156.リュティエの事情
川の傍と言えば、これしかないよな。
ホテル……じゃあなくて水車小屋だろ。へへへ。
ちょうどいいクラッシックハウスが無かったから、カスタマイズでパーツを組み合わせて水車小屋……風の建物を作り出した。
川が傍にあるもののハウジングアプリの特性上、外から水を引き込むことはできない。
なので、水車を回転させるべくプールにつかったパーツを工夫することにしたんだ。
人工的な川は僅か三メートル程度しかないが、水流ポンプを利用しているから余裕で水車が回転する。もちろんオンオフ自由なんだぜ。
……分かっている。
せっかくの自然を全く利用していないなんてことはさ。
これなら、見晴らしのいい高さのある建物かリバーサイドの定番であるホテルを建築した方がよかったかもしれない。
もし今後も頻繁に利用するようならば建て替えも考えるとするか。
「ふじちまー」
「おー。いま行くー」
水車小屋風味に向け苦笑しつつも、食べ物のおいしそうな匂いには勝てずワギャンの声に導かれるように小屋から背を向ける。
◇◇◇
ふう。食った食った。
魚を棒で突き刺し、塩を振って炭で焙っただけなのにこれほどおいしいなんて。
みんなで外で食べたからってのもあるかもしれないけど、ついつい食べ過ぎてしまったよ。
その後の川を見ながらの露天風呂は最高だったぜ!
みんなにお片付けを任せている間にちゃっかりと風呂を作っておいたのだよ。
お酒を持ち込み、ワギャンと一杯やりながら……飲んでたらリュティエも入ってきて、ならつまみをとって感じで盛り上がった。
リュティエからタイタニアも来たそうに涎を垂らしていた(彼は涎とかは言わないけど、俺の想像による)との情報を得たので、一旦風呂からあがり彼女を呼びに行く。
タイタニアは躊躇せず素っ裸になろうとしたんだけど、俺がのらりくらりと彼女を言いくるめて事なきを得た。
彼女には水着を出して、それを着てもらったんだ。
彼女自身が素っ裸でよくても、俺が困るって……ワギャンもリュティエもタイタニアの裸を気にしないから余計に俺だけが微妙な気持ちになっちゃいそうでな。
ほろ酔い気分でベッドに入り、今に至る。
ゆっくり過ごせるようにと今夜はみんな個室にしたんだ。
なので、誰の寝息も聞こえず辺りはシーンと静まり返っている。
いつもなら寝ころぶとすぐに眠ってしまうんだけど、逆に目がぱっちりと冴えてしまった。
「夜風にでも当たってくるか」
一人そんなことを呟き、外に出る。
敷地内の芝生で寝っ転がっていると、雄大な景色があってか思考が超生物のことへと移ろいで行く。
グウェインとグバアは絶大な力こそ同様だけど、在り方が随分と違うよなあ。
顕著なところだと、グバアは縄張りを維持する孤高で他人が縄張りに入ることを嫌う。
ややこしいんだけど、グバアの言う他人とはグウェインやシーシアスといった自分に並び立つ者たちである。
その証拠に人間や獣人へ対しては小さき者と呼び縄張りに入ってきても気にしない。
竜は別として。
竜が別なのはグウェインの在り方にある。グウェインは縄張りを持たないが、竜に思い入れがあるみたいで自分が保護する者――眷属として竜達を見守っているんだ。
具体的にグウェインが竜に対し何をやっているのかは不明。しかし、グウェインの眷属である竜が大草原に侵入するとグバアによってバラバラにされる。
このことから、グバアにとって何か見分けがつく特性なり魔力なりを竜が保持しているんじゃないだろうか?
グバアやらその他の超生物のことを考えるとどうもこう実感がわかないというか、イマイチ考えがしっくりこないというか……。
奴らのことになると、途端に世界がとか異世界全体のバランスが……みたいに急に話が大きくなるからなあ。
俺は俺の手の届く範囲じゃないと「考えろ」と言われてもなかなかもって難しい。
もっとも、こいつらのことを分かったところで何かサマルカンドに影響があるのかというと、何も無いと言い切れる。
超生物のことを知るのは――
右手に出したタブレットへ目を落とす。
このタブレットのことや、俺がどうやって異世界にきたのか……なんて世界の根幹に関わるような仕組みを知ることが出来ないかなあって個人的な気持ちからだ。
そんなわけで優先度は一番低いと言っても過言ではない。
「まだ起きておいでだったのですな」
「お酒を飲んだら逆に目が冴えてしまってさ」
声をかけてきたのは、リュティエだった。
もうみんな寝静まってると思っていたけど、彼は違ったらしい。
彼は俺の横にあぐらをかき、空を見上げる。
俺も同じようにぼーっと星を眺めていたから真似してくれたのかな?
考え事で星空は上の空だったけどね。
「曇っておりますな」
しばらく無言の時が続いたあと、ふとリュティエが呟く。
「晴れてれば魅入られるほど星が綺麗なんだけどなあ」
せっかくリュティエと空を眺めていたけど、雲がかかり月さえも隠れてぼんやりとした光が見えるだけだった。
「賢者の瞑想を邪魔立てし、申し訳ありませぬな」
「いや、大したことを考えていたわけじゃあないよ」
俺は本当につまらないことを考えていただけだ。
むしろ、リュティエのことが気にかかる。ちょうどいい。二人きりになれたいい機会だものな。
「リュティエは竜人のことで眠れないのかな?」
「何でもお見通しですな」
リュティエは族長の牙を太い指先で撫でる。
無骨な彼にしては繊細な仕草だなあ……きっとあの牙に特別な思い入れがあるのだろう。
そこまで考えて、違和感を覚える。
族長が竜人達の王であるかは分からないけど、少なくとも支配者層だよな。
リュティエは獣人側の族長だ。彼は族長の地位にありながら、竜人に荒地を追われた。
普通、元々親しかったとしても恨み骨髄にならないだろうか?
竜人の族長が彼にとって「命の恩人」みたいな特別な存在か、争ったものの彼が恨みを抱くほどのものではなかった?
いや、俺は彼から聞いている。
「竜人達に対し思うところがある」ってさ。
考えたら考えるほどよく分からなくなってきて頭の中がグルングルンしてきたよ……。
「その牙の持ち主のことを教えてもらえないか? 単なる興味本位だから無理にとは言わない」
「そうですな。彼は私の師父と呼んでもよい御仁でした」
リュティエはこちらには目を向けず空を見上げたまま、言葉を続ける。
「お恥ずかしい話になりますが、よいですかな?」
「うん」
リュティエはそう前置きしてからポツリポツリと語り始めた。
独白するように淡々と語る姿は彼らしく、妙な安心感を覚える。
俺から見たリュティエは落ち着いた武人で感動屋という印象だけど、彼曰く若い頃は相当やんちゃだったらしい。
強さに憧れ、自分が最強たらんといろんな者と試合したり、時には喧嘩を吹っ掛けたり、逆もあったりと戦うことが彼の至上だった。
獣人の中でも身体能力に恵まれた虎族ということもあり、獣人の中で彼に敵う者はすぐにいなくなる。
次に彼は虎族と並ぶかそれ以上の身体能力を持つ竜人達と試合う。
そこでも彼は連戦連勝で向かうところ敵なしだった。この時の彼は竜人の秘められた力を知らなかったが、戦いに勝ったことは事実。
「俺が最強だ」と当時の彼は信じていた。
「幻滅しましたかな?」
「いや。何かを信じ、貫くことは悪いことじゃあないと思うよ」
「全く、ふじちま殿にかかればどのような者も聖人になりますな」
ガハハと豪快な笑い声をあげるリュティエ。
ひとしきり笑った後、彼は懐かしむように呟く。
「天狗になっていた折、あの御仁と出会ったのです」