悪意を喰らう
「デルマンド頭取が、ここに来るそうです」
ルパートさんの言葉に、私は凍りついた。
「もうすぐ返済の期限日ですから、今後の『契約』について話がある、と」
「……そうで、すか」
動揺を隠せない私を気遣うように、ルパートさんが言葉を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
この人に、余計な心配をさせてはいけない。この人は、私の「監視役」なのだから。
「いずれ来る話と、分かってはいたのですが。心の準備が足りていませんでしたね」
そう自嘲じみた笑みを返すと、ルパートさんは困ったように、
「申し訳ありません。驚かせるつもりはなかったのですが」
「いえ、たぶんいつ聞いても同じ反応をしていたでしょうし、早いか遅いかだけの違いですよ」
「そう、ですか」
「はい。ところでデルマンド頭取はいつ来ると?」
「今日、これからだそうです」
今日!?
「随分と、早い来訪ですね」
「私も、つい先程クリフから聞きました。『そろそろ収穫に来る』と。随分と下卑た言い回しをする男のようですね」
「……ルパートさんは頭取に会ったことはないのですか?」
「私がこの仕事を請け負った時に会ったのはデリックという人物で、金がデルマンドから出ているのは聞いていますが、直接顔を合わせたことはありません」
「どういう人物かは?」
「真っ当な金貸しですらないと聞いています。話を聞いた時にこの仕事、一度は降りようと思ったのですがね」
「なぜ、降りなかったのですか?」
「……残るべきだと、思いました」
そうか。ルパートさん達は私を気遣ってくれてたんだ。
「ありがとうございます」
「私達は、礼を言われるような、立派な仕事をしている訳ではありませんから」
「それでも、ありがとうございます」
「……やっぱり貴女は、変わり者ですよ」
「感謝の気持ちも碌に伝えられないようなら、私は変わり者で充分です」
「ふん。鼻っ柱は相変わらず強そうだな、グレイス=スタンレー」
いきなり割り込んできた、不快しか感じない声色に、私は思わず椅子を倒して立ち上がった。
「頭取、もう!?」
入口に立ち、葉巻を燻らせながらデルマンドが言い放つ。
「前回も相当なあばら屋だったが、何だここは?人が住む家か?」
ここに居を移せと指示したのは、あなたでしょうに。
「それは随分な言い草ですね。これでも私達でかなり手を入れたのですが」
そう答えるルパートさんに、
「誰だお前?なぜここにいる」
「私はルパート。監視役ですよ」
「ああ、デリックが集めた連中の一人か。それがなぜここにいる」
「私はグレイスさんの傍で監視するよう命じられましたから」
「ふん、そうか。まあいい、お前の役目はここで終わりだ。デリックから金を受け取ってとっととここから立ち去れ」
そう言ってずかずかと家に入って来るデルマンド。
「残念ですが、それは聞けないお話ですね」
「ああん!?」
「私の雇い主はデリックさんで、あなたではありませんよ」
「そのデリックは、私の配下だ」
「それは、あなたとデリックさんだけに通じる話であって、私がデリックさんと結んだ契約に『デルマンド頭取に従え』とはどこにも書いてありませんでしたよ?」
「ならば、デリックを呼んで来い!今すぐ契約を破棄してやる」
「私が受けた命はグレイス=スタンレー嬢の監視であって、彼女から目を離すわけにはいきません。私が目を離した隙に彼女が逃亡したら、責を問われるのは私です」
ルパートさんの言い様が余程鼻についたのか、デルマンドが、
「良いからそこをどけ。私は客だ、相変わらず礼儀も躾も碌に出来ておらんようだな?グレイス=スタンレー」
そう言って私を見た。
「ルパートさん、すみませんが」
「ええ、私は立っていますので椅子はそちらの方に」
ルパートさんが席を立ち、デルマンドに席を空ける。デルマンドは、それがさも当然といった体で椅子に座ろう、とするが肘掛けが邪魔でうまく腰を下ろせない。どれだけ肥え太ればそうなるんだ。
ばきん、と音をたてて、左の肘掛けが折れた。デルマンドは面倒臭そうにその残骸を床に放り投げて、
「安物に私を座らせおって。客用にソファ位準備できんのか」
「そのような物を買う金があれば、返済に充てますから」
私も倒した椅子を引き起こして座る。
「ふん。口先では何とでも言えるな。それで?返済の目途は立ったのか」
「父と母は何と?」
「『娘に全部任せている』と言いおった。親が子を見捨てるとは世もだな」
そう言っていやらしい笑いを見せるデルマンド。
「さすがはグレイスさんのご両親ですね。娘を信じて一任するとは、中々できることではありませんよ」
デルマンドと全く逆に、両親を褒めるルパートさん。
「何だお前。この娘に情でも湧いたか?それとも王子のように、この女の色香に誑かされたか?」
「さあ?私は私の思うまま、自分の意見を述べただけですので」
ルパートさんの度々の切り返しに、デルマンドは段々と苛立ちを隠せなくなっている。
前回は余裕綽々と言った感じの態度だったデルマンドだけど、こうしてルパートさんに遣り込められている姿を見ると、小物臭が半端ない。
「お前、私に逆らって、この国でやっていけるとでも思っているのか」
うわ、本当に小物の言い草だ。
「そんな脅しは、この国の人間に言うと良い。私はこの国には何の恩義も借りもないのでね。居心地が悪くなれば、余所に行くだけだ」
「ならば、とっとと出て行け!」
「それを決めるのはあなたではない。さっきも言ったが私の契約はデリックさんとの間で結ばれたものだし、それが終われば留まるも出て行くも私の自由だ。あなたは何の権利があって私に指図するのかね?」
「き、さま……」
「誰の威を借りて遠吠えているかは知らんが、所詮あなたもただの使い走りだろう。小物なら小物らしく、身の丈に応じた振る舞いをするのだな」
うわあ。ルパートさん、ばっさりだ。正直、気持ち良い啖呵にこれまでの溜飲が下がる。
でも、いつものルパートさんと、何かが違う。
「……よくぞ、そこまで言った」
デルマンドは、声の調子を落とし、絞り出すように言い放つ。
「名前を、聞いておこうか」
「もう忘れたのかね?金勘定と他人を陥れることばかり考えているから他人の名も碌に覚えられん。それとも」
ルパートさんが自身の頭を指でとんとんと叩いて、
「そこに詰まっているのは脂身か?」
その瞬間、デルマンドの袖から何かが飛び出し、ルパートさんの喉元へ、
「こそこそと立ち回る人間に相応しい武器だな。『暗器』か。おそらくかつては一端の使い手だったろうに、その体や魂と同時に、腕まで腐らせたか」
そう言って、ルパートさんは手にしたそれをくるくると回した。
黒い針、というか棘のようなもの。
「豚が、狼をどうにかできるなどと思わんことだ。豚は豚らしく、飼い主から餌でも乞うていろ。それすら出来んのなら」
ルパートさんの右手が霞んで、
「がっ!」
デルマンドの声が上がった。
「焼いて食われるか、煮て食われるかだが、どちらにするね?」
針が、デルマンドの右の手の甲を刺し貫いていた。




