ゆるせないこと
「こういった話はお好みではないでしょうが、まああの王子は手癖の悪いお方で」
知ってます。ああ知ってますとも。
「まともな女性ではお相手は厳しいかと思いましてね。こちらでそれなりの女性を準備させて頂いた訳です。まあ身元もよく調べずに、緩過ぎてこちらが拍子抜けしたくらいです。上手い具合に王子の寵愛も得ましたしね」
寵愛?あの痴態がそんな上品なものか。
それを見せられた私の身にもなってみろ。
「グレイスさん。もしかして、怒っておられます?」
「そのアデリーヌさんから、何も聞いてないんですか?」
「……ああ。いや、何というか、少しばかり悪趣味な話は」
「趣味で済ますな!」
ばん!あいたたた。
「治りかけなんですから無茶は駄目ですよ。グレイスさん」
私の剣幕にもまるっきり動じないデリック。ああもう。いたた。
「王子はともかく、アデリーヌの方はやむを得ない事情ですから、そこはお察し下さい。断れないのはご存じでしょう?貴女と違って、彼女は王子の寵愛を失う訳にはいかなかったのです」
「……あなた方は、そんな下卑たことまでするのですか」
「事を進めるために必要なら何でもやりますよ。国の存亡が係っていますから」
「そのために、アデリーヌさんを犠牲に?」
「その点に関しては問題ありません。先程の件を除けば、アデリーヌ自身が乗り気でしたので」
「の、のりき?」
「ええ。グレイスさんには理解できないでしょうが、アデリーヌ自身も割と奔放なので、王子に身を売り渡すと言った悲壮感とは無縁でして。希望者を募った時、真っ先に手を挙げた位です」
は?なに、それ。
「ですから、グレイスさんには分からないと言ったでしょう。ある種の女性にとっては、そういう身の振り方も一つの選択なのです。考えて御覧なさい。今まで着たことのないような贅を尽くした服を身に纏い、口にしたことのない美食を堪能する。一歩表に出れば、爵位を冠した貴族連中が傅き自分を褒め称える。あげく己が身一つで一国の王子を振り回せるんです」
「私、そんなことされた覚えありませんよ」
「寵愛を受けるというのはそういうことですから」
何だろうな。この人の話、聞けば聞くほど腹が立つんだけど。
「結果から見たら彼女が一番の『悪女』ですね。まあ」
なに。
「今の所、その評判はグレイスさんにあるんですが」
「はああああああああああああ!?」
「いや御存じのはずですが。『悪女』の評判はおおよそそんなものですよ」
私、噂ではあんななの?うそだあ。ぜったいうそだあ。
「現実を見ましょうかグレイスさん。逃げても状況は変わりませんよ?」
「だ、だって、わ、私、あんなはしたなく」
涙出てきた。
「……これは大変、言い難いことなんですが」
「まだ、あるんですか」ぐす。
「その噂広めるのに、手を貸しました」
「誰が」
「私達が」
「私達って、どのくらい」
「……エルラント、総掛かりで」
もういやだあああああおよめにいけないいいいいいいいい。
るぱあああとさあああああんるぱあああとさあああああん。
ばんばんばんばんばん!
テーブル叩いて、私が号泣して、話が止まった。
初めてデリックが申し訳なさそうな顔をしてるけど全然嬉しくない。
「予想以上にグレイスさんが箱入りで、驚いています」
「なに、を、いまさら」
「ある程度は予想していたのでしょう?」
「そこまで、ひどいとは、思って、ませんでした」
「デルマンドとのやりとりの時は気丈にしておられたので、こうも身持ちが固い方とは」
「あなた達、デルマンドより、悪質です」
「それを言われると返す言葉もありません。ですがもう後戻りは効かないもので」
「あと、戻り?」
「貴女をこの屋敷に引き留めた理由でもあります」
もういやだこの人。というかもうエルラントは敵。
「そろそろおいでになる頃なのですが」
それからすぐ廊下を進む複数の足音がして、私達のいる部屋がノックされた。
「はい」
「王子がお着きになりました」
「そうですか。どうぞ中へ」
デリックが立つ。
え?
今、「王子」って言った?王子って、もしかして、リチャード?
このあれこれの元凶が、ここに?何で!
かちゃりと開いた扉から入ってきたのはしかし、リチャードではなかった。
羽織った外套を脱ぐと、簡素ではあるけれど胸当てと肩当てを身に付けている。腰に佩いているのは同じく黒い外装の幅広い剣。デリックの言葉で行くならこの人が「王子」だけど。
まさか。
「……ルパート、さん?」
私の言葉に、わずかに表情を変える「王子」。
「違いますよ。グレイスさん」
「え、でも」
「似てますが、他人です」
「血が繋がっているから、他人というのも語弊があるがな」
はい?
「君がグレイス=スタンレーか」
「あ、は、はい」
「私はルーファス=ヴィルフォード。エルラントのローレリア侵攻にあたり、将軍の命を受けた者だ」
「え、でも、今『王子』って」
「国に帰れば王子だが、ここでその肩書は不要だろう」
ああ、でもよく見たらルパートさんとはちょっと違う。
髪の色とか目の色とかは同じだけど、髪は綺麗に整えられて無精髭もないし、顔つきもルパートさんよりは生真面目そうというか武張った感じで、ルパートさんのような緩さはない。どちらかというと厳しい目つきで。あ、いや、そうじゃなくて、
「さっきの」
「うん?」
「血が、繋がってるって」
「ルパートのことか」
「はい」
「私とルパートは兄弟だ、血の繋がりは母方だけだがな」
「母方……」
「だから父である王の血は引いていないし、無論、王位継承権もない、ただの布衣だ。残念だったな」
「残念って、どういうことでしょうか?」
「いやグレイスさんちょっとお待ち下さい」
デリックが私を制そうと前に出るのを、目の前の王子が留める。
「言葉の通りだが。ローレリアの次はエルラントが狙いか?『悪女』の名に恥じぬ強欲さだな。ルパートめ、こんな色香だけの娘に惑わされたか、面汚しめ」
「なん、ですって」
「ちょ、ちょっとお待ちくださいお二方!王子!私の使いは」
「待つ暇があるならさっさと処断した方が手っ取り早い。こちらから出向いて来ただけだ」
「では、事情をご存じないのですか!」
「今、ルパートさんのこと、何て言いました」
「何だ。誑かした男に情でも湧いたか」
「王子!」
慌ててるデリックを見て、ちょっと気持ちが落ち着いた。
よし。
少しだけ動けばいい。お願い、私の手足。
「……意外にエルラントの将軍は狭量ですのね」
「……なに」
「だってそうでしょう。他人の家にずかずか上り込んで、いきなり女性に対して悪罵雑言。とても礼節のある方のなさりようではありませんね。ああでも、エルラントのような田舎暮らしでは、礼節などでは食べていけませんものね。野卑には野卑の生活があるでしょうから」
黙って、王子が剣の柄に手を掛ける。
抜かせたら、勝ち目はない。
ぷっ。
「何がおかしい、娘」
「その娘相手に、大仰に剣を手にしようとしているあなたは、娘以下でしょう。やはり恥も知らぬ方ですね」
「グレイスさん!もう王子を煽らないで下さい!」
知らない。仕掛けたのはそっちだ。
王子は腰から剣を外して、こちらに歩いてくる。間にデリックが入ろうとして、王子に振り飛ばされた。動けないこっちとしても都合がいい。でも、この王子はデルマンドのようにうまく嵌ってくれるだろうか。
……迷うな。さっきの言葉を、思い出せ。
頭、届かない。胸と肩は論外。腹は、効かないかも。
下はどうだろう。急所、脛、甲は防護している。背中側は、難しい。
「随分と、言いたい放題だな」
目の前の王子はルパートさんより少し背が高いくらいで、近くで見てもそっくりだけど、
でも、ルパートさんは、私にそんな顔を向けない。絶対に。
「何か仕掛けようと思っているのだろうが、その細腕で何かできると思うのなら、やってみればいい」
デルマンドと似たようなことを言って。後悔するな。
私は、戦い方なんか知らない小娘のように、腹に体ごとぶつかって、そして、
そこを右指で全力で抓り上げた。
ぎ。
痛みに挙げる声を噛み殺して王子様が苦悶の表情になる。
痛いでしょ。太ももの内側を千切れる程抓ってあげたんだ。
絶対に痛い筈だ。
「お、まえ」
「私のことはいい。でも」
顔を下げた王子の顔に左手で、
ぱちん。
「ルパートさんのことは許さない」
そう言った瞬間、私は体ごと王子に吹き飛ばされた。
ああ。やっぱりグーで殴っとけば良かったかな。
でも、ルパートさんと同じ顔、ほっぺた叩くのが精一杯だ。
ルパートさん。
ちゃんとできなくて、ごめんなさい。
私の意識は、そこで途切れた。




