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意外な情報提供者

 それからひと月は、あっという間に過ぎて行った。


 あの男の予告通り私には翌日から監視が付いた。どこに行くにも、といっても大して出歩ける訳ではないけど、必ず2人の男が付いて回る。父や母といる時でも黙ってそこにいるので、最初は鬱陶しく思ったものの、気にしていてもしょうがないのでそのままにしておいた。


 唯一困ったのは食事で、何度私達が用意しても皿に手を付けず、持参してきた簡易食や乾パンのようなものを口にしていたので、一度「残ったら勿体ないからちゃんと食べて下さい」と私が怒った。

 片方の男が「用意してくれと頼んだ覚えはない」とか抜かすので、「私達の家で寝泊まりしている客人に、食事も出さないような失礼な真似はできません!」と怒鳴ると、

「『客人』ねえ……」と言いながらしぶしぶ口にするようになった。大きな出来事と言えばその位だ。


 何度か村にも行ったけど、村の人があからさまに私を避けるのであまり歓迎されてないのは分かったし、目も合わせてくれないのにひそひそと話だけが聞こえるのは気持ちの良いものではなかったので、自然と足が遠のいてしまった。


 領地の外に出るにも難しいし、内に誰かを呼び込むにも監視の目があるからあの男に筒抜けだ。返済の手だてを探して父も奔走してはいるが、周りの反応はあまり(かんば)しくなくないようで、疲れた顔で帰ってくる父を出迎えるのが最近の日課になっている。それでも、


「少しは休んで下さい、お父様」

「いや、納得が行くまでやらせてくれ。やるだけのことはやったと、そう思えねば諦めがつかん」


 と言われれば、私には返す言葉がない。


「随分必死なんですね」


 出て行く父の背を目で追いながら、監視の男二人の片方、ルパートが珍しく口を開く。


「これだけ手が回っていれば、無駄なのは分かっているでしょうに」

「そうですね。でも、止められません」

「今のままだとお父上はそのうちに倒れますよ」

「それが父の望みなら、それで構いません」

「話には聞いていましたが、噂通りグレイス様は冷酷な……」


 ルパートが私の顔を見て、顔を伏せる。


「言葉が過ぎました。申し訳ありません」


 私はルパートに、何も答えなかった。


 そうして、ひと月を過ぎた頃、父がちょっとした話を持ち帰ってきた。


「王子とアデリーヌ嬢の結婚が、日延べになったようだ」


 父の話に、私はああそうかと思い出す。

 そう言えば、「婚姻は来月」とか言っていたな。すっかり忘れていた。


「日延べですか?」

「いや、それを知っているのは私達だけになるのか。正確には『王子とアデリーヌ嬢の結婚式が2か月後に執り行われることが決まった』だな。近いうちにここにも布告が来るだろう」

「まあ、今月はいくら何でも間に合わなかったんでしょうね。準備もありますし」

「ただ、お前に大見得を切った割には腰砕けな話だな」

「それこそ私達しか知らない話ですから。向こうにとってはどうでも良いことなんでしょう」

「意外に冷静なのだな、グレイス」

「終わったことを思い出してあれこれ言うような未練がましいことは何もありませんから」


 そこで、意外な所から話に割り込む声。


「ちょっと待って下さい」

「何ですか、ルパートさん」

「前々から思っていたのですが、あなた方の会話、やはり変ですよね?」

「何がですか」

「いや。王子との婚約を破棄されたのはグレイスさん、あなたの方からだと」

「まあ、そういうことになってますね」

「ここに来てから1か月。ずっとあなた方の話を聞いていましたが、どうもそういう風に言っているようには見えないのですが」

「ルパート、余計なことは口にするな」


 もう一人の監視役、クリフがルパートを(たしなめ)める。


「クリフさんの言う通りですよルパートさん。あなた方は私の監視役なのですからこちらの事情を考える必要はありません。こう言っては何ですが、聞けば、あなたも巻き込まれますよ?」

「あなた方は、それで良いのですか?」

「ルパート」

「もう、終わったことですから」

「まだ、終わってないかも、しれませんよ」

「ルパート、やめろ」


 クリフさんが苛立ったようにルパートさんを制する。


「……王子の結婚に反対する連中がいるってさ。クリフ」

「ルパート!」

「いいじゃねえか。俺はお前に話してる。それを誰かが聞いてたらそれはたまたまだ。しょうがねえよ」

「……俺は、知らんぞ」


 二人の口調が、普段使っているような砕けたものに変わる。

 ルパート、さん。


「ああ、良いよ。でな、クリフ。その理由って知ってるか?」

「……知らん」

「どうやらな、前の婚約者がとんでもない散財をしたらしい」


 は?わ、私?


「宝石や装飾品はもちろん、買い取って拡充した領地に新しい屋敷と別荘、王都の一等地に今度は屋敷を建てるはずだったんだと」

「……それは、豪気なことだな。いくら位使ったんだろうな」

「聞いて驚け、金貨4000枚だ」


 よっ!よんせんまい!?誰が?私が!?


「とんでもない話だな」

「そうだろうそうだろう。何しろ金貨4000枚ともなれば大金だ。とても()()()使()()()()()()()()()()()

「そんな金、どこから出てきたんだ」

「どうやらそのグレイスって女が、王宮の帳簿責任者を誑し込んで、密かに王宮の予算を引き出していたらしい。まったく、大した女だよ」


 父と母は、ルパートの言っていることが理解できず、ぽかんとした顔で聞いている。たぶん私もだ。


「それから、どうなった」

「結局、その責任者が罪の重さに耐えられず、自分から進み出て白状したそうだ。グレイスの体に溺れて我を失ってしまったと」


 なっ!


「それで、王子がグレイスを呼び出し問い詰めた所、『たかが金貨4000枚くらいで大騒ぎするなんて意外とリチャード様も狭量ですのね。妻の器量を上げるための投資なら安いものではありませんか。むしろこの程度でよく収めたと褒めて欲しい位です』とのたまったそうだよ」

「その、責任者との不義については?」

「それも『女の甲斐性』で済ませたらしい。他にも30人以上の男と繋がりがあったとか」

「……それは、さすがに」

「そう。王子も腹に据えかねてグレイスを責めたらしい。そうしたら『男の気も惹けぬ女が好みなら、ほら、あの女でも相手にすれば良いのですよ。お望みなら婚約は解消して差し上げましょう。ですが、金貨4000枚は手切れ金として頂戴致します』て捨て台詞を吐いて、とっとと父親の領地へ引っ込んだとさ」

「何でグレイスは裁かれてないんだ。それでは誰も納得などせんぞ」

「幸い、彼女が買い求めた品や土地などは彼女の手に渡る前に押さえられたそうだ。まあ指輪や首飾りなんかのどうしようもないものは今の婚約者であるアデリーヌ様が使うことになって、買い求めた領地もたまたまブガッティ侯爵領の隣だったから、侯爵に預けて事は済んだそうだ」


 もしか、して。


「じゃあ、国には大きな損害はなかったんだな」

「残念だが金貨100枚程度の損は残ってしまった。が、娘の責を負って、父親が支払うそうだよ」

「彼女の罪は?」

「大きな被害もなく、結局損をしたのはグレイスだからな。激怒する王を王子が何とか宥めたらしい。『仮にもかつては私の婚約者だった女性です。彼女が過ちを犯したのなら、それは彼女の器量を見誤った私に責任があります。ですから彼女の罪を問うのでしたらまず私から裁いて下さい!』だと。泣かせる話じゃねえか」

「随分王子の株は上がったろうな」

「もちろん。そして、その王子を陰日向に支えてきたアデリーヌ様もな」

「グレイスは?」

「そりゃあもちろん国中の嫌われ者さ。可哀想なのはスタンレー家の領民だ。主人の娘がとんでもないことをしてくれたんだ。領民も後ろ指さされるのは免れない。たとえそれが()()()()()()()でも、2度とグレイスの顔は見たくないだろうな」


 そ、うか。そういう、ことか。


「最初の話」

「ああ。反対する連中のことか。そりゃあ今の話が出来過ぎだからだよ」

「出来過ぎ?」

「今話した内容だがな。証拠らしい証拠がない」

「グレイスがいるだろう。本人から直接訊けばいい」

「呼び出しに応じないらしいな」

「連れに行けば良いじゃないか」

「どうやら、大掛かりに私兵を集めて領地を固めているらしい。グレイスの傍にも、常に警護の男が2人付いていて手が出せないとさ」

「たかが地方の子爵だろう。力ずくでは?」

「それがなぜかそこについては王も消極的らしい」

「それでは反対派は納得しないだろう。帳簿責任者とやらは?」

「己の罪を悔いて、その日のうちに命を絶ったそうだ」


 そんな。なんと、惨いことを。


「商品や、土地の購入の記録は?」

「ある。が、記録にはグレイスがそれに関わった様子がない」

「それはおかしいな。それ派手に買い物をして、何も出ない筈がない」

「そうだな。結局、俺がさっき話した話は出所不明の、ただの噂話なんだよ。不自然に思うやつもいるだろうさ。それに、」

「まだあるのか」

「結果だけを見たら、グレイスはただの大損だ。逆に最も得をしたのは」

「ブガッティ侯爵とアデリーヌ」

「そうだな。そうしたらこう思う奴もいる。『もしかして今回の件は、王家とブガッティ侯爵が描いた茶番ではないか』と」

「なるほど。お前の話を聞けば可能性は否定できないな」

「だから、それがはっきりするまでは結婚など認められないと、それが反対派の言い分だ」


 そうか。ほんの少しだけど、そんな人もいたんだな。


「それで、反対派、というのは」

「まあ反対派というか、良識派と言った方が良いか。表には出てこねえが、どうやら大物が裏にいるらしい」

「なぜお前がそんなことを知っている」

「俺達の雇い豚が言ってたんだよ。『王の癖に身内の面倒も片付けられんのか』ってな」

「……身内、か」


 それって。まさか、


「今回の件、王妃様はだいぶ腹に据えかねたみたいだぞ。片っ端から協力者を集めているらしい。さ。俺も長話が過ぎたな。仕事仕事。ちゃんとグレイスさんを監視しとかねえと、雇い主から金を貰いそびれる」

「そうだな。仕事中の雑談だ。俺も聞かなかったことにしておこう」

「悪いな」


 それで、二人の長い会話は終わった。


「……ルパートさん。クリフさん。ありがとうございます」

「なんの話か分かりませんね、グレイスさん」

「それでも、お礼を言わせて下さい。ありがとうございます」


 ルパートさんが、ぽつり、と言う。


「『客人』なら、主人には礼をしませんとね。あなたの作った食事、美味しかったですよ」

「ええ、私も同感です」

「ルパートさん。クリフさん」

「まだ、何か?」


「あなた達が、私の監視役で良かった」

「監視されてるのに喜ぶって、やっぱりズレた方ですね。あなたは」

「そうでしょうか?」

「そうですとも」


 そう言って、ルパートとクリフは笑った。

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