幕間:密談
「頼む。何とかしてくれ」
「と言われましてもねえ。私も彼女には嫌われてますし」
「それでも部屋には入れるし、話もできるじゃないか」
「まあ、私は彼女の交渉相手ですから」
「それ!それだ!それを私が」
「無理です」
「なぜ」
「人には得手不得手がありますから。王子には向いていません」
「そんなことはやってみないと分からないだろう」
「王子にそれができるなら、そもそも彼女とここまで拗れることはなかったでしょうに」
「う」
「碌に確認も裏も取らず、噂だけで彼女とルパートを罵倒し、彼女を怒らせて、挙句に怪我まで負わせる。交渉相手としては最悪でしょう?」
「それは、悪かったと思ってる。だが怪我については不可抗力だ。まさか彼女があんな手を使ってくるとは思わなかったので、つい体が動いてしまっただけで」
「その位、我慢して下さいよ」
「お前、一度内股を抓られてみろ。あの痛さは斬られたり殴られたりするのとは訳が違うんだぞ。まだ鬱血してるんだ。全力で振り解いた訳でなし、打撲程度で収まったのを感謝して欲しい位なんだが」
「でしたらそう彼女に言ってみると良いですよ。多分二度と顔を合わせてはくれません」
「その位俺でも分かってる。ただの愚痴だ」
「そもそも、どうして彼女と話がしたいのですか?彼女は王子を良く思ってはいませんし、だからといってそれが王子になにか影響を与える訳ではないでしょう。謝罪の意思は私が伝えましたし、その話自体は彼女の中では終わった話です。王子には王都でやるべきこともありますから、そろそろお戻りになっては如何ですか?」
「いや、ちゃんと、謝罪を……」
「それはすでに王子の我儘です。彼女はそれを望んでいませんし、無理押しをすれば前回の二の舞ですよ」
「だから何とかしてくれと頼んでいるんだ」
「諦めて、王都に戻って頂けませんか」
「……大体、何で彼女はあんなに怒ってるんだ。確かに怪我を負わせたことは確かだが仕掛けたのは彼女だぞ」
「誰が見ても先に仕掛けたのは王子です」
「……それは、だから、悪いと思ってる。噂だけで勘違いをした俺が悪い」
「それも勘違いです。彼女から言われたことを忘れたんですか?」
「あにう、……ルパートの、ことか」
「そこで素直に『兄上』と言えれば、ここまで拗れなかったものを」
「……私は、あの男を許したわけではない」
「そんなに置いてけぼりが悔しかったんですか。王子が、彼のように国を出ることが叶わないこと位、重々ご承知でしょう」
「そんなことは関係ない!」
「では、国を出たただの男に拘る必要もないでしょう。忘れてしまえばそれで済む話です」
「……」
「そうではないというのなら、いつまでも子供のように駄々を捏ねるのではなく、きちんと彼に向き合いなさい。彼はあなたにそうしていたはずです、ルーファス」
「俺に説教する気か、デリック!」
「では、この話はここまでです。自分を客観的に見れる冷静さのないものに、民や兵を率いる資格はありませんよ、王子」
「……すまんデリック。自覚はしている。だが、まだ俺の中で、あの男を許すことができんのだ」
「忘れるか、向かい合うか。それは王子が決めることです」
「少し、時間をくれ」
「そちらはそれで構いませんが、彼女のことは?」
「ルパートのこととは別に、何とかできないだろうか」
「……そうですね。先程の件、グレイスさんに一度話してみては如何ですか?」
「いや、だから話をしてくれないと」
「ルパートの話なら、彼女は聞きます」
「……彼女は、ルパートのことを?」
「あの反応で分からない筈がないでしょう。そこまで鈍っておられるのですか?」
「いや、薄々は」
「薄々じゃありませんよ。誰が見てもそうじゃないですか。え?まさか、王子?」
「……そんな邪な気持ちはない」
「いやいやいや!駄目ですよ王子!これ以上面倒事を作らないで下さい!」
「だから、そんなつもりでは」
「だからそんなに拘ってたのですか!何です?彼女に抓られて変な趣味にでも目覚めましたか?」
「目覚めるか!」
「いや、その調子では彼女に会わせる訳にはいきませんね」
「だから邪推するなと言ってるだろう!」
「勘違いされてはいけませんよ?王子が今抱かれているそれは、彼女に対する負い目がそうさせているのです。ご自身で仰られたように、この屋敷で碌に会話したこともないではないですか」
「気性は荒いが、性根は真っ直ぐだと分かった。とても『悪女』などと呼ばれるような女性ではない」
「部屋にも入れて貰えないのに」
「今時には珍しいほどの身持ちの固さではないか。確かに不躾な態度で接すれば厳しく拒まれるが、きちんと手順を踏めば邪険にはされるまい」
「そうしてどうするつもりなんです!」
「……いや、特に、考えてはないが」
「考えまくってるではありませんか!いいですか!彼女の想い人はルパートです!」
「……わざわざ言わなくても良い」
「言わないと諦めないでしょう。そもそも出会いから付き合いの長さから信頼度まで全部王子は劣ってるんです。全くもって勝ち目はありません!」
「……やってみないと、分からないじゃないか」
「ああっ、何でそんな所で対抗意識燃やすんですか!そういうのは上の王子相手に取っておいて下さいよ!」
「ルパートはここにはいない。なら、打ち解けさえすれば私にも機会はある」
「さっき邪な気持ちはないと言ったばかりではないですか!」
「邪でなければ良いのだろうが」
「やめて下さい!その後始末を誰がすると思ってるんですか」
「知らん」
「……こう、何で兄弟揃って面倒な所だけ似たのでしょうかね……」
「俺とあの男は似ていない」
「そう思ってるのはあなただけですよ!」
「……とにかく、その件について私は一切関わり合いにはなりません。巻き添えを食えば、彼女との話に支障をきたします」
「分かった。なら自分でやる」
「何でその意欲を、もっと他の方向へ向けないんですか」
「自分でも、よく分からんが」
「は?」
「あのように、他人に想われるというのは羨ましいと、思う」
「王子」
「その相手がルパートというのなら、尚更だ。母の情愛を一身に受け、今また彼女に想いを寄せられる。なあデリック、どうしてそれが私ではないのだろうな」
「……お母上は、あなたにも愛情を注いでいたと思いますよ」
「では、最期の時までルパートの名を呼んでいたのは何故だ。何故私の名ではなかった」
「恨んで、おられるのですか」
「母を恨む子がいるものか。だが、羨ましいとは思った。心の底からな」
「グレイスさんは、お母上の代わりですか」
「馬鹿なことを言うな。彼女は彼女だ、母ではない。だが」
「何ですか」
「何かに惹かれるという感情を、誤魔化すことをしたくない、そう思っただけだ」
「それは、ルパートに向き合う覚悟を決めたと、そういうことですか」
「まだ上手くは説明できん。俺はお前のように弁が立つ訳ではないからな」
「……勝ち目は、ありませんよ」
「やってみなければ分からない」
「勝機を見定めることが出来ないものに、将たる器はありませんよ」
「なに。負けた所で命まで取られる訳ではない。それに、負け戦だというならそれもまた私の経験になる。得はすれど損はない」
「グレイスさんが聞いたら、怒るでしょうねえ」
「いや正直、女性からあのように真っ直ぐ怒りを向けて来られたのは初めてだ。それも理由かもしれんな」
「やはり、変な趣味に目覚めたのではないですか」
「それならそれでも良い。まあ見ていろ。お前の予想を覆して見せる」
「……私は知りませんよ」
くしゅん!
うわ寒っ!冬でもないのに悪寒がするとか、また碌でもないこと起こるんじゃないでしょうね。
こんこん。扉がノックされる。
嫌な予感は早々に当たった。
またこの人か、面倒臭いなあ。
「今日は、詫びに来た訳ではない。少しばかり、ルパートの話をしようと思ってな」
「別にいいです」
「まあそう言うな。君も知りたいだろう?子供の頃の、兄上の話を」
「『兄上』?」
「何だ、自分の兄をそう呼んではいけないか?」
「い、いえ」
「まだ体は動かないのだろう。どうせ暇を持て余すのなら、少しくらい昔話につき合ってくれても良かろう」
まあ。少しは態度も改まったし、
許す訳ではないけど、話くらいは聞いてやっても良いか。
「聞きましょう」
「分かった」
そう言って笑った王子様は、やっぱりルパートさんに似ていて、
ちょっとやり難い。




