115.ひとときの休息
よおし、準備ができたところでお次は――
――昼ごはんだ。
いつの間にか外に出て鹿を狩ってきたクラウスの部下達。
すぐに捌いて丸焼きにすることになったのである。
一応彼らの行動に対してクラウスに「外は危ないから注意してくれよ」と苦笑しながら告げたが、当の本人からは「いつも狩猟に出てるんだから大丈夫だって」と最もな返しを受けた。
言われてみると、彼らは平原に出て来る前からずっと兵士をしているわけだ。
つまり、巡回やらでモンスターや猛獣蔓延る地域へ出ていた。彼らは野営にも慣れているもんなあ。
鹿が一頭だけでは量が足りないと思って、メニューに七面鳥って項目があったので注文してみる。
ゴトリと慣れた音が宝箱から響き、ワギャンが蓋を開けてくれた。
「羽毛を取って洗浄済みか。ふじちまの魔法は本当に便利だな」
そのまま丸焼きにできそうな七面鳥を二羽それぞれの手に持ち、ワギャンが感心したようにぐるぐると喉を鳴らす。
「鹿の準備が整いやしたぜー」
「おー、これも頼む」
クラウスの部下に手を振り、ワギャンが両手を掲げる。
「喜んでー」
「お客様から鳥を二羽いただきましたー」
いつのも調子の彼らであった。
こんな態度でも腕は確かなんだよなー。いざという時は頼りにしてるぜ。
俺は何をしようかなあ。
そうだ、七味唐辛子でも出しておくか。例のカブトムシって調味料があったんだから、彼らにも受け入れやすいはずだ。
「ゴブリンはまだかなー」とソワソワして待っていたら、普通に食事タイムになる。
みんなは気にならないのかなと思い、周囲を見渡してみると俺のように落ち着かない様子なのはフェリックスだけだった。
おやあ?
みんなまだゴブリンは来ないと分かっているのかな?
首を傾げる俺の隣にワギャンが腰掛け、肉の乗った皿を置いてくれた。
「明日、明後日とこの時間に食事にするのだろう?」
「う、うん?」
「分かりやすい。だから良い手だと思う。竜人なら逆に警戒されてしまうかもしれないが」
「ん、んん」
あ、そういうことか。
やっと分かったよ。寝込み以外では一番襲撃しやすいのが食事の時間に違いない。
砦はゴブリン達からみたら堅牢に過ぎるから、俺たちに砦の中で待ち構えられたくないわけだし。
同じ時間に「外で」食事を摂ることにより、奴らに学習させるってわけだな。うん。
「来るとしたらいつだろう?」
「そら、兄ちゃん、最有力は明後日の昼。次が明日の夕方だな」
対面に腰かけたクラウスが肉がところどころに残った骨を振るう。相変わらずの行儀悪さだ。
こんなことをしても絵になるから……俺の中で闇の力が目覚めそうだよ。
「キミはクラウスと盛り上がっていることが多いけど、たまに拗ねるね」
遠回しに俺の心境を聞いてくるマルーブルク。彼は疑問に思ったことはすぐに口に出してくる。
ズケズケとした物言いだけど、これは彼なりの信頼の表れなんだ。悪い気なんてしない。
「マルーブルクはもうちょっと大人にならないと分からないかもな」
「ボクを……まあいいよ」
マルーブルクは子供扱いされて肩をすくめ口をすぼめるが、目が笑っている。
俺の推測だけど、彼の事は結構分かってきたつもりだ。
彼は幼くして大人顔負けの知性を持つ。
それに公国のトップたる公子なんだから、想像がつく。たぶん、彼は子供扱いされることが無かったんだと思う。
それに、為政者としては完璧な発言をする彼は平時にぎこちなさを見せるとことがあるんだ。
きっと彼は同年代の腹を割って話ができる友人や知人もいないのだろう。
天賦の才と身分が招いたこと。彼がどうこうできる問題じゃあないと俺は思う。
普通の子供のように振る舞うことだって彼にはできただろう。
しかし、彼はそうしなかった。
そうしなかったのは彼なりの矜持があったはず。
うまく言えないけど、その有り様は……誇り高く美しい。
もっと楽に生きていくことだってできる。でも、違うと我を通す。憧れるよ。
「じっと考え込んじゃって、言葉にするのは難しい、感じろってヤツかい?」
「あ、ごめんごめん。考えてた。んっとな……男には他人から見たらよく分からんことに拘ったり、盛り上がったりってとこがあるんだよ」
「ふーん。それは大人にならないと分からないってことかい?」
「おう。根本にあるのは『少年のような』気持ちだからな。現役の少年には分からないさ」
「クラウスくらいまで……二十年くらい経てばなのかな。それは……楽しみだ」
「ははは」
屈託の無い子供っぽい笑顔で目を細めるマルーブルクは年相応に見えた。
「兄ちゃん、俺たちと一緒にすんじゃねえよ。マルーブルク様はもっとこう……高貴で品がある大人になる」
「言いたいことは何となく分かるけど……同じ意味の言葉を並べるんじゃなくて、もうちょっとレパートリーを発揮して欲しいところだな」
「兄ちゃんも似たようなもんだろ。細かいことは気にするな。言葉はここだぜ?」
クラウスは左胸をガツンと拳で叩く。
キザだけど。キザなんだけど! 彼がやるとハマる。
「そうだな。フレデリックさんみたいな紳士になると思う」
「クスクス……二人とも面白い。大人も悪く無いね」
ダメな大人二人を参考にしない方が……と思いつつも曖昧な笑顔で誤魔化す俺であった。
◆◆◆
――二日後。
ノンビリとバカンスを楽しむこと二日。いよいよゴブリン達が俺たちの準備した食糧を奪い取ろうと動きを見せる。
「おー、いるわいるわ」
双眼鏡を片手に砦の最上階からグルリと周囲を見渡す。
砦から二百メートルほど離れたところに陣地を組むゴブリン達。陣地設営するには近すぎる気がするけど、俺たちはこっちから出向かないから距離は関係ない。
むしろ、俺にとっては近い方が良い。だって、奴らの姿をハッキリと確認できるからな(ただし、双眼鏡で見た時に限る)。
ゴブリン共の数は……凡そ五十ってとこか。
一般ゴブリンじゃあなく、ホブゴブリンや他の種類のがいるかどうかが問題だ。
んー。
見えねえ。
準備のいいことにボロ布でテントを設営しているもんだから、奴らの陣地の中を全て見渡すことができないんだ。
でも、絶対にテントの中にいると思う。
寝る前には陣地なんて無かったのに、朝起きたらこれだもんな。
こんなことなら、夜のうちにホブゴブリンがいるか確認しておけばよかった。
「おー。兄ちゃん。そろそろ昼飯ができるぜ」
「ありがとう。もうすぐ降りるよ」
ゴブリンが来ているが、俺たちのすることは変わらない。
油断しきった愚か者を演じる。
といっても、積み上げた麻袋の後ろに武器を隠しているけどな。
「どうした? さっきから難しい顔をして」
「あ、いや。ホブゴブリンはいるかなあと思ってさ」
「いるならそのうち出て来るだろ」
そうだな。クラウスの言う通りだ。
遅いか早いかなんて些細な問題だな。いるならこれから分かる。いないなら……来るまで餌を撒くだけ。
双眼鏡を首から下げ、クラウスへ階下に向かおうと目で示す。
しかし、彼はその場で留まったまま、何かを思いついたように指先で顎をさすり口を開く。
「そういや、兄ちゃん。ゴブリン共とでも言葉が通じるんだったよな」
「うん」
「前みたいにアレを使ったらどうだ? 出て来るかもよ。ホブゴブリンになっても直情傾向なんだろ?」
「前の個体はそうだったけど……やってみるのも面白いかもな」
「おう。やるなら面白おかしく頼むぜ!」
バンバンと俺の肩を叩くクラウスであった。