181.それぞれの祈り
マルーブルクが宝箱の前でかしずき、意匠を凝らした剣を静かに置く。
彼は両手を左右に広げ、そのままお辞儀を二回する。
次に剣を手に取り、天へ掲げた。
マルーブルクの祈りに応じ、剣が光を放ち消えて行く。
異世界でも伝統と格式は厳かでどこか懐かしさを感じさせた。
やっぱり、古くから脈々と続けられてきた祭礼ってものは、胸を震わせるものがある。
感動に浸っている間にも、祈りを終えたマルーブルクが後ろに下がった。
彼に続き、フレデリックがレイピアを。
クラウスが弓と矢をそれぞれ祭壇の前で捧げた。
俺はといえば宝箱の前で立ち上がり、踵を返したクラウスに声をかける。
「自分の得意武器を掲げるの?」
「まあ、そんなもんだ。『思い入れがある武器』って言った方がいいかもしれねえ」
「それ、普段の仕事に差支えでない……?」
「心配すんな。予備だよ予備。その辺、抜かりねえさ」
「了解。ありがとうな、クラウス」
「何言ってんだよ。兄ちゃんにはいつも面白えもんを見せてもらってるからな。元に戻れるよう祈ってるぜ」
「おう」
手を叩き合い、クラウスはマルーブルクの後ろへと戻って行った。
「次はブーたちの番ぶー」
「よろしくね。ふじちまくん」
終わったと思ったら次だ。時間が限られているから仕方ないけど、情緒を求めるのは酷ってもんだ。
それでも、みんなの気持ちに対する俺の気持ちは変わらない。
公国の三人が終わるや否や、待ってましたとばかりにマッスルブ、ジルバ、アイシャが前に出て来る。
「ありがとう。頼むよ」
「ここで祈るといいんだぶー?」
「うん」
まずはマッスルブからモニュメントの前に立つ。
彼の持っていたモノは、骨つき肉だった。こんがり焼けており、とても美味しそうだ。
彼らしい。
思わずクスリと声が出る。
「とっておきのアルシノだから、フジシマに食べて欲しかったぶー」
俺の声に耳をピクリと揺らしたマッスルブが顔だけをこちらに向ける。
本当に残念そうに呟く彼の姿に、吹き出しそうになってしまった。
「そんな大事な肉を供物に使ってくれてありがとうな」
「また狩猟してくればいいぶー」
マッスルブが祭壇の方を向き、そっと祈りを捧げる。
こんがり肉は天に召され、「ぶー」と儚げに呟いたマッスルブの祈りは終わった。
次はジルバ、アイシャで二人ともワギャンと同じくアミュレットを捧げた。
「ありがとう。みんな」
アイシャが終わるまでずっと待っていてくれたリュティエらとマルーブルクらにお礼を述べる。
「次は獣人側から祈りの儀式を始めるよ」
「マルーブルク殿と話し合い、順番を決めました」
「二人とも調整してくれて、ありがとうな」
俺が彼らの祈りを眺めていたというのに、リュティエとマルーブルクは抜かりない。
祭壇は公園のモニュメントにあるから、それほど多くの人を一度に受け入れることはできないんだ。
二人とも、それが分かっていて人が殺到し混乱しないよう交通整理の打ち合わせを行っていてくれていた。
本当に頭が下がるよ。
俺には足りないところばっかりだ。だけど、みんながいるから大丈夫。
誰が欠けたってうまくいかない。みんないるからうまく行く。
自分の事を棚にあげておいてなんだが、こういう関係性って良いよな。
「では、始めさせて頂きますぞ」
リュティエが手をあげると、ワギャンが犬の遠吠えみたいな声を出す。
彼の声が合図となり、横十五人、縦八人の方陣になった獣人の集団が公園に入って来る。
――ウオオオオオオ。
最前列の獣人達が勇壮に咆哮をあげる。
最前列の種族は虎とライオンだった。
吠え声に応じるよう、後ろが散開し、今度は全員が両手で握りこぶしをつくり、ぐぐっと肘を引いて叫ぶ。
二列目はコボルト、三列目はオークといったように種族ごとに列を分けているみたいだ。
それぞれ声質が違うから、重なると一つの音楽にも聞こえる。
咆哮の後は、踊り……いや舞と言った方がいいか。
ポコポコポコと子気味良い小太鼓の音と金属を叩いた高い音が混じり合い、音楽に合わせて彼らが舞う。
公園に設置された街灯より、かがり火の方が雰囲気が出そうな気がする。
どこか懐かしさを覚える享楽的な舞は俺の心にしんみりと染みわたった。
南の島とかにいる部族の伝統的な踊りにも見える、獣人達の舞は時に激しく、時に凪となる。
舞も佳境に入る頃、うら若き獣人の乙女が羊の丸焼きを二人がかりで持ち、祭壇の前に置かれて大きな陶器の器の上に載せて行く。
一頭ではない。数頭。それに加え、色とりどりの果物や野菜も添えられた。
――ウオオオオオオ!
全員が両こぶしを頭上に掲げ、ピタリと静止する。
すると器の上に乗った供物が光り出し、天へと吸い込まれて行ったのだ。
この後、舞に参加しなかった獣人達が一列に並び、それぞれが供物を捧げ胸に手を当て祈りを捧げていく。
「これにて獣人側、完了です」
最後の一人が祈りを捧げた後、リュティエがそう宣言する。
「ものすごく感動したよ! 凄い。またこの舞を見せて欲しい!」
ついつい感情を露わにしてまくし立ててしまった。
仕方ないじゃないか。
これだけ心に響く舞を見せてもらったんだから。
「祈りが天に通じてホッとしております。いずれまた舞をお見せしましょう」
「是非、頼むよ!」
ハウジングアプリの機能が回復したら、収穫祭をやろう。
そこで獣人達に舞を披露してもらおうじゃないか。
「ヨッシー。お邪魔して悪いけど、公国もすぐに始めさせてもらうよ」
「うん。ずっと待っててもらって悪いな」
「大丈夫だよ。むしろボク個人としては好都合だった。何しろ」
マルーブルクはリュティエに向け片目を閉じる。
対するリュティエは嬉しそうに牙を見せた。
「あれだけの舞を見たんだものな」
「遠目にだけど、それでも、あの祈りは公国にも届いたと確信しているよ」
公国と獣人の融和を図ることが俺たちの目標だ。
獣人の舞を見た公国の人たちは、きっと何か感じ入るものがあったに違いない。
「だから、リュティエにも頼んだんだけど、このまま獣人達を帰さず公園の周辺にいてもらっていいかな?」
「それは、リュティエがいいと言ったんなら、俺が否とは言わないよ」
「りょーかい。じゃあ、始めるよ」
マルーブルクが交響楽団の指揮者のように片手を振り上げると、クラウスとフレデリックがかがり火を大きく横に振る。
ピアノの音かな? いや、水オルガンか。
水オルガンの物憂げなソロが二分ほど続き、木琴、鉄琴、竪琴、リュートの音が重なり出す。
こちらは管弦楽団のようだ。
厳粛なそれでいてどこか哀愁を誘う。
――アーアー。ララララー。
澄んだソプラノが耳に届く。
ソプラノの歌い手達が先頭で公園に入場してきた。
数は十人。
続いては低く腹に響くバスだ。
こちらも十人。
ソプラノとバスが謳う。高らかに。
――パアアアアン。
シンバルが甲高く鳴り響き、今度はアルトとテノールがやって来る。
四重奏が混ざり合い、重なることで一つの音となり、俺の耳を楽しませてくれた。
音楽と歌は地球のアリアに近い……と思う。
音楽には詳しくないから良く分からない。
だけど、叙情的でそれでいて祈りという場の厳粛さも供えるこの音色は、絶妙と言って過言ではない。
公国側は大きな杯の上に、パンやフルーツ、野菜を乗せて行く。
水オルガンの音が止むと同時にこれらの供物が光り出し、天へと消えて行った。