165.流転
「えへへ」
タイタニアがはにかみ、俺も口元に小さく笑みを浮かべる。
「ははは。じゃあ、ま、タイタニアも体を洗ってしまおうか」
「うん」
立ち上がったタイタニアは何を思ったのか、風呂椅子を持ってきて俺の隣に座り、頭を洗い始める。
自分でも不思議な話だが、タイタニアの素っ裸に慣れてきた。
密着していたり、いやんなところに触れていたら別だろうけど、俺は今平常心を保っている。
タイタニアの無邪気な恥ずかしがらない態度に、俺の方が引っ張られてきたのかもしれない。
むしろ、たどたどしく長い髪を洗う彼女を見ていると手伝いたくなってくる。
なんだろう、この気持ち……自分に子供がいたらこんな気持ちになるのかなあ。
「俺が洗ってもいいかな?」
「う、うん」
タイタニアは嫌がる様子もなく、泡だらけの手を自分の頭から離した。
自分の頭を洗う時と違って、ゆっくりと丁寧にタイタニアの髪へ指を通していく。
「痒いところはありませんかー?」
「無いよ。気持ちよくて心地いい」
「ほいー」
気分は美容師だった。やっていることは洗髪だけだけどな。
いいんだよ。こういうのは気分と雰囲気だけ自分が満足していたら良いのだ。
シャワーでタイタニアの長い艶やかな髪を洗い流し、洗髪は完了だ。
「よし、おしまい」
「ありがとう、フジィ。今度はわたしが」
「俺はもう頭を洗ったから大丈夫だ」
「じゃあ、今度、またね!」
「お、おう」
にへえっと頰が緩むタイタニアに向け曖昧な返事を返す俺であった。
体は各自で洗って、湯船にどぼーん。
湯加減がちょうどいいこともあいまって、ぼへえーっと空を眺めていた。一方でタイタニアも俺と同じようにぽやあっとしていている。
あ、でも、こんなのんびりお湯に浸かっていてタイタニアはのぼせないかな? 俺は風呂に慣れているけど彼女は湯船に浸かる習慣なんてなかったろうから。
気になってふと彼女の方へ目を向けたら、びくうっと彼女の肩が揺れた。
「な、何でもないの」
「大丈夫? あまり長く入ってたらのぼせないかなと思って」
「平気だよ。フジィは平気なの? 畏れ多いとか無礼? とかないの?」
「……よく分からんけど……長風呂は問題ない。ゆっくりと風呂に入る派だからな俺は」
「うんうん」
タイタニアが顎当たりに両手を持ってきて、握りこぶしを作りググっと力を込めていた。
彼女が平気ならそれでよいか。何だか途中から話が食い違っていた気がする。
しかし、こんないい湯加減でぼやあとしていると思考も途切れ途切れになるのだから、仕方ない。
再び空を見上げ、ぼへえーっと口を開けて魂が抜けたようになっていたら、肩に重みを感じる。
「ん?」
目だけでチラリと右肩を見ると、タイタニアが俺の肩に頭を乗せぽやあと空を見上げていた。
「えへへ」
「そういうことか……」
頭を上げ、俺の二の腕に手のひらを当て無邪気にはしゃぐタイタニア。
彼女は俺の肩へ体重を預けて来た。
心地よい重さに俺の口元もにへえとだらしなく緩む。
「家族って素敵だね」
「だな。平和に暮らせて食べ物にも困らずぼんやり生きていきたいな」
きっとそれが幸せってことなんだろうなあ。
「よし、そろそろ出るか」
俺が立ち上がるとすぐにタイタニアもついてくるかと思ったけど、どうしたんだろ。
「たまに……フジィを家族のように思えないことがあるの……でも、嫌な感じじゃないんだ。うーん」
「のぼせて立てないのかな?」
振り返らずにブツブツ何か呟くタイタニアへ声をかける。
「ううん。わたしも出るね」
「おう」
湯船からあがり、シャワーで体を流してから脱衣所へ。
タイタニアの髪の毛をドライヤーで乾かし整えてから、部屋に戻る。
「ぷはー」
腰に手を当てた正しいポーズでコーヒー牛乳(瓶入り)を飲み干し一息つく。
◇◇◇
翌朝、ちょうど朝日が昇り始めた頃、事態は急展開を迎える。
真っ先に気が付いたのはワギャンだった。ハトに乗り空へ飛び立った彼はすぐに戻ってきてただならぬ状況を俺に伝えてきたんだ。
「ロンが一人、こちらに向かって走って来ている」
「リーメイはどうしたんだろ。だけど、竜人の集落に行ったにしては戻るのが早すぎないか?」
「そうだな。途中で何かあったのかもしれない。余程急いでいるのか、ロンは息絶え絶えになっていたからな」
「分かった。急ぎ道を伸ばし彼と合流しよう」
ワギャンにはハトに乗り先行してもらい、リュティエに後から追ってもらうことにした。
「リュティエ、オツォに乗って行ってくれ」
「了解です!」
リュティエにオツォことシロクマさんに騎乗してもらうのは、リーメイがどこかで怪我をして倒れている可能性を考慮したからだ。
彼も俺の言わんとしていることが分かっているようで、即答しシロクマさんにまたがり駆けていく。
「すぐに出発するから、少しだけ待っていてくれるか?」
「うん」
タブレットを右手に出し、メニューを眺める。
自転車より速く動ける乗り物は無いのかな。例えば、車とか。ガソリンはどうすんだって話もあるけど、電気を使わず家電製品が動くハウジングアプリだから燃料なんて気にせず動いても不思議じゃあない。
問題はメニューにあるかどうかだけどさ……。
こんなことなら予め見ておきゃよかった。俺としては、家電はともかく引きこもることを前提としたハウジングアプリのスタイルだから、乗り物のことは余り頭になかったんだよな。
自転車は台車と同じカテゴリーにあったし。
ええっと。乗り物、乗り物っと……。
「あるな……」
「大丈夫? フジィ。魔力が心配なの?」
「問題ない」
だけど、こいつはタブレットで右手が塞がってしまうと運転が難しいな。
『乗り物カテゴリー:
ビックスクーター(黄色) 五万二千ゴルダ
スーパー株(緑) 二万千ゴルダ
栄光のナナハン(赤) 八万ゴルダ
オート三輪 十八万ゴルダ
……』
狙うはビックスクーターなんだけど、問題はどうやって風景を映しつつタップするかだな。
あ、そうか、カーナビを置くようにタブレットをおきつつ高さを調整すればいけるかもしれない。ダメなら自転車で行く。
さっそく注文してみたが、「エラー」だとおお。
あ、そうか。
宝箱に入りきらないんだな。
宝箱を特大にしてから再度注文。
よっし。
「うがあああ」
「手伝うよ。フジィ」
「ありがとう」
宝箱からビックスクーターを出そうとしたが重くて動かねえ。
タイタニアに手伝ってもらい、なんとかビックスクーターを宝箱の外へ。
タブレットをハンドルの中央へセットし、ビックスクーターにまたがってみる。
よし、行けそうだ。
万が一、タブレットが落ちちゃっても問題ない。タブレットは俺の体から二メートルほど離れると自動で消えるからな。壊れることはない。
いや、落ちた時の衝撃で……ってこともありえるか。念のため、落とした時はすぐに消すようにしよう。
ビックスクーターから降り、タイタニアを誘う。
彼女は目の前にある黄色い乗り物へ向け首を捻っている。
変だったかなあ?
結構おしゃれなタイプだと思うんだけどな、このビックスクーター。
シートは黒でボディは黄色。原付を少し大きくしたような感じで、ハチをイメージした丸みを帯びたフォルムは女子でも気軽に乗ることができそうだ。
「これが動くの?」
「うん。タイタニアは俺の後ろに乗ってくれ」
「大丈夫かな……」
「問題ないさ。ちゃんと小型免許は持っている」
「免許?」
「あ、いや。こっちの話。道を作りながらだからどこまで飛ばせるか分からないけど、急ごう」
「うん!」
タイタニアを後ろに乗っけて、ゆっくりとビックスクーターを動かし始める。