204.協力しよう
「俺に静観して欲しいのか?」
「慧眼恐れ入ります」
「わざわざ魔族の話を聞かせた。聞かれたことには何でも答える、と言う。美辞麗句の数々……俺の人となりを見つつ、俺が今後どう動くのかを推し量っていたんだろ?」
「左様でございます。……と申し上げたいところですが、それが全てではありません」
芽はあるってことか。
もし魔族のことを知らぬままだったのなら俺はどのような行動をしていただろうか?
公国が魔族の大攻勢を受け、フェリックス領の周辺辺りも騒がしくなったとしよう。
俺は魔族の侵攻を抑えるために躊躇なくガーゴイルがこれ以上領地に入って来られないように土地を購入する。
結局はぶつかり合って、サマルカンドのみんなと協力してガーゴイルを追い返すことになるかもしれない。
彼らが諦めるまでずっとだ。ハウジングアプリの見えない壁は消耗なんてしない。
じゃあ、フレイを通じて魔族の事情を知った今はどうか。
フレイの言うことは偽りかもしれない。だけど、俺は彼の(彼女かもしれないが)言葉を信じたい。
彼が嘘をつく理由がないし……いや、そうじゃないな。
単に俺が信じたいから信じる。じゃないと、俺の想いは偽りになるような気がするんだ。
それで、事情を知った今ならどうなんだ? というと、結局は変わらない。
魔族が来れば壁で侵攻を塞ぐ。
ん?
タイタニアがジャージの裾をギュッと掴み、じっと俺を見つめていたではないか。
彼女はずっと俺の隣にいてくれたんだよな。誰かが横にいてくれるだけで、随分と気持ちが楽になる。グバアやら何やらで状況がめぐるましく変わる中、彼女は俺のそばにいてくれた。
俺を安心させるよう微笑みを浮かべて。
「タイタニア」
「どうしたの? フジィ。わたしのことは気にしないでね」
「いや、決めることができたよ。俺は困難な道を選びたい」
「わたしもついていくからね!」
内容を何も述べてもないのに、タイタニアは満面の笑顔で頷いたんだ。
彼女に迷いは見受けられない。
そうだよな。うん。
いけるさ。
何も俺だけじゃあない。知恵ならマルーブルク、カラス、リュティエなんて知恵者が目白押し。みんなの力があれば、何だって超えていけるさ。
「よし!」
両手で頰を叩き、ガーゴイルへ向き直る。
「魔族とは争いたくない」
「我々もでございます」
「だけど、人間とも獣人ともゴブリンとだって争いたくないし、争って欲しくない」
「これはこれは」
俺の言わんとしていることを理解しているはずなのに、フレイは驚いた様子もない。
彼の感情が読み取り辛いのは事実だけど、声色から漣一つ感じ取れないんだ。まるで俺の回答を予想していたかのように。
「俺は魔族と人間に争って欲しくない」
「貴殿ならそうおっしゃるに違いないと確信しておりました」
「え?」
「我々魔族の事情を聞いた貴殿なら、人間だけを護り切るとは決しておっしゃらないと」
「(魔族の)事情を聞いてなくても遅いか早いかだけだ」
俺に戦争へ手出しして欲しくないんじゃなかったのか?
「貴殿は『護る者』。人間からは聖者と呼ばれているように。争いは許さない。争いを仕掛けてきた相手にさえ、憐憫を向け言葉でもって引かせようとする」
朗々とフレイが語る。
まるで詩を朗読するかのように。
彼の言葉は続く。
「魔族と人間が争いを行なっている。なら、現時点で護る側はどちらでしょうか? 答えは明白です。しかし、我々は止まることができない。それが魔族の悲願なのですから」
「なら何故、俺に会いに来た」
「貴殿とぶつかり合う前に、お会いしたかった。敗者としてではなく、訪問者として」
魔族……少なくともフレイは今までの相手とは異なる。彼は俺の見えない壁を抜けないと戦う前から確信しているのだ。
そして、自分に勝ち目が無いと判断している。だが尚、魔族は止まらないと。
だけど、彼には大きな誤解がある。
俺は何も広大な人間の領域全てを守ろうなんて思ってはいない。俺は俺の手が届くところを護りたい。
グバアやグウェインじゃああるまいし、人間の国の全てなんてそもそも物理的に回ることなんて出来ないだろ。
「一つ誤解がある。俺は人間のための聖者ではない」
「それは意外でございました」
「俺にとっては、人間、獣人、竜人、ゴブリンでさえ同じだ。一つの命として重さは変わらない。もちろん魔族も、だ」
「なんと。貴殿……あなた様は全ての種族へ福音をもたらすおつもりか……」
「そんな大それたことじゃないよ。俺の手はそう長くない。だけど、目に見える人たちには争って欲しくない。笑顔で暮らして欲しい。それだけだ」
「崇高な使命。しかと拝聴させていただきました。聖者様。あなた様はこの争い、どのように絵図を描くのでしょうか?」
服の袖を掴むタイタニアの手に自分の手を添える。
彼女は笑顔で俺を見上げ、コクリと頷く。
迷うな。
俺は困難な道を征く。きっとみんなもついてきてくれるさ。
「フレイ。俺に協力してくれないか。魔族と人間が争わずに済む道があるはずだ」
「喜んでご協力させていただきます。全ては聖者様の御心のままに」
何をしたいのかさえ言っていないのに、即答かよ。
拍子抜け過ぎて脱力しそうになってしまった。
「まず、君の話から推測した一つの結末を述べたい」
「是非に」
本当にこの世界は……誰かの悪意で動いているんじゃないかと思えてくる。
公国、獣人、竜人、ゴブリン。俺がこれまで出会った種族は全て、このまま行くと壊滅しそうになっていた。
魔族もまた最善の道を歩んだとしても、非常に過酷な未来が待っていると予想する。
魔族には「アルフヘイム」を取り戻すという執念を持つ。その約束の地とやらが、現実的な広さならまだいい。
だけど、フレイの話からかつて魔族の住んでいた広大な地域だけじゃあなく、周辺地域を含めた全ての地域を我が手に……となっている。
魔族が強勢だった時代から、アルフヘイムを統一する野望があったのかもしれんが、外まで追い出されて長い時が経過した魔族には現実的じゃあない。
もし、人間を駆逐し彼らの支配領域を全て占領、更にはアルフヘイム全域にまで支配地を広げる……無理だろ。
魔族がどれだけの人口を誇るのか知らない。だけど、土地と農業生産能力、狩猟、牧畜、漁業……全てを合わせても、人間より人口が多いとは思えない。
それにフレイは言っていたじゃないか。
魔族がアルフヘイムにいた頃から人間が一番人口が多かったって。
俺が予想するに、魔族は人間ほど子孫を残さないんじゃないか?
思考が横に逸れてしまった……。
要はアルフヘイムは広すぎるんだ。魔族は支配しようにも、支配する人材がいない。
薄く広がり過ぎると横の連携がまるでできなくなるから、住処の治安を守ることさえ苦労するだろう。
統治も行き届かないから、国としての体裁も保てなくなってくるんじゃないか?
更に、元々二国だった彼らは人間という共通の敵がいなくなり、切り取り放題の土地が準備されたときたもんだ。
我先にと争い、下手したら内紛が起きる。土地の広さから統治も行き届かなくなっていく。
最後は、空中分解だな。
「とまあ、これが俺の推測だ。例え魔族が完勝したとしても未来は明るくない……と思う」
「あなた様に出会える幸運に恵まれたことに感謝いたします。そうなのです。問題は終わった後にあるのです」
ガーゴイルが立ち上がり、高々と謳いあげるように俺の考えに賛辞を示す。




