて楽だなあ。
ふんふんふんー。
「フジィ」
「聖者様……」
何かなあ。
聞こえなーい。聞こえないぞお。
俺は洗い物に忙しいんだ。
「な、ワギャン」
「突然、同意を求められても何のことか分からない」
「ま、まあそこはほら、ノリで」
「タイタニア、フレイ。ほら、先に行っててよ」
はははは。
タイタニアとフレイの二人と一緒にお風呂とか知らぬうちに約束したことになっていてさ。
俺は今、そいつを避けるために頑張っているってわけなのだよ。うん。
しめしめ。
二人は、先に風呂へ行ったぜ。




