プロローグ
現在時刻23時。
僕は今から、この屋上から旅立ちます。
横から光が射すことがないからか、星がよく見えた。都会は星が見えないというが、ビルの屋上からだとよく見えるらしい。この世に「さようなら」をする日の空はこんなに綺麗だ。でも心はそんなことないし、逃ることもできない。それなら強制的に逃げる方法を取ればいい。
屋上の扉が開いた。この時間に屋上に来る人がいるのかと、疑問が浮かぶ。
「おい」
その人物から声がかかった。
「なんですか」
「お前、いつからそうしてる」
「いつから…」
「そうだ、ずっとそこで上見てんだろ」
この屋上に来た時は21時。腕時計を見てみると、そこには0時半と示されていた。僕はもう1時間半もここにいるらしい。
「飛び降り自殺は怖いだろう」
「そんなことは」
「そんなことだろう」
喋りずらい。スーツをピシッと着た金髪の男は扉の横にもたれかかってタバコを吸いながら、僕の言葉を遮るようにかぶせてくる。
「死ぬなら死ぬで早くしてくれないか、こっちにも処理があるんだ」
この会社はそんなに自殺者が出ているのだろうか。でも電機はとっくに消えていたし社員もいなかった。残業のない会社ではよっぽどな不満がない限り自殺者は出ないだろう。
「あなたはなぜここにいるんですか」
「ん、あー仕事だよ」
「社員の方は見かけませんでしたが」
「見かけるわけないだろう」
その一言で気配が変わった。
「見かけてしまったら一大事だし、それとも君は今立っているこの建物の社員さんの話をしたのか?」
言葉の一つ一つが僕を脅しているように聞こえる。
「それなら問題ないや、とっくにお帰りになってるよ」
会話が終わったことに僕は気が付かなかった。
「おーい」
「っは、はい!」
「生きてた?それならいいけど」
男は立ち上がって、足元に落としたタバコを踏みつけた。
「じゃあ俺はここらへんで失礼するよ。扉は開けといたし、覚悟ができたらいつでも落ちな」
「え、扉って」
僕が疑問を口にする前、そしてその言葉があの男に届く前に、僕を吹き飛ばすような風が吹いた。
「まあ、こっちが待たないけどね」
「そんじゃさよなら、そしてまた会おう、晄くん」
名乗ってもない僕の名前を男は口に出していた。