202.タンテイ
「行っちゃったね」
タイタニアは彼女にしては珍しく、酷く疲労した様子でその場にペタンと座り込んだ。
「ほんと迷惑な奴らだよな」
「フジィ……わたし、もう……」
潤んだ瞳で俺を見上げ、ふるふると小刻みに首を左右に振るタイタニア。
彼女の手を掴んで立ち上がらせようと思ったけど、やめておくか。この様子なら、このまま休んだ方がよい。
あいつらの存在感は桁違いだからな……気圧されても不思議じゃあない。一体でも大迷惑なのに、二体も揃いやがって。
さて、邪魔が入って中断したままだったガーゴイルとの会話を再開するか。
「邪魔が入ったな。閉じ込めるつもりはなかったんだけど、あいつらの余波で破壊されたら困るだろ?」
「偉大なるお力の一端、しかと拝見させて頂き、感無量でございます」
「お、おう」
どうもやり辛い。
親しみや敬意を持ってくれた方が話しやすいことは確かだけど、限度ってもんがある。
ま、まあ。一期一会のこいつにそこまで求める気は無いけどね。
「何か用があったんだろ?」
「そのご尊顔を一度拝見したく」
「一度会ってるんじゃないのか? 前のガーゴイルは崩れ落ちてしまったけど」
「そのガーゴイルは別の者でございます」
どうだか。
こいつ、結構したたかなのかもしれない。大胆にもサマルカンドに来たことといい、慇懃無礼な態度もそうだ。
「別人だろうがどっちだっていいさ。まさか俺の姿を見て、はいさようならではないよな?」
「これは手厳しい。さすがその一言でゴブリンを根本から変えてしまったお方」
「扇動するゴブリンたちがいなくなったことに苦言でも呈しにきたのか?」
「逆でございます。私はあなた様に不埒にもお願いにあがったのです」
「んん? 私たちではなく私か」
「はい。私が、でございます。あなた様のお考えに感じ入っているのは魔族として異質です。今は……ですが」
「俺も魔族に少し興味がある。入って来い。中で話をしよう」
パブリック設定に変え、ガーゴイルを中に促す。
「ちょっと待ってくれ」と言い残し、タブレットを手に出した。
一時的だから、デザインは何でもいい。お手軽なクラッシックハウスでよいか。
クラッシックハウスもいくつか追加されているみたいだな……。
あ、こういうの面白いかもしれない。この世界の雰囲気には似つかわしくないけど、そんなもの今更だからまあいいだろう。
後で撤去するつもりだしさ。
この辺で良いか。
メニューから『プレハブハウス(中)』を選び決定をタップ。
う、ううむ。
ある意味見慣れた外観だ。プレハブハウス(中)は白の長方形なパネルに屋根に当たる部分がグリーンというオーソドックス? な色合いを持つ。
広い窓と張り出しになったカウンターがついていて、ミニショップや料金所なんかに適したタイプらしい。
ちょっと中が見え過ぎで中にいると少し恥ずかしい気もしなくはないが、外よりは断然マシだろう。
こんなものを出して後悔しているんじゃないかって?
正直、ちょっとなあと思うけどわざわざ建て直すほどじゃあないってのが正直なところだ。
「ちっちゃくて可愛いお家だね」
タイタニアが目を輝かせ、両手を胸の前で組む。
「そこの横の壁に扉があるから、そこから中に」
「うん」
タイタニアが扉のノブを回し、ガチャリとした音がして扉が開く。
天井も高くないからリュティエなら完全に頭がつっかえる。ガーゴイルでギリギリ行けるかってところかなあ。
備え付けの家具は無いから、カスタマイズ内装で「ちゃぶ台」を。注文で座布団を三枚発注する。
宝箱(小)をタイタニアに開けてもらい、座布団をちゃぶ台の周囲に敷く。
これで準備完了……いや、みかんとお茶、ポットも発注して……内装で蛇口とコンロを。
よし、こんなもんでいいだろ。
「入ってくれ」
翼を折りたたんだガーゴイルとちゃぶ台を挟んで向い合せになって座る。
ちょうどタイタニアがお茶を淹れて、ちゃぶ台に湯のみを置き俺の隣に腰かけた。
「タイタニア、みかん食べていいよ。ガーゴイルは……食べないか」
「いかにも。ご存知の通りガーゴイルは生物ではありませぬから」
やはり食べないのか。魔力で動いているって聞いているし、魔力を供給しなきゃ石像と変わらないんだものな。
しっかし、シュールだ。
石像と俺、そしてみかんをもぐもぐするタイタニアって……。
自分で準備したこととはいえ、この組み合わせはなかなかもって酷い。
「魔族のことについてお聞きしたいのでしたな」
沈黙の理由は俺がガーゴイルが語り始めるのを待っていると思ったのか、先に喋りはじめたのはガーゴイルだった。
「うん」
「どこから語れば良いのやら」
「そうだな。お前個人のことじゃあなくて、魔族の立ち位置と言ったらいいのか、歴史? と言えばいいのか」
「なるほど。魔導王殿……ではなく大賢者殿でしたかな。やはり、卓越した力を持つお方というものは、俗世に余り興味がないものなのですね」
魔導王だろうが、大賢者にしても大仰過ぎるだろ……。
「大賢者か……まあいい。俺のことは好きに呼んでくれ。一応、藤島良辰って名前がある」
「これは失礼いたした。我が名はフレイ。魔族の者です」
「魔族の者か……魔族の国には王族とかそんなのがあるのか?」
「私のことは後程。魔族の国もまた人間と同じく一枚岩ではありませぬ。大賢者殿の街のようにはなかなかもって」
「俺の街じゃあない。マルーブルク、リュティエ……俺が支配するんじゃあなく、住んでいるみんなの街だ」
「ほお。これはこれは……大賢者殿からそのような言葉を聞くとは、意外過ぎて戸惑ってしまいます。大賢者殿はこの街で一体何を? あれほどの力を持ちながら、まだ足りぬとお考えで? 魔法の研磨や人間を使った実験でもしているのですか?」
まくしたてるようにガーゴイルが聞いてくる。
次々に質問を投げかけられてもまるで頭に入ってこない。
「俺か? 俺はただの藤島良辰。探偵さ」
「タンテイ……大賢者に類する通り名か何かでございますか?」
「まあ、そのようなもんだ」
「これは失礼いたしました。タンテイという呼称がありながら、大賢者などと……平にお許しを」
ははーっと頭を地にこすりつけるガーゴイル。
「あ、いや、いいんだ。気にしなくて。魔族の国と歴史のことを教えてくれないか?」
「かしこまりました。タンテイ・ヨシタツ殿」
「あ、うん……」
しまったああああ。まさかこんな呼び方になるなんて。
今更修正もできねえし。どうしたもんか。いや、ガーゴイルとは一期一会。大丈夫だ。心配せずとも、もうこいつとは会わないはず。
「我々、魔族の国はオベロニアとヒルデブラントという二つの国に分かれております」
「二国間で戦争をしていたりとか……そんなことはないよな」
「はい。現在、人間の国を攻め落とすべく、持てる戦力は全て人間の国に差し向けられており、二国間の争いはありません」
「目の前の敵がいるから、一致団結しているってことか」
「あくまで、戦争に関しては、ですが」
含んだ言い方だなあ……。
魔族の方も人間の国と似て、いろいろ事情がありそうだな。
よいお年を!
次回は1月1日予定です。