179.わたしからのありがとう
モニュメントの入り口の左側にモップを立て掛けるが、すぐに倒れてしまった。
それに合わせて固定が甘かったようで、切り裂いたジャージがモップから外れて地面に……。
いかん。いかんぞ。
「フジィ……」
涙目で見つめないでくれよお。
よし、仕方ない。
もう既に見た目の良さなんぞ破綻している。ここまで来たら体裁に拘っても仕方ないことだ。
うん、タイタニアと俺は頑張った。それでいいじゃないか。
ダッシュで自宅に戻り、キッチン下の棚からガムテープも持って来る。
こいつで固定してしまえばいいんだ。
切り裂かれたジャージの端をつまみ、モップの緑色のブラシのところでガムテープをグルグル巻きにして固定する。
お次はモニュメントの入り口に固定することだな。
入り口のぽっかり開いた穴の左側の壁にモップを寄せる。
「タイタニア、ここ持って」
「うん」
壁に引っ付けたモップにガムテープを貼り付け、固定完了だ。
よし、これでいいだろ。
我ながら、酷い。酷過ぎる。
もう分かると思うが、俺が作ろうとしたのは神社でよく見る「大幣」――通称「お祓い棒」だ。
儀式には祭壇と俺の「所縁の物」を何か準備する必要があった。
なので、いつも愛用しているジャージを切ってモップと接着しお祓い棒に見立てたってわけ。
結果は惨憺たるものだったけど、時間が無い中、やれるだけのことはやった。
事ここまで及んでは、ジャージお祓いモップで行く。
行くったら行くんだ……。
「準備は終わったか?」
頭にふわさと舞い降りたカラスが囀る。
「おう。じゃあ、開始してくれ」
「分かった。これより儀式を執り行う。主は藤島良辰。場はイカリの祭壇だ」
バサバサと飛び上がったカラスはモニュメントの天辺の柵に優雅に着地した。
そこでカラスは首を天に向け、翼を広げる。
「極ぐあぐあマジック。降臨せよ! 蹂躙せよ! カラスが願う。いざ顕現の時、すーぱーサンクチュアリ!」
ぴかーっとカラスが黄金色に輝き、翼を広げたまま浮かび上がった。
淡い黄金色の光がモニュメント全体を覆い、切り裂かれたジャージが青色の光を放つ。
「いいぜ。期間はこれより三日。お前の術式を出してみろ」
カラスに言われるままにタブレットを右手に出す。
『アップデートを開始します。0/65536』
うお。
どうやって魔力でタブレットの機能を変更するか、とか想像もつかなかった。
こうも都合良く画面が切り替わるとは……カラスの魔法恐るべし。
俺が機能をいじったりはできなさそうだけど、アップデートならタブレットへ確実に何らかの変化が起こるに違いない。
カラスの魔法だけど、あいつが何かタブレットを操作していることはないだろうから……。
アップデートモードは最初からタブレットが持っていた機能ってことかな。
「どうだ?」
「これならいけそうだ。ありがとう」
「ポテトチップスのためであって、お前のためではないからな!」
「はいはい」
酷いツンデレを見た。
……ともかく、拡声器を握り大きく息を吸い込む。
さあ、やるぞ!
タイタニアと顔を見合わせて、「うん!」と頷き合う。
「ぴんぽーぱんぽーん。サマルカンドの皆様に私こと藤島良辰よりお知らせです」
声を張り上げているから、息が続かねえ。
ここで一旦、言葉を切り深呼吸して再開する。
「これより儀式を始めます。お供え物を持ち、公園のモニュメントで私に祈りを捧げてください」
みんなを信じるんだ。
大丈夫、きっと。
願いながら、再度、大きく息を吸い込む。
「皆様の想いが私の力になります! どうか藤島良辰に清き祈りを。お供え物は何でも構いません。しかし、お供え物は想いを伝える媒介ですので、お忘れきようお願いいたします!」
拡声器を握る力を緩める。
ふう。
後は待つことしかできない。無理強いをして祈らせても魔力は産み出せないんだ。
しっかし、いざ始めてみると生贄といった犠牲を払う儀式が選択される理由がわかったよ。
カラスはやすやすと儀式を開始した。
だけど、魔法の規模を見るに、そんな気軽に発動できるものではないことは想像に難く無い。
そもそも儀式を発動させるのに相当な力を使うんだ。これが空振りとなるとたまらない。
だから、確実に成果を得ることができる手段が選ばれるってわけだ。
といっても、俺は生贄の儀式なんてやるつもりは毛頭無い。
そんなことをするくらいなら、タブレットが使えなくても構わないって気持ちは揺るがないぜ。
「フジィ」
「ん、っと」
考えにふけっていたら、不意にタイタニアに手を引かれた。
モニュメントの入り口に俺を配置した彼女は、握った俺の手をモップの柄に持って行く。
「じゃあ、わたしから!」
俺にモップを掴ませたまま、タイタニアが嬉しそうに呟く。
彼女は胸元に手を突っ込み、何かを取り出そうとしていた。
すぐに、何を供物にしようとしているか察した俺は、慌てて声を出す。
「ネックレスはダメだ。君と家族の思い出だろう」
「でも、わたしにはこれしか」
「い、いいんだよ。服でも手袋でも何でも」
「で、でも……」
「そ、そうだ。確か水着とか何着かあったじゃないか」
とっさに出た言葉だったが、「水着を出せ」は酷い。
他にもいろいろあるだろ……。
「ダメだよ。フジィからもらったものだもん」
ダメじゃないだろ!
どう考えても、ネックレスのが大事に決まってるだろう。
別に水着をくんかくんかしたり、邪なことに使うわけじゃあないんだ。俺が水着に触れることもないし。
よっし、ここは天才的な俺の機転で彼女の気持ちをひっくり返してやる。
「水着は下着じゃあないんだ。俺の魔術術式が元に戻ったら下着を出そう。うん、そうしよう。だから、水着は一着でいいのだ」
「うー」
「と、とにかく、そのネックレスはダメ!」
「うん……」
しかし、タイタニアは首元に突っ込んだ手を抜くどころかモゾモゾと動かし始めた。
しまったあああ。
彼女は良く水着を下着扱いして着ているんだったああ。
蒸れて仕方ないと思うが、言うに言えないで事ここに至っている。
「タイタニア。これからいろんな人がここに来るんだぞ。ここで脱いじゃあダメだって」
「で、でも。早くしないと」
「儀式は三日あるんだから、急がなくてもいいさ」
「それはダメだよ。だって、わたしが一番になりたいんだもん」
ううううっと唸り声をあげるタイタニア。
「な、何か別の物で……あ、その髪留めでどうだ?」
「こ、これは……フジィが……」
すったもんだあったあげく、人影が見え始めたところでタイタニアの説得に成功した。
彼女は予備の髪留めをポーチから出して、供え物とすることとなる。
「フジィ、目を瞑って」
「おう」
タイタニアは俺の前で両膝を付き、顔の前で両手を組む。
じーっと彼女の様子を見ていると、悲しそうな目で見つめられたので仕方なく目を閉じる。
「いつもありがとう。フジィ」
タイタニアが祈りの言葉を捧げ始めた。
祈りというより、俺に対する思いそのもので、少し恥ずかしくなってくる。
「わたしといてくれて、家族のように接してくれて、あなたがいるだけでわたしの生活に光が戻りました」
彼女はそこで言葉を切り、一息いれた。
「本当にありがとう!」
言葉が終わると同時に、俺の瞼に白い光が差し込み、すぐに消える。