164.お約束のお風呂
いやあ。ワギャンが川べりで発見したという苔は、なかなか美味だった。
アオサに近い味で味噌汁に入れてみたらバッチリ合うんだよな、これが。
リュティエはリュティエで土の中から芋を掘り出してきて、ジャガイモとサツマイモの中間みたいな味だった。
二人とも「行ってくる」と言ってちゃんと何かを採ってくるのだから、凄いよな。
え?
何かいつもと違ってテンションがおかしい? いやいや、気のせいだよ。うん。
決してこれから風呂だから、現実逃避しているわけじゃあない。
「どうしたの?」
「あ、いや。風呂の調整をしようと思って、ちょっとだけ待っててもらってよいかな?」
「うん!」
しっかり脱衣所までついてきているタイタニアを残し、服を着たまま風呂場に入る。
浴室は一般家庭用の浴槽にシャワースペースしか広さがない。
「拡張するか……」
いくらタイタニアでも狭い浴槽へ一緒に入るなんてことにはならないと思うけど……彼女の満面の笑みを思い出しブルブルと首を振る。
いやいや考えてみろ。
タイタニアと密着できて「お風呂楽しー」となるじゃないか。それをわざわざ捨てて広い浴槽になんてする必要なんてないぞ。
と、悪魔の俺が囁くが、天使の俺が彼女と密着した結果、興奮したらどう取り繕うんだと諭してくる。
そ、そうだよな。
やましい気持ちなど微塵もないタイタニアほどまでは達観できないけど、せめて合わせる努力……というか準備はしないと。
「あ……」
浴槽を大きい物に取り替えようとしたところで気がつく。
浴室自体の広さが変わらないのに浴槽だけ大きくしたら、浴室が浴槽で埋まる。
ならば……。
強引な拡張だ。
浴槽を取っ払い、外壁を取り払う。
開いた壁からテクテクと外に出て、グルリと周囲を見渡す。
うむ。完全なる外だな。もちろん、我が土地の中ではあるが……。
スペースが開いたところで、作業を再開しようではないか。
「露天風呂とは我ながら良いアイデアだ」
四人は入ることが可能な広さがある岩風呂を設置し、敷地の外から見えないように壁で覆う。
これで、空からでも来ない限り覗かれることもない。
「よし、バッチリだ」
パーンと手を叩き、タイタニアが待つ脱衣所へ向かう。
――ガラガラ。
脱衣所へ続く引き戸を開く。
……。
――ガラガラ。
脱衣所へ続く引き戸を閉める。
「タイタニア」
「どうしたのフジィ」
――ガラガラ。
今度はタイタニアが脱衣所側から引き戸を開く。
慌てて引き戸を閉める俺。
隠せ、隠せよおお。
何でもうすっぽんぽんになってんだよ。
俺が戻るまで「待て」って言ったよね。
「そこにバスタオルがあるだろう?」
「棚の上の白い大きなタオルだよね」
「そうだそれそれ。それを体に巻きつけてキュッと縛る」
「体に巻きつけて……えっと……」
分かった。
着物の紐も結ばない、いや結べないタイタニアにはこれ以上何も言うまい。
「(体の)前からタオルを回して、腋で支えてもらえるか?」
「うん」
改めて扉を開くと、タイタニアは腋より下をバスタオルで覆った状態でにこやかにほほ笑んでいた。
「そのままで」と手で示し、彼女の後ろに回り込む。
せ、背中はともかく、うなじと腰から下がやべえ。横を向きつつ、バスタオルの端を引っ張って落ちて来ないように縛る。
「よし! じゃあ入ろうか」
「うん!」
ガラガラ――。
「何度目だよ、この音」と思いながら引き戸をくぐる。もちろん、今度はタイタニアと一緒だ。
「すごい変わってる! 広くなったね!」
タイタニアが両手を広げ、目を輝かせた。
そうだろうそうだろう。まさか壁をぶち抜いて広くするなんて思うまい。
「シャンプーとボディソープはシャワーの前に置いてるから、タイタニアはそっち、俺はこっちな」
何ということでしょう。
洗い場の左右の壁にそれぞれシャワーがあるじゃないですか。
ちゃんとボディスポンジも置いてるぞお。ピンクと青色だー。
ピンクの方がタイタニアね。
こうすることでお互いが背を向ける形になるってわけさ。
タイタニアは「可愛い」と言いながら豚の鼻デザインの桶に触れているようだ。
おし、今のうちに頭と体を洗っちまおう。
わしゃわしゃ。
頭を洗っていたら、不意に声をかけられる。
「フジィ、やっぱりわたしと一緒は嫌なのかな……」
声の位置が近い!
こいつは真後ろに立っておるな。
「そんなことないさ。嫌なら一緒に入らないって」
「でも、目を合わせてくれないんだもの。いつもはちゃんとわたしの方を見てお話しするよね。だから、わたしのために頑張ってくれてるんじゃないかなって」
「あ、いや」
「隠さずにお話ししようって。嫌なことは嫌だといって欲しいよ。わたしはフジィが喜ぶことなら大歓迎だけど、(あなたに)嫌なことはして欲しくないの」
こ、こいつは時間がかかるかもしれない。勘違いが加速するかもしれないけど、ちゃんと説明すべきだな。
と、その前に。
「正直に話すから、頭を洗い終わるまで少し待って」
「お手伝いするよ?」
「じゃ、じゃあ、シャワーを頭に」
「うん!」
じゃーと心地よいお湯が頭に付着した泡を洗い流す。
「ありがとう、たいた……うお」
「やっぱり……」
いや、逸らす、逸らすだろ。
バスタオルはどうしたんだ? 洗うから取った?
まあ、それはいい。
さっきまで後ろにいたよな。なんで右にいるんだよお。
「タイタニアと俺には生活習慣の違いがあるんだよ」
「うん?」
風呂桶に座りながらで何だが、俺は日本のお風呂事情を簡潔に説明していく。
男女は別々で、男が女湯を覗いたらお縄になる。
男女が一緒に入るのは、家族か恋人同士くらいのものだ。
「……とまあ、そんなわけで俺の習慣だと、女の子は無防備に男と一緒に風呂なんて入らないんだよ」
「フジィのいた所はそうだったんだね。でも、それだったら一緒に入っても恥ずかしくないんじゃないかな?」
ま、まるで話が通じていねえ。
俺の話をちゃんと聞いていたよな?
どうしたもんかなと首を捻っていたら、タイタニアが言葉を続ける。
「フジィはとっても優しいから、家族を失ったわたしに家族のようにふるまってくれているんだよね?」
ふむ。理解した。
確かに俺は彼女と妹のように接してきた……と思う。
実際の俺の妹と違って、とてもいい子なんだけど。あいつは、マルーブルクがそのまま女子になったような……。
思考が変な方向へ行ってしまったので、ブルブルと首を振り考えをリセットする。
「タイタニア。間違っちゃあいないけど、俺は同情とか憐れみで君を妹のように思っているわけじゃあないよ」
「それって……?」
「恥ずかしいから、言うのはこれっきりにするからな……」
「うん!」
太ももをピッタリとつけてしゃがみこんだ姿勢のタイタニアは、身を乗り出して食い入るように俺の顔を見上げて来た。
幸いぷるるんとしなかったので、俺の理性は何とか持ちこたえる。
「タイタニアだから、君と友達になりたいと思ったから。ワギャンだって、マルーブルクだってそうだ」
「獣人と公国の戦いを止めた慈愛溢れる導師なのに?」
「そうだよ。たまたま便利な力を持った。だけど、俺だって一皮むけば所詮ただの人間ってわけさ。友達になりたいと思う気持ちに打算なんてないよ」
「うん! フジィを信じる! わたしはフジィと出会えてとっても嬉しいよ。家族は失っちゃったけど、フジィがいてみんながいて楽しいことも沢山あったわ」
「そっか」
「うん! たまに家族のことを思い出して悲しくなるけど、楽しいの方が多いよ」
「故人を偲ぶ気持ちはとても大切なことだと思う。だから、悲しくても忘れちゃうより俺は好きだよ」
俺も家族のこと、埋葬した人々のことは忘れない。彼らのことを思い出すと、ブルーな気持ちになってしまうけどこの感情は大切にしていきたいと思う。
それが、故人へ向けた手向けの花なのだから。