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185.グラーフの祈り

 体を少し後ろに引き、フェリックスに事情を説明する。

 すると、あろうことか彼はぽろぽろと大粒の涙を流し俺の話を聞いているではないか。


「……というわけなんだ。無理にとは言わない。協力してもらえないかな?」

「もぢもん、もちろんですわ! グラーフの街をゴブリンから解放するため、良辰様に膨大な魔力を使っていただき……」


 フェリックスが勢いよく頭を下げ、俺の手を取り両手を添える。

 彼と一緒に来た壮年の男も感動に咽び泣き、門番までもがぐすぐすと鼻をすすっていた。


「我らグラーフの民は、良辰様への感謝と多大なる恩を忘れてはいませぬ!」


 と壮年の男が漏らすと、


「あの聖都からグラーフまで敷かれた長大な『聖者の道』。どれだけの魔力をお使いになったのか……」


 門番の男も彼に続くように呟く。


「良辰様。すぐに儀式を始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 今度はフェリックスが添えた手を動かし、ギュッと俺の手を握りしめた。


「ありがとう! それと、グラーフで使った魔力で俺の魔力が枯渇したわけじゃないんだ。どうか気に病まないで欲しい」

「良辰様は何とお優しい……グラーフが無ければフェスは……」

「た、頼んだ。俺もすぐに準備をする」


 ひしと俺の胸に飛び込んで来たフェリックスをやんわりと引き離し、カラスをちょいちょいと指先で手招きする。


「何だ」

「俺の方もすぐに準備に取り掛かりたい」

「あいよ」


 ジャージのジャケットを脱ぎ、どこか適当な場所が無いかキョロキョロと見渡す……あれ、フェリックスが顔を真っ赤にしてモジモジしている。


「何か忘れていることがあったかな」


 供物と祭壇の事はちゃんと説明したよな。


「す、すいません! つ、つい良辰様に見惚れて。すぐに準備に取り掛かります!」


 フェリックスは耳元まで真っ赤にして、ぺこりとお辞儀をしてから、壮年の男と共に街へ戻って行った。

 今の仕草のどこに恥ずかしがる要素があるのかてんで分からん。

 タイタニアなら分かるかなあと思い、彼女に目を向けたが「ん?」と小首をかしげられてしまった。

 うーん。どうもフェリックスだけが感じる何かがあったようだ。何かは分からないけど。

 

 っと。ボーっとしている場合じゃない。

 

「カラス。まずは祭壇の移設からだったよな」

「んだな。あっちはもう閉じちゃっていいんだな?」


 グラーフからサマルカンドまでは徒歩で行くとなかなかの距離がある。

 移動してもらって祈りを捧げてもらうとなると、グラーフの人への負担が大きいと懸念していた。

 なので、事前にカラスに聞いておいたんだ。

 祭壇のことを。

 儀式はその性質上、超広範囲にまで範囲を広げることができる。となれば、儀式を行う人達を集めるのは大変だ。

 その対策として、祭壇を移動させることができるというのがカラスの回答だった。

 祭壇は魔力集積装置だから、一か所にしなければならない。だけど、場所は問わないとのこと。

 

「閉じたぜ。どこに祭壇を再設置するんだ?」

「この門でいいかなと思って。所縁の物はこのジャージで」

「おう。釘か何かで門の柱に固定した方がいいんじゃねえか。風で飛ぶと台無しになるぞ」

「あ、そうか」


 釘なんて持ってきていない。それに、石の柱に釘なんて刺さるもんなのかな……。

 タラリと冷や汗を流しつつ、門の柱を見上げていたらポンと後ろから背中を叩かれた。

 

「要は固定すればいいんだろ? 僕がやろう」

「できるのか?」

「任せろ。そこのでっぱりを利用して紐でくくる」


 ワギャンにジャージを手渡すと、彼は手持ちの紐ですぐにジャージを柱に固定してくれたんだ。

 あんな肉球な手なのに、なんてえ器用さを。

 俺とタイタニアじゃあ、無理かもしれん。

 

「ありがとう、ワギャン」

「大したことはしていない。もうフェリックスが来たみたいだぞ」

「は、早いな」


 どんだけ急いで来たんだよ!

 フェリックスが先ほどの壮年の男と共に、もう姿を現したじゃないか。

 

「はあはあ。良辰様、お待たせしました。すぐにグラーフの民も集まって参ります」


 フェリックスの息が上がっており、ずっと駆けてきたんじゃないかと想像できる。

 タイタニアやワギャンのように、フェリックスも少々走ったくらいじゃあここまで「ぜえはあ」しない。

 きっと、全力の全力で走ったんだろうなあ……。俺? 俺は二百メートルも無理だ。へへん。


「そこまで急がなくていいのに。何か飲み物でも」

「だ、大丈夫ですわ。すぐに落ち着きます」


 胸に手を当て、大きく深呼吸を三度ほど繰り返しただけでフェリックスの息が整った。

 何それ……怖い。

 こんな可憐で華奢なフェリックスでも、俺より遥かに体力があるのか……。これは本格的にランニングをせねばならぬな。

 野原で遊ぶだけでも、俺だけ体力が極端に低いと楽しめないものなあ。

 ひまわり号を手に入れてから自転車を漕ぐことも無くなったし、ますます体力の衰えが。


「まずは街の代表であるわたくしフェリックスから祈らせていただきます」

「ありがとう。頼む。とても申し訳ないんだけど、祭壇はこれなんだ……酷い見た目だけどちゃんと機能するから安心して欲しい」

「そ、そんなことありませんわ! 良辰様の法衣に祈りを捧げることができるなんて。わたくし、感動で胸が震えます」

「あ、う、うん……」


 フェリックスが物凄い食いつきぶりで顔を寄せて来るものだから、彼の動きに合わせて少し体を後ろにのけぞる。

 これなんてデジャブ。

 

 頬を紅潮させていたフェリックスだったが、ジャージの前に両膝をつくと淑女のような聖女のような静粛な顔に変わった。

 そっと自らの耳元にある髪留めを外すと、両手で挟むように握りこみ、顎の下辺りに両手を動かす。

 続いて彼は両目を瞑り、祈りを捧げ始めた。

 

「慈愛溢れる導師であり、聖者でもあらせられる良辰様に幸あらんことを」


 祈りの言葉が終わると共に、彼の両手から光が漏れ天へと吸い込まれて行く。

 余韻に浸るようにほおっと艶やかな息を吐いたフェリックスがゆっくりと立ち上がった。

 

「本当にこのような簡素な形でよろしかったのでしょうか……」

「うん。他の人にも同じような形でお願いしたい」

「はい。そこはぬかりありませんわ」


 フェリックスが華が咲くように微笑む。

 彼に続き、壮年の男が祈りを捧げ、集まった者から順に祈りを捧げて行った。

 

 し、しかしだな。

 このコールは何とかならんものか。

 

 祈りを終えた住民のみなさんが自主的に集まって、大合唱をはじめてしまったのだ。


「聖者様!」

「導師様!」

「良辰様!」


 ちょっとマジで恥ずかしいからやめてくれないかな……。

 大合唱は住民の皆さんの祈りが終わるまで続いた。

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聖女に追放された転生公爵は、辺境でのんびりと畑を耕すつもりだった~来るなというのに領民が沢山来るから内政無双をすることになってしまった件。はやく休ませて、頼む~

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