早乙女蓮の現状について。②
短いですが続きです。次回からはもう少し文字数を増やします。
さて、ここでテニス部を辞めた理由に戻ろう。一人で妄想しているとやはり少し脱線してしまう。まず自分は別段テニスが好きでテニス部に入ったというわけではなかった。俺が通う高校、一般的な他の高校に比べて少し狭い。すぐ隣が他の部活の練習場所ということもよくある。そしてテニス部の練習場所の隣は吹奏楽部が外練で使っている場所だった。そしてそこには雨宮がいた。入学当時のあのころはまだ自分も少し幼く、高校に入ってまず最初に小学生の頃仲がよかった雨宮とコンタクトを取ろうと思ったのだ。そしてそのころの自分は突然自分から話しかけるほどの度胸がなかったため考えに考え抜いた末に、テニス部に入れば雨宮とコンタクトが取れるかもしれないと考えたのである。小学生の時分雨宮がフルートをやっていたのを覚えていたため高校でもまだ続けているなら吹奏楽部に入るだろうと考えたのである。
実際、吹奏楽部の新入生の中に雨宮自体は見つけることができ、たまたま転がっていったボールを拾ってもらったときなどに多少の会話をすることもできた。
ただし、この作戦は成功したとは言えなかった。当時、テニス部の先輩だった人の中に雨宮のことを気に入っている先輩がいた。そして自分は目をつけられて、イジメを受ける羽目にあった。
そのときに、先輩たちがわざわざ一年生の教室の廊下まで来て、周りの人にも聞こえるくらいの声で、俺に関する悪口。それも事実無根である、勝手な決め付けによる悪口を言ったのである。俺はほとんどの友達を失った。そして部活を辞めた。
「おーしおまえら授業を始めるぞー席につけー」
担任の島村が教室に入ってきた。やる気に満ちた声と共に入ってきた。
俺はどうにもこの教師が好かない。
年齢は二十代後半と若く、生徒の気持ちを理解した授業とその話しやすさから多くの生徒から人気を得ているようだ。
しかし、俺にはわかる。この教師はいつだって本気で授業をしていないし、生徒とも本心で話してはいない。強いて言うなら演技に全力で取り組んでいると言うような感じである。
確信があるわけではないが、そんな気がした。
島村の何の面白みもない、奇麗事をあく抜きもせずに煮込んだ素材の味しかしない道徳の授業も終わり、放課後がやってきた。生徒の中には部活に行こうとするものや、他の教室に行って友達と語らおうとするものや、荷物をまとめてゲーセンに向かおうとするものもいるわけだが、今日の俺は確認できる限り他のどの生徒より早くに教室を出て帰路に着いた。
帰路には着いたがこのまま家に向かっていくわけではない。今日は昔秘密基地だった場所に行く。
小屋のある山の下に着いたころには少し陽が傾いていた。カラスが山から巣のある鉄塔の方に飛んで行き、カァという泣き声の後には少しの音と悲しみしか残っていない。
すごく懐かしい感じだ。昔もこんな感じだったような気がする。
小屋はまだあるのだろうか。
乾いた小枝を踏みしめ、パキンという音を反響させ、川のせせらぎと共に二重奏を奏でながら奥へ進む。五分ほど歩いたところで、いつの間にか二重奏から三重奏へと変わっていた。見上げるとそこにはあのころと何も変わらない、イマドキ少ない木で作られた、ブランケットをかけて昼寝をするときのような安心感のある小屋がそこにはあった。
「ただいま。久しぶりだね」
まずは一回。一人で呟いて小屋の下から上までじっくりと見回す。
そしてゆっくりと歩き扉に近づき、ゆっくりと扉を開けた。
「ただいま。これを言うのはもう少し早くであるべきだったのだけど、ごめんね」
二回目のただいま。今回は一人で呟いたわけではなくしっかりと伝えた。
「ほんとだよ。少し遅すぎるんじゃないの?」
くすくすと笑う、およそ五年ぶりの笑顔がそこにはあった。
「俺のことわかるかい?」
「早乙女蓮君でしょ?今日は部活に行かなくていいの?」
わざとらしく聞いてきて彼女はにやりと唇の端を持ち上げた。
「なるほど。全部分かっているんだね」
「私を誰だと思ってるの?」
「再会しても話しかけてこず相手の出方を一年近く伺うようなやつだと思ってる」
それはお互い様でしょ?と言って彼女はぷくっと頬を膨らませた。
「久しぶりだね、蓮くん」
「ああ、ほんとに久しぶりだね。まさか今日ここで再会することになるなんて思ってなかったよ」
「私の方こそ。蓮くんが来るなんて思ってなかったもん」
「ああ、少し思い出したんでたまたま立ち寄ったんだ。お前の方こそこんなところで何してるんだ?」
「私はここで笛を吹いてただけだよ。最近部活であんまりうまくいってなくてね。ここに来て一人で吹いてるの。やっぱ帰巣本能っていうのかな。ここに来ると落ち着く」
「そっか。おれもなんか落ち着くよ。久しぶりにゆっくり読書でもしたい気分だ」
「ねえ蓮くん。読書しててよ、また昔みたいにさ。蓮くんが昔みたいにここで読書して、私もここで昔みたいに笛を吹くの。どうかな?」
「ああ、それもいいんじゃないかな」
俺は自然と笑顔になり、頷いていた。
これが俺、早乙女蓮と雨宮詩乃の五年ぶりの再会。転校してきて初めての本当の意味での会話だった。
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