交渉
膝をつき、崩れるデルマンド。でもその手は私の両手を掴んだまま離さない。
意識はもうない筈なのに。
両手を引き剥がそうと力を入れた瞬間、両膝に激痛が走った。
「いいですか?これはあくまで最後の手段です。金属の中でも比較的柔らかい鉛ですが、それでも膝に掛かる衝撃は生半可なものではありません。最悪、膝が割れる可能性もありますし、歩くのも困難になります。ですから、本当にぎりぎりの時にしか使ってはいけませんよ?」
ルパートさんの注意を思い出す。どの位の痛みなのか試す訳にもいかなかったので、その時になってみないと分からないと言われたけど、こんなに痛いんだったらもっと強めに警告して欲しかったよルパートさん。
取りあえずデルマンドの手を強引に振り解く。手首もかなり痛い。両手首を見ると、うっ血してくっきり痕がついている。ああもうこの男だけは!
もう一度蹴り飛ばしたい欲求を抑えて、膝の布を外す。何かは言いたくないけどデルマンドの体から出た液体で布はぐっしょりになってるし、さすがにもうこれを付けたままでは動けない。デルマンドが言っていたけど他にも手下がいるようだし一刻も早くここから脱出しないと。
「おや、意外な結末ですね」
入口から新たな声が掛かる。遅かったか。
「ほう。それで頭取の股間を一撃、ですか。いや、なかなかえぐい事をなされますねグレイスさん」
この、声は。
「デリック、さん」
「はい」
「なんで、ここに」
「今日は頭取のお供ですよ。しかしまあ、とんでもないことになってしまいました」
芝居ががった大仰な口調で言うデリック。
「私達は正当な権利で借金の返済を求めに来ただけなのですが」
「これが、そう見えますか?」
「まあいくらかの行き違いが生じたようではありますが、暴力はいけませんよ?グレイスさん」
「私は、この男に襲われたんですよ?」
「まあ頭取は少しばかり熱が入ってしまったようですが、襲うなどとはとんでもない。あくまで返済の確認に来ただけなのです。それをこのような形で返されれば、私共も泣き寝入りする訳には行きませんね」
「今度は、どんな脚本を持ってきたんですか」
がたん、と椅子を引いて腰掛ける私。
デリックの態度は今すぐ私をどうこうするつもりではなさそうだし、とにかく膝が痛い。この痛みではどうせ走って逃げることもできないし、選択の余地がないなら座る位は構わないだろう。
デリックの後ろから数人の男が入って来る。ああ、これはいよいよ駄目だな。
「頭取が怪我をされています。すぐ医者の所へ連れて行って下さい」
「いや、しかしその女を」
「こんな所で変な色気を出すと、後から頭取の怒りを買いますよ?意識を失っておられるようですし、急いで下さい」
「わ、分かりました」
「私はこの方とお話があります。あなた方が期待するようなことは起こりませんからそのまま引き揚げなさい」
デリックの言葉に不満げな男達。
こいつらもそれしか考えてないのかほんとにもう!
懐から袋を取り出すと男達に投げ渡すデリック。がしゃ、と金属独特の音が響いた。
「報酬を多めにしています。それで我慢なさい」
袋を開け覗き込む男達。納得したのか、その後は逆らうこともなくデルマンドを数人で抱え上げて運び出す。男達が去ると、私とデリックだけが残った。
「それにしても無茶をなされますね。頭取はああ見えて元々は凄腕の、」
「あの男の話はいいです。さっきの続きを」
デリックが肩を竦める。仕草がいちいちわざとらしい。
「では、出来るだけ簡単に。今回の騒動も含め、貴女には全ての責任を取って頂きます」
責任?何の。
「まずいくつか説明を。グレイスさん、貴女のご両親はこの領地を捨てて逃げられました」
逃げた、って。
「あなた達、父や母にまで何かしようとしたの!?」
「さあ?貴女のご両親がこの地を捨てて逃げた。私から言えることはそれだけです」
「私の護衛をしてくれていた方達は?」
「『護衛』?ああ、あの二人のことですか。ルパートはご両親と一緒に脱出したようですね。クリフは手傷を負ったようですが同じく逃げ出したようです」
「本当に?」
「まあ、どちらも死体にはなっていないようですね」
そう。無事なら良いけど。
「ですから、今、私共に返済が可能な方は貴女しかいません」
「……私に、どうしろと?」
「体で支払えなどと無体なことを言うつもりはありませんよ。まあ、頭取もあの様子ではしばらく何もできないでしょうし、私はそういうものに興味はありませんので」
「返済できるあては、ありませんよ?」
「それについて、私からひとつ提案があります」
提案?
「先程、脚本と言われましたね?グレイスさんは聡い方のようですから、」
「……悪女の次は、何をやらせるつもりですか?」
「まあそれなりの役は演じて頂きたいところです。例えば、両親を追い出して領主の座に収まった娘、とかはいかがでしょうか?」
「それが、あなた達に何の得になるんですか?」
「得というか、意味はあるのですが今はまだ話せませんね」
「……何を、企んでるんですか?」
「それも言えません。ただ、」
「ただ?」
「頭取のあのざま、個人的には喝采を上げました」
はあ?
「断っておきますが。私は貴女の味方ではありませんよ。ですが、明確な意味での敵でもありません。そうですね、脚本家とでも思って下さい」
「言っている意味が、分かりません。どういうことですか?」
「それもまだ貴女が知る必要はありません。ですから、貴方はしばらくこの領内で大人しくしていて下さい。申し訳ありませんが今日からは屋敷に移って頂きます。使用人も付けますので屋敷の中では不自由させませんが、外に出ることは控えて下さい」
デリックの思惑が私には全く分からない。この人は何を考えている?
「私の言うことを聞いて頂ければ、返済についてはなかったことにしても構いません」
は!?
「なんで、そんな」
「まあ、言ってしまえばこの借金は言い掛かりみたいなものですから。金貨100枚など、私共にとってはどうでも良い金額なのですよ」
「そこまで、言って良いのですか?」
「私共にとってはどちらかというと、グレイスさんの身柄を押さえることが要でしてね。まあ頭取とは違った意味になりますが」
「私、の?」
「グレイスさんは良くお分かりではないようですが、貴女は今、世間で最も注目を浴びている方なのですよ」
「『悪女』の噂以外に、何か」
「勿論その話もそうですが、噂と言うのは思い掛けず膨らんだり捻じれたりするものでしてね。今の貴女の価値は金貨100枚では到底折り合わない」
「説明して下さい」
「申し訳ありませんがそれはできません。こちらのお願いは、私が良いというまで屋敷から一歩も出ないこと。それを守って頂ければ先程の帳消しの件、お約束しましょう」
本当に、目の前のこの男は何を考えているのか。
「悪い話ではないと思いますが?勿論無理強いはしませんが、頭取に引き渡すのも後味が悪いのでお受け頂きたいのですがねえ」
「私の身は、守ると?」
「頭取には今後手を出させないことはお約束しますよ。まああの男が『頭取』と呼ばれるのも時間の問題ですが」
展開が急過ぎて、どう判断していいか分からない。けど、
「ひとまず、あなたの言う通りにします」
「それは良いご判断です。では早速、と行きたい所ですが、まずその手と足の治療が先でしょうかね。医者と世話をする者を連れてきますので、そのままお待ち頂けますか?」
「……ええ」
「くれぐれも、約束を反故にするようなことはしないで下さいね」
そう言って、デリックは扉の向こうに消えた。
……今、私の周りで何が起きているの?
お父様、お母様。クリフさん。
……ルパート。
みんなは、無事なの?




