177.みんなをよんでみた
「うーん」
カラスからタブレットを拡張する手段を聞いた結果、実質使えるプランは二つだと分かった。
一つは俺の身体をタブレットに捧げる案だ。
カラスは俺と最初に出会った時、「混じっている」って言っていたのを覚えているだろうか?
カラス曰く、タブレットは俺の体と体内の魔力を使い作られているのだそうだ。実際にはもっと細かい内訳があるみたいだけど、俺にとってそこは重要じゃあない。
この案は単純明快で、タブレットにより大きなパワーを与えるために、より多くの俺の身体を使おうってわけである。
利点は俺自身で全て解決すること。デメリットは俺の運動能力に大きな影響を及ぼすことだな。
「お前の身体を使う案はオススメしねえぞ」
「う、だよなあ。やっぱもう一つしかないか」
考えを読んでやがる。
俺の身体を使っちゃおうプランは、身体のどこを使うか指定できない上に、どこまで被害を及ぼすか実行するまで不明。しかも、効果は永続ときたもんだ。
「それでダメなら、酒池肉林にしとけ」
「それはやめよう、な」
俺自身の身体を使う以外となると……儀式となる。
酒池肉林は、いろいろある儀式のうちの一つで……。
しっかしカラスの奴、よほど俺の反応が気に入ったと見た。
わざわざ俺の頭の上から降りてきて、ベッドの上で飛び跳ねるカラスに恨めしい目を向ける。
すると、奴は嬉しそうに「くええ」なんてさえずっていやがるじゃねえか。
「よし、みんなを集めてぶっちゃける。にっちもさっちも行かなくなったら……」
「まずタイタニアとアイシャからか?」
「その発想から離れろよ!」
全く……せっかく考えをまとめようとしているのに邪魔しやがって。
そうそう。カラスの言う儀式ってのは、被験者から魔力を集める手段である。
文字通り身体を捧げる人身御供から祈りを捧げるだけって軽いものまであるんだ。
タブレットを拡張するには膨大な魔力が必要。
そいつを叶えるほどの魔力を集めることができるのが、儀式ってわけなのだ。
もう想像がつくと思うけど、被験者に無理を強いれば強いるほど効果が高い。
つまり……人身御供が最も少人数で済み、祈りを捧げる場合は数万人以上の協力が求められるってわけ。
そして、俺の選択した儀式は――。
「ん、お前、竜人の女がいいのか?」
「だから違うってんだろ! あとなんでリーメイのことまで知ってんだよ!」
「知らん。適当に言っただけだ」
だから、絶妙のタイミングで邪魔するんじゃねえ。
ダメだ。こいつのちゃちゃは気にせず、俺は俺のペースで行くぞ。
「先にマルーブルク達に相談する。その後、サマルカンドの住人へ呼びかける。俺の危機に協力してくれって」
「祈りじゃあ足んねえぞ」
「分かってる。供物を選ぶ」
「儀式を始める時に呼べ」
「あ……」
ありがとうって言おうとしたら、もう窓の外に飛んで行ってしまった。
◇◇◇
よっし、まずは下にいるタイタニアとワギャンに相談をするか。
気合を入れるため、頬を両手でパーンと叩く。
――ぴんぽーん。
ぬお。
早いな。もう来たのか。
階下に降りると、タイタニアが入り口の扉を開け中から来客者を迎え入れたところだった。
来たのは……金髪の愛らしい顔をした少年。ただし中身は……。
「帰ってきて早々、変なことを考えていないかい?」
「た、ただいま」
「おかえり。お疲れだと聞いたけど、調子はもういいのかな?」
「あ、うん。まあ、体はいたって健康だ」
曖昧な笑顔を浮かべ、マルーブルクをソファーに案内する。
上品にちょこんと彼が腰かけたら、絶妙のタイミングでタイタニアが紅茶をコトリとテーブルに置く。
「まさかマルーブルクが来るとは思ってなかったから、少しびっくりしたよ」
「ボクじゃあ不満かい?」
「いや、そう言うわけじゃあない。え、ええと」
「クラウスもフレデリックもちょうど仕事を任せていたところだったからね。ボクが一番暇だった。それだけだよ」
「そ、そっか」
ぽりぽりと頬をかき、目を逸らす。
微妙な空気を切り裂くようにコップを持ったワギャンが割って入る。
「マルーブルクはお前のことが心配だった。だから、いの一番に来ただけだ」
「え? そうなの?」
対するマルーブルクはプイっと顔を背け、紅茶を口に含む。
彼は心なしか拗ねているようにも見える。
こいつはこれ以上突っ込んだら、藪蛇な気がするぞ……。
面白がって踏み込むべきではない。
「え、ええと。そっちはどんな感じだったんだ? カラスがゴブリンとか言っていたから」
「まあ、大したことじゃあないよ。ゴブリンの農園は順調だね。クラウスにも行ってもらって様子を見て来てもらったよ」
「へえ。あいつら真面目に畑を耕しているのか?」
「うん。道具を作る技術や農業の知識はまるでないけど、やる気だけなら公国の農家より遥かに高いかな」
「小麦、小麦とか夢遊病者のように唱えてないか……?」
「よくわかったね。キミが教えこんだのかい? 彼らの攻撃性は完全になりを潜め、その代わり偏執的とも言えるほど小麦を崇拝している」
「そ、そっか……」
なんだっけ……「小麦に栄光を」だったか? なんかそんな言葉を繰り返していた気がする。
この分だとゴブリン達が暴れ出したりすることは無さそうだ。
「そうそう。すぐにキミの耳に届くと思うから、先に言っておくよ」
「ん?」
「以前サマルカンドに襲来したゴブリン達のことを覚えているかい?」
「リュティエとフレデリックが奮戦してくれたんだよな」
「うん。偵察に出ていた者から、その一派? に不穏な動きがあると報告を受けているんだよ」
「そいつはよくない状況だな」
「まあ、いくら大軍で攻めてこようが追い払うのは難しくない。以前来たより倍の規模でも問題ないよ。それにキミもいるし」
「そ、そのことなんだが……」
ここだ。ここで言うしかねえ。
「ん? どうしたんだい? 急に」
俺が余りに慌てた様子だったのか、マルーブルクが少し戸惑ったように言葉を返す。
「みんなに聞いて欲しいことがある。後から集会所でも言うつもりだ」
マルーブルクだけでなく、ワギャンとタイタニアにも目を向ける。
「どうしたの?」
「タイタニアも座って座って」
「うん!」
タイタニアもワギャンと同じく湯気が立つマグカップを持って、俺の隣に座る。
一方でワギャンは既にマルーブルクの隣に腰かけていた。
「単刀直入に結論から言うと、魔術が使えなくなった」
深刻さをなるべく出さないよう、淡々と述べる。
対する三人は無言でコクリと頷きを返すだけだった。彼らの顔はみな一様に真剣そのものだ。
「魔力は枯渇していないんだけど、魔術を使い過ぎたみたいで使うことができなくなっちゃったんだ」
「フジィ。ごめんね」
涙目になって、ふるふると首を振るタイタニア。
「みんなには何ら責任なんてないから! そんな目で見ないで欲しい」
さすがに「使えない奴め」とか言われることはないと思っていたけど、自責の念に駆られるなんて想像もしていなかったよ。
俺は自分の為にタブレットを使ってきたんだ。みんなが気に病む必要なんてない。
「ふじちま。何とかしてお前を元に戻すことはできないのか?」
「手段はある……んだけど、ちょっと厄介でさ」
ワギャンの問いに応じる形で、俺は儀式について説明をし始める。