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せめて、今日だけは

「『悪役』?」


 父が私に聞き返す。


「破棄のおり、私は王子から申し入れは私から行った、そう喧伝(けんでん)すると言われました。お父様達もそう聞いているのしょう?」

「そうだ」

「ですが実際は、アデリーヌ様を一刻も早く娶りたい王子が王様と画策し、私が自主的に婚約を破棄し出て行くよう仕向けた、というのが」

「それが、真実か」

「お父様とお母様は信じて下さいますか?」

「信じるとも」「信じますよ」


 そう言ってくれると、少しは溜飲も下がる。


「私達の耳にお前から婚約を破棄したという話が入ってきた時に、正直に言えば、なぜそのような結果に至ったのか問い質したい気持ちもあった。たが私達は風聞に惑わされて我が子を信じきれぬ愚かな親だったのだな。疑ってすまなかった、グレイス」


 父が私に頭を下げる。


「いえ、頭をお上げくださいお父様。まさかリチャードが、私の送る手紙まで抑え込むような真似をするとは思いませんでしたし、何も知らなければ疑ってしまうのは仕方のないことです」

「しかしグレイス、お前はそれで良いのか。王子の寵愛を袖にした女として、今後は好奇の目に晒されることになる。真実を知らぬ者はお前に辛く当たることもあるだろう」

「いえ、構いません。お父様とお母様さえ信じて頂けるのでしたら」

「私は、真実を打ち明けたいのだが……」


 父の苦悩も分からなくはないが、


「それはおやめ下さいお父様。そのようなことをしても大して意味はありません。相手は王家です、力ずくで揉み消されるに決まっていますし、無理をすればお父様の命に関わります。第一、お父様とお母様だからこそ信じて頂けたのです。何も知らぬ他人に事実はこうだと打ち明けた所で、容易に信じて貰えないことは分かり切っていますから」

「しかし」

「相手が、私達では到底太刀打ちできない相手である以上、そのことにいくら考えを及ぼしてもしょうがありません。それに私達には、目の前にもっと大きな問題がありますから」


 話が、つい先程までの出来事に戻る。


「金貨、550枚、か」

「申し訳ありませんお父様、私があの男の申し入れを受けていれば」

「謝る必要などない」


 父はきっぱりと答える。


「娘を借金のかたに売り渡すなどあり得ん。ましてあのような男に渡して、親がおめおめと生きていられると思うか。私でも答えは同じだった。お前が気に病む必要などない」

「ですが」

「グレイス。私はあの男の言う通り田舎者の愚物なのだろう」

「お父様、そんな」

「聞きなさい、グレイス」


 私を諭すように優しく言葉を掛ける父。


「それは良い。あ奴の言う通り、娘をこのような苦境に立たせてしまったのだ。責められても何も言えん。だが、人として、妻や娘、自分に恥じるような生き方はしたくない」

「……あなた」


 母が、父の言葉に何かを感じ取っている。


「この借金もいわば王子の嫌がらせだろう。その上グレイスを貶めるなど、何の恨みがあるのかは知らんがよくぞここまでやってくれたものだ」

「お父様」

「私もお前も彼らからみれば取るに足らない存在なのだろうが、私にとってはなにものにも代えがたい、大切な家族なのだ。それを辱められて笑っていられる程、私は人間ができていない」


 いけない。父を鎮めないと、このままでは暴発してしまう。


「あなた。私にも覚悟はできております」


 ああもう、お母様も火に油を注がないで。


「待って下さいお父様お母様、まだです!」

「グレイス?」

「まだ、3か月、あります」

「しかし、その時はもう」

「今、暴発しても、3か月後でも結果は変わりません。どちらにしても私達に支払う力などないのですから」

「だからこそせめて、意地を」

「そのお父様の覚悟も、あの方達には届きません。あの男が言った通り、どうなろうが痛くも痒くもない相手なのです。私達は」


 父が、ぎりぎりと拳を握りしめる。


「噛み付くことすら、できぬのか」

「そんな無駄なことに、貴重な家族の時間を費やしたくないのです」

「グレイス……」

「3か月ある、と私は言いましたが、違いますね。私達に残された時間は3か月しかないのです。ですから」

「……そうだな。その後でも、遅くはないか」

「どうせ勝てぬ戦です。精一杯やって、それで駄目ならすっぱり諦めましょう」

「……お前は、強くなったのだな、グレイス」

「あのような魔窟にいたのです。それが少しは役に立ったのかもしれませんね」

「そうか。エリナ、今日は久しぶりのグレイスとの食事だ。できる限り豪華にしてやってくれ」


 そう言えば。


「使用人たちはどうしたのですか?」

「もう、誰もおらん。お前の破談を聞いて腰が引けたのか、ほとんどが暇を乞うてきたので好きなようにさせてやった」

「皆、ですか?」

「古株の数人はそれでも残ると言って聞かなかったがな。私達と同じ思いをさせるのは忍びなくて、同様に暇を出した」

「あの御者は?」

「あれも、最後の務めを果たすと言ってな。お前に合わす顔がないと言って嘆いていたが、裏切っていたとはな」

「そうではありませんよ」

「どういうことだ?」

「遅かれ早かれ、あの男には私がここに帰ることは伝わっていたでしょう。ですから彼がそうしていてもいなくても大差ありません。それより、私達が彼に支払えなかった手当をあの男が払ってくれたのですから、その点は感謝しても良いかもしれませんね」


 私の言葉に父が絶句した後、苦笑いで答える。


「……本当に、強くなったのだな」

「先程まで泣いていたので、褒められた気はしませんが。ねえお母様」

「なに?グレイス」

「誰もいないのでしたら、今日は私とお母様で料理をしませんか?」

「そうね。そうね、グレイス。今日は私とあなたで、お父様のために腕を(ふる)いましょう」


 そう言って母が涙ぐむ。


「グレイス。私はあなたが私の娘で良かったと、心から思います」

「私もだ、グレイス」

「私も、お二人が私のお父様とお母様で良かったと、そう思います」


 はらはらと涙を流す母。

 母と私を温かく見守る父。


 王宮にはなかった温もりがここには確かにあると感じて、いつしか私もまた泣いていた。


 あの男の命で、明日には私にも監視が付けられる。領外はもとより、領内の活動にも制約は掛かるだろうし、家族3人で過ごせるのはおそらく今日が最後だろう。


 ならば。


 せめて今日だけは、全てを忘れさせて。

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