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青色模様  作者: 海老優雅
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雨宮パート②

すみません少し間が開きました。

 私の学校ではそこそこ頻繁に道徳の授業をする。私は今日山に行きたい。正直こんな授業に意味はないのだから、早く帰らせてほしい。

 道徳の時間はとても退屈だと思う。無難なタイミングで手を挙げて、周りの顔を見るだけ。自分が空気を読んで毎日を過ごしていることは分かっている。でもどうしようもない。周りから浮いていじめられたくないし、本音を言ったところでなにが変わるわけでもないこともわかっている。

 だからまじで早く帰らせてほしい。

 ようやく授業が終わった。一刻も早く帰りたいが私にとってはむしろこれからのほうが億劫だった。女子数人が教室の後ろに集まり、私もそこに行く。別に行きたいわけではないが、行かなくてはならない。いわゆる定時報告会というやつ、井戸端会議というやつだ。まずはさっきの道徳に関する話から始まり、時間は少しずつ遡り、最後のほうでは昨日の帰りに公園で誰々と誰々を見たまじ爆ぜればいい。とかそんな話題にまで遡る。正直誰が誰を好きとか、誰が誰を嫌いとかどうでもいい。まあどうでもいいとはいえ、これからもし翌日の会話などに出てきて話題に付いていけないで空気を悪くするのもいやいやながらも参加しているという訳だ。ちなみにこういうグループにおいて話の中心となって主導権を握るのは大抵声の大きい人だ。基本的に女子高生の間に能力の差は基本的にない。太古なら米の作り方を知っていた人、現代社会では仕事の出来る奴や頭のいい人、あるいは金を持っている人が話の中心を担うわけだが、女子高生においてはそういった全員の共通項、比べる部分があまりないため、単純に目立つ人が話の中心を担うというわけだ。

 今だって、ピアノがうまい人や陸上部のエース、SNSでそこそこの知名度がある子を差し置いて話の中心となって男子や先生、あるいはここにいない女子の批判をしているのは、声の大きい茶髪の女子だ。特別なにができるわけではないはずだがなぜか話の中心を担っている。まあおしゃれだとか、声が大きい、動作が大きいなどということを才能だとか魅力だとかいえないわけではないが、本来学校で禁止のはずの化粧やネイルや染髪、大声で騒ぐことなんかは私からすればマイナスポイントでしかないからどうも認める気になれないのだ。

 ようやく開放されたのは授業終了からかなり経ってからだった。私は疲れた足を引きずりながらも校門を出た。でも不思議だ。さっきまであんなに疲れていたのに、山を登る足は軽やかで気も楽だ。私はかなりのペースで山を登り、秘密基地と呼んでいた小屋に着くまではそう時間はかからなかった。

 入ってまず思い出したのは扉の勝手の悪さ。ここの扉はとにかく開きにくかった。そしてそれは今も変わらない。

 帰りもこの扉を開けなくちゃいけないのならとりあえずここは少し開いたままにしておこう。

 私は小屋においてあった椅子に掛けた。

 ここによく来ていたのは蓮くんが引っ越す前の半年間くらいだったと思う。ここにもたくさんの思い出があることには違いないのだが、ここに来ると小屋自体の思い出よりはむしろ蓮くんと話したことのほうが多く思い出される。蓮くんは話し方がとてもくさかった。昔はなんか変だと思っていた程度だったが、今になって思い返してみるとかなりイキっていたというかかっこつけていたというか。中途半端に詩的な表現をしたりまわりくどい話し方をしたりしていたように思う。

 長い間その話し方を聞いていたせいで私までたまにそういう話し方になってしまっているように思う。

 でもなんだか、嫌というわけではない。むしろ私の中に蓮くんがいるようで心地よさすら感じるほどだ。

 私は昔ここでよく何をしていただろうか。もちろん蓮くんとおしゃべりはしていた。でもそのほかにもなにかしていたはずだ。

 確か私はあの頃笛を吹くことが好きで、よくこの小屋の窓辺で吹いていた気がする。最近色々あって吹いていなかったが、今日はなんだか吹けそうな気がする。やはり環境が大事なのだろうか。楽器と指の絡みがいい。いつもは楽譜を見て他のみんなとの縦の広がりを意識して吹く。でも今日は私の好きな音を奏でていい。周りの小鳥や風の音は、私に合わせてくれる。

 今の言い回しは少し蓮くんっぽかったかな。

 曲名はケーラーの子守唄。クラシックの中ではわりとメジャーな曲だと思う。

 私が最初に練習した曲。昔ここで吹いていたときもよくこの曲を吹いていた気がする。

 笛を持って最初に練習した曲のため、今でも指に感覚が染み付いていて自然と指が動く。今では簡単なフレーズのところなら自分で少し変えてアレンジできるほどだ。

 吹き始めてしばらくしたころ、突然誰かの足音がした。

 『ただいま。久しぶりだね』

 誰かの独り言が聞こえる。

 どこかで聞いた事のある声だ。おそらく学校だろうが、いまいち思い出せない。私はその声の続きを聞くために耳を済ませた。

 ゆっくりと扉が開く。さっき少し開けておいたのは失敗だったか。

 扉の先にいたのは予想外だが予想通りともいえる人物だった。たしかにあの声の主はこの人だった。うんしっかり噛み合う。

「ただいま。これを言うのはもう少し早くであるべきだったのだけど、ごめんね」

 このすこしくさい喋り方はあの頃と変わらない。私は彼の目をまっすぐ見つめてにっこりと不自然な笑顔を作った。

「ほんとだよ。少し遅すぎるんじゃないの?」

 私がすこしくどい言い方で言うと、彼はにっこりと自然な笑顔で微笑んだ。

「俺のことわかるかい?」

「早乙女蓮君でしょ?今日は部活に行かなくていいの?」

 わざとらしく聞いてみた。ここ数年することのなかったこの会話のペースに私の胸は躍り始めていた。

「なるほど。全部分かっているんだね」

「私を誰だと思ってるの?」

「再会しても話しかけてこず相手の出方を一年近く伺うようなやつだと思ってる」

「それはお互い様でしょ?久しぶりだね、蓮くん」

「ああ、ほんとに久しぶりだね。まさか今日ここで再会することになるなんて思ってなかったよ」

「私の方こそ。蓮くんが来るなんて思ってなかったもん」

 会話はどんどん二人だけの、正しくは蓮くんのペースになっていく。蓮くんが来るなんて本当に予想できなかった。運命というのか偶然と言うのか。でももしも蓮くんがわざわざ私をつけてきたとしたら、少し、いやだいぶ気持ち悪いけどそれでも嬉しい。まあ私がここで笛を吹いていた時間を考えるとその可能性は低いと思うけど。

「ああ、少し思い出したんでたまたま立ち寄ったんだ。お前の方こそこんなところで何してるんだ?」

「私はここで笛を吹いてただけだよ。最近部活であんまりうまくいってなくてね。ここに来て一人で吹いてるの。やっぱ帰巣本能っていうのかな。ここに来ると落ち着く」

 ここで少し嘘をついてみた。ここに来たのは数年ぶり。偶然この日に二人ともがここに来たとは思われたくなかったため日常的に来ているみたいな言い回しをしてみた。蓮くんにはこの再会が運命や偶然だなんて思ってほしくなかったからだ。

「そっか。おれもなんか落ち着くよ。久しぶりにゆっくり読書でもしたい気分だ」

「ねえ蓮くん。読書しててよ、また昔みたいにさ。蓮くんが昔みたいにここで読書して、私もここで昔みたいに笛を吹くの。どうかな?」

「ああ、それもいいんじゃないかな」

 五年ぶりのまともな会話だったのに蓮くんはちっとも変わっていなかった。

 会っていなかった中学生と高校一年生の間というのは私たちにとっては人格を形成する大切な時間だと思ったのだが、彼にはなにもなかったのだろうか。イベントやハプニングはあったはずなのに。

 不安で不満で、でも嬉しかった。

 翌日から毎日放課後秘密基地で蓮くんと過ごした。

 基本的にくさい話し方をするが、時折少年らしい喋り方となる。その抜けた感じがまたたまらなくいとおしかった。このままずっと卒業までこんな風にゆっくり話しながら、ゆっくり時が過ぎていけばいいと思った。

 でも、その時間は長くは続かなかった。


読んでくださった皆様ありがとうございます!!

感想評価レビューなどよければ宜しくお願いします!!

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