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望まざる来訪者

「この『契約者』がお父様というのは分かります。ですがなぜ『保証人』がお母様なんです?」

「形式的なものなので誰でも良いからと、その場にいたエリスが名を書いた」

「『保証人』とは、お父様が支払いを滞った時に肩代わり出来る者を指名するのが普通です。なぜ紹介したマイス侯爵ではないんですか?礼金まで払っているというのに」

「契約を急ぐのなら、マイス卿の返事を待つよりそうした方が早いと言われたのだ。お前の名が入っていないとは思わなかった」

「全文を読んで、自分に不利な条項がないか、抜け穴がないか確認するのは契約の基本ですよ?それすら怠っていたのですか?」

「グレイス、お父様を責めるような言い草はおやめなさい。お父様は貴女のためを思って」

「私の売買契約書にサインしたと?」


 私の言葉に母が押し黙る。


「……こんな杜撰(ずさん)な内容の契約書に、何の疑いもなくサインするなんて。知らなかったでは済まされませんよ」

「……お前の名が入ってないというのは、どういうことだ」

「そもそもこれは、私を狙い撃ちにした契約書です」

「分かるのか?」


 分からいでか。


「お父様やお母様、領民の身分を安堵するなんて、一介の金貸しにそんな権利はありません。お父様の爵位は王様から拝領されたもの。領民や領地も同様に王様から分け与えられたもので、統治権はお父様が持っていても、所有権は最終的には王様に属します。いわば王様から借り受けたものですよ?それに干渉するような真似をするなど、普通の金貸しならあり得ないことです。あと、」

「あと?」

「身分や地位、職は保障するとは書いてあっても、一番肝心な『財産を保障する』とはどこにも書いてありません。要するに、契約書に書いていないものは全て差し出せ、そういういうことですよ」

「そんな……」


 母が絶句する。


「金貸しにとって、『金にならないもの』に意味がないこと位はお判りでしょう?身分や地位はまさにそれです。ついでに言えば王様から頂いたものをそう簡単にやり取りできる訳がありませんから、逆にそういうものは邪魔にしかなりません」

「財産は、どうなる」

「借金の()()に、全部持って行かれるに決まっているでしょう」

「待てグレイス。返済の方法は特に指定されていなかったはずだぞ」


 ああもう何で理解できないかな!


「指定されていないから相手のやりたい放題なんです!まだ分からないんですか!」


 声を荒げる私に、気圧される父母。


「お父様とお母様がデルマンドと交わしたのはそう言う契約です!

 金利も期限も出鱈目!おまけにただで30枚もの金貨をくれてやって!金貸しがどうこうできる訳もない身分の保障をちらつかせて、恩着せがましく『安堵』などと言い!その実生きていくために必要なのもは何にも守られず、娘は借金の()()!『世間知らず』では済まされない暴挙ですよ!!」

「……」


 父も母も何も言えず、俯いてしまった。

 逃げずに顔を上げて下さい!

 私の顔を見て、きちんと話をして下さい!


「お取込み中でしたかな」


 ドアを開けて、一人の男が立っていた。


「いや、何度も呼んだのですが全く返事がないし、声は聞こえていてご在宅なのは分かりましたから、失礼とは思いましたがお邪魔させて頂きましたよ」


 繕ったような笑顔でこちらに話し掛ける男。もしや。


「ああ。そちらのグレイスお嬢様には初めてお目に掛かりますね。私はデリック=バートン。デルマンド銀行の融資担当で、スタンレー伯爵と奥方様とは懇意にさせて頂いております。よろしくお願い致します」


 こいつが、デルマンドの手先か。


「伯爵の屋敷に勝手に上り込むなど、さすがは名高いデルマンド銀行。私達の常識ではありえないことをなさいますね」

「こういう仕事をしていますと、()()()()()()なのでどうも常識というものが麻痺してきてまして。ご不快とは思いますがご容赦下さい。それに」

「それに、何ですか」

「本日は大切なお話もございましたので、当行の頭取も来ております。皆様お揃いのようですし、どうやら私共の契約についてお話のご様子。折角ですから私共を交えてお話をしたいのですが、お時間を頂戴できますか?」


 私の皮肉をさらりと(かわ)し、デリックがとんでもないことを言い出す。

 頭取?デルマンドの?なぜいきなり、このタイミングで?


「おい。もういいか」

「あ、頭取」


 待ちきれないように、のしのしと室内へ入ってくる、でっぷりと肥え太った男。


「迎えも出さず客を待たせるなど、さすが田舎子爵だ。礼儀も碌に知らぬと見える」


 入ってくるなり毒づく男。


「あ。いや、申し訳ない」


 お父様が思わず詫びを口にする。そうじゃないでしょう!


「ふん。まあいい、座らせてもらうぞ。田舎の道は足にきてかなわん」


 そう言うと、デリックを伴い私の横に来る。私は自分の席を譲ってお母様と同じソファへ。

 どすんと勢いよく男が座ると、ソファがべきり、と嫌な音を立てた。私の、定位置が。


「なんだ、随分脆いソファーだな。子爵はこんな安物しか使えんのか。客を迎えるならもっとまともなものを用意しておけ」

「それと」


 と、デリックが私達の座るソファを指す。


「入れ替えましょうか?」


 馬鹿なことを言わないで。犠牲が増えるだけでしょう。


「面倒臭いからこのままで良い。どうせ用件が終わればすぐに出て行くだけだからな」

「は。では話を」

「……名を」

「うん?」

「まず、名を名乗りなさい。何様のつもりかは知りませんが、他人の屋敷に勝手に上り込んでその態度は何ですか。デルマンドの頭取とやらは常識も碌に知らない田舎者ですか?」


 私の挑発にもさほど反応も示さず、頭取が言葉を返す。


「なるほど、それは悪かった。私の名を知らぬ者がいるとは思わなかったからな。さすがにこんな僻地には私の名も届かないか。おいデリック」

「はい。こちらの方は」

「自分で名乗りなさい。それが子爵に対する態度ですか」


 私の言葉に、頭取が目を細くする。


「……マウロ=デルマンドだ。デルマンド銀行の、頭取をしている」

「そうですか、こちらは父の」「そちらの紹介はいらん。知っているから用件に入るぞ」


 私の言葉を遮って、デルマンドが言う。

 私には、何から何まで反りの合わなさそうな相手だ。


「……では、私共の方から」


 デリックがやや気まずそうに話を始める。


「まずスタンレー伯爵家の皆様にお尋ね致しますが、期限までに全額ご返済の見込みはございますか?」

「……ない」

「やはり、そうですか」


 分かって聞いてくるあたり、この男もなかなかいやらしい。


「そうしますと、期日までのご返済額はおおよそですが金貨220枚となりますので」

「なっ!?」


 父と母が驚く。計算もしてなかったのかこの人達は。


「ど、どうしてそんな金額に」

「お父様。ここからは私に話をさせて下さい。お父様には荷が重すぎます」

「お嬢様は契約書の内容を?」

「先程読みました。随分、やってくれましたね?」

「さあ?仰っておられる意味が良く分かりませんが、確かにお嬢様の方が理解されているようですし、私共としてもその方が話が早くて助かります」


 いけしゃあしゃあと。


「そうですか。ではまずこの契約内容ですが、返済はできないと言ったらどうしますか?」

「そうですね。とりあえずスタンレー家の財産については全て差し押さえ、返済の一部に当てて頂きます」

「領民の財産は?」

「本来ならそちらも差し押さえたい所なのですが、かき集めた所で雀の涙ほどでしょうし、この後も彼らには働いて貰う必要がございますので、貴金属類や鉱石など価値のあるものだけにして、農具や生活用品についてはそのままにしておきましょう」

「残務は?」

「もちろん返済して頂きます。今回は急の用立てということで利息も少し上乗せいたしましたが、新たに契約を結んで頂き、利息も適正なものに変更させて頂きます。これこの通り、新しい契約書も準備して参りました」

「手回しの良いことですね」

「それが仕事ですから」


 私達の前に新しい契約書が置かれ、私はそれに目を通す。


「新たな契約は、金貨200枚」

「『補償金』としてお預かりしておりました金貨20枚は返済充当分と相殺させて頂いております。端数についても今回は事情が事情なので、配慮させて頂きました」

「利率は、年利で5分」

「どうですか?こちらとしても相当に融通させて頂いておりますよ」


 何恩着せがましいことを。しかしデリックの言う通り、金利としてはかなり良心的だ。それでも毎年金貨10枚の利息が付く訳だから、うちの財政では破綻まっしぐらだ。あとこれ、


「期限は……無期限!?」

「もちろん。全額返済して頂けるまで私達はいつまでもお待ち致しますよ」


 こいつらは、私達の骨の髄までしゃぶる気だ。

 あと、私が今回の契約で最も気になっていたというか。懸念していた部分が「特別条項」として記載されている。


「『グレイス=スタンレーが当行へ入行した場合、その貢献度に応じて金貨10枚から100枚を債務より相殺する』なんですかこれ!?」

「書いてある通りだ」


 そこでデルマンドがようやく口を開く。


「お前なら意味は分かるだろう、グレイス=スタンレー」

「私の身を売れと?」

「そこにそんなことは書いておらん。あくまでお前が『自主的に』当行へ入行し、『貢献』したらの話だ」

「『貢献』というのは?」

「具合の良し悪しも分からん未通娘(おぼこ)に、そうそう金が払えるか」


 ぐ、具合って。


「まあ中身は面倒そうだが、外面は良さそうだ」


 私の顔と胸元、腰の周りをねっとりとした視線で見るデルマンド。不快感が背筋を駆け上って冷や汗がたらり、と流れた。

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