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132.閑話 サマルカンド攻防戦4

 進む。

 もはや、邪魔してくるゴブリンはいなかった。

 矢と違い、強者と対峙するというのは恐怖の質がまるで異なる。

 矢はある種の不意の事故であり、矢自体に恐怖は感じるが濃密な殺気を感じとることなどない。

 しかし、濃密な死の気配を振りまく強者と対峙するには、確実な死の気配へ打ち克つ必要があるのだ。

 

『オマエラ、オレ様がやる』


 それでも、ブルーホーンは怯まない。

 ゴブリンキャプテンですら鎧袖一触の元に仕留めたフレデリックに対し、堂々と前に出た。


『ニンゲン。お前は強い。だが、俺の方がもっと強い』


 開口一番、ブルーホーンは自分の強さを主張する。まるでそれが自分の存在意義だと言わんばかりに。


「あなた方の思考はよくわかりません。打ち倒された部下に思うところはないのですか?」


 フレデリックは呆れたようにブルーホーンへ返す。

 彼にとって戦いは手段に過ぎない。目的の為に戦うことはあっても戦いが目的になることなど有り得ないからだ。


『オレが群れの長なのは強いからこそ。オレの群れは強さが最も尊ばれるのだ!』

「ふむ……理解できませんが、よろしい。あなたが敗れればそこで試合終了です」

『オレは最強だ! ゴ・ソーにもゴ・ザーにも負けない!』


 実に好ましい。一声で場を収めた目の前にいるこのゴブリンを潰すことで、奴らが恐慌を起こし算を乱して逃げてくれることが期待できる。

 この分だと目論見通りに進みそうですね……フレデリックは心の中でそう独白し彼にしては珍しく口元をニヤリとあげる。


「あなたからどうぞ」


 フレデリックは両踵を引っ付け背筋をピンと伸ばす。

 まるで館の中で主人を迎え入れる時のような姿勢であった。


 彼の態度に激昂するかと思われたブルーホーンであったが、左右の腰から吊り下げた曲刀を抜き構える。

 ブルーホーンが持つ曲刀は半円を描くほどに沿っており、公国ではあまり見ることがない武器であった。


「(その武器は)魔族のものでしょうか」

『キョウシュから剣の腕を認められたのはオレだけだ!』

「それは……楽しみです」

『行くぞ!』


 獣のような声をあげ、ブルーホーンは一息にフレデリックとの距離を詰める。

 勢いそのままに跳躍し、左右の曲刀を振り下ろす。

 しかし、フレデリックは背を逸らしあっさりと回避すると右脚を振るう。

 弧を描くように振るわれた彼の右脚はブルーホーンの左膝の裏側を捉える。


 バランスを崩しよろけるブルーホーンであったが、その場になんとか踏み止まった。


「こんなものですか。早々に立ち去った方があなた方の為だと思いますが?」

『オレは最強だ!』


 筋力、体力に関しては自分を凌ぎ、速度は同等だというのが今の立会いで感じたフレデリックの感想だ。

 しかし、彼らには技が足りない。駆け引きが足りない。深みが足りない。


 なにより……。


「覚悟が足りません」


 今度は上と横の軌道を描く曲刀。

 「これでは躱せまい」ブルーホーンはそう言っているようだった。

 フレデリックとてこの曲刀に触れればただでは済まないだろう。

 本能で剣を振るっているのかそうでないのか、フレデリックに窺い知ることはできないが、ブルーホーンの攻撃は全身の筋肉を使った見事な振りだった。


 これに対しフレデリックは真後ろに倒れ込み、膝だけ立てた姿勢で両手を地面につける。

 次の瞬間、横薙ぎに払われた曲刀が先ほどまで彼の胴があったところを抜けた。

 しかしまだブルーホーンの攻撃は終わらない。上から下へ振り下ろされた曲刀がフレデリックに迫る。


 対する彼は倒れ込んだ勢いを両手で受け止め、その勢いを体に乗せ背筋を反るように伸び上がった。

 彼の揃えた両足は曲刀を持つブルーホーンの手首を蹴り上げる。


 カラン――。

 曲刀が地面に転がった乾いた音が響き、ブルーホーンは上に蹴り上げられた右腕と横に流れた左腕の為にバランスを崩しそうになる。

 しかし、脚に力を込めなんとか体勢を立て直そうとする。


 一方でフレデリックは両手を地につけたまま、脚を真っ直ぐに伸ばす倒立の姿勢だった。

 肘を曲げ両足を開き回転するように腕の力だけで宙に浮くフレデリック。


 彼の足はブルーホーンの右腕を捉え、体ごと腕に巻きつくように張り付いた。

 彼の左足はブルーホーンの首に右足は胴体を。

 そのまま両手を力一杯引く。


 ――ゴキリ。

 鈍い音がして、ブルーホーンの右腕が折れた。

 痛みとフレデリックの体重を支えきれずにブルーホーンは仰向けに倒れ伏す。


「満足しましたか? そろそろお帰りいただきたいのですが」


 フレデリックが立ち上がり襟元を正す。余裕のある動きにも見えるがその実まるで隙がない。

 一たび彼が足を振るえば、起き上がろうとしているブルーホーンの命を容易に刈り取れることは、青色のゴブリン本人が一番理解していた。


『つ、強い……まさか俺より強いとは……』

「私にさえ勝てないようですと……話になりません」

『お前より強者がいるのか!?』

「ええ。ほらすぐそばにもいらっしゃいますよ」


 フレデリックは肩を竦め、首を右へ傾ける。


『ど、どうしたら強くなれるんだ』

「さあ。少なくとも自分のために拳を振るっているうちはそんなものじゃないでしょうか」

『よく……分からん』


 その時遠巻きに見ていたホブゴブリンの一体が、ブルーホーンへ近寄ろうと一歩前に出た。

 この動きに気がついたフレデリックは右手を上げ、弓を構えるタイタニアに「撃つな」と仕草で告げる。


『お、お前……』

『ボス。こいつらには敵わない』


 ホブゴブリンはブルーホーンの無事な方の腕を掴み、彼を引っ張り上げた。


「このままお帰りいただけるのでしたら、こちらも手を出しません」

『ボス……』


 フレデリックの言葉にホブゴブリンが諭すようにブルーホーンへ呼びかける。


『分かった。俺はそれでいい。だが、ゴ・ローのやつは』

「心配には及びません。そろそろゴ・ローなる者も敗れ去っているはずですからね」

『そうか……』


 ブルーホーンはもはや驚きもしなかった。

 目の前に立つこの強者がより強いと言う猛者がこの街にはいる。ならば、レッドホーンであっても敗れるのも無理はない。


「もし……再び攻め寄せることがあれば……」


 ヨロヨロと歩き始めたブルーホーンの背に向けて、フレデリックが言葉を続ける。


「このフレデリックが全て滅す。心に刻んでおいて下さい。私が必ずヤルとね」


 ブルーホーンに続き、他のゴブリン達も次々と踵を返し撤収して行く。


 ◆◆◆


 同じ頃、もう一方の戦場ではリュティエがレッドホーンことゴ・ローと対峙している。

 いや、対峙していた。


 リュティエは背中に携えた両手斧を抜き放つこともなく、レッドホーンを地面に転がしたのだ。


 レッドホーンの顎は砕け、左の肘もあらぬ方向へ曲がっている。


「とっとと立ち去るがよい。弱き者よ」

『俺が弱いだと!』

「そうだ。お前は自らの部下が見えぬのか? それが群の長たる姿なのか?」


 朗々とリュティエが語る。


「群の長たる者の器ではない。本来ならサマルカンドを害しようとした者は一体たりとも許しはしない」


 ゴブリンキャプテンに助け起こされたレッドホーンになど目もくれずリュティエは続ける。


「慈悲深き尊きふじちま殿が悲しまれる。だからこそ、お前らを逃がしてやる。だが、二度は無い。ゆめゆめ忘れるなかれ」


 くるりとレッドホーンから背を向けるリュティエ。

 絶好の機会ではあったが、この場にいたゴブリンらは誰もリュティエに手を出そうとはしなかった。

 ゴブリン達は皆、彼の圧倒的な気配に気圧されていたからだ。


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