表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

とりあえず、暑いから。

作者: 藤出雲

「暑い…」

ミズキは、自室の中でエアコンの温度を下げながら呟いた。

友人から借りた映画のDVDの内容が、冬が舞台だったからだ。

暖炉や毛布、料理、飲み物、キャンドル。可愛い人形劇。

全てが暖かい。

映画自体は、とても心を打つ素晴らしいものであったが、それにしても今の時期に見るものではないな、とミズキは思った。太陽が、笑ってる。

ごろごろと、無為な時間が過ぎていく日曜日。

自分で淹れたアイスコーヒーの入ったグラスの水滴が、つるりと踊りながらテーブルに落ちていく。氷はすっかり溶けてしまっていた。

少し前迄は、彼氏と一緒だった時間が全て空いているのである。

DVDを貸してくれた友人にも、ここ最近は散々に男と別れた経緯の愚痴を垂れ流し、話を聞いて貰っている。

ミズキの可愛い所を、気付けなかった人だったんだよ。

友人は、そう言ってお茶に付き合ってくれて、食事に付き合ってくれて、隣に居てくれた。

格好良い、と、ミズキは友人に対して憧れに近い感情を抱いた。

ああ、そうだ。格好良過ぎるんだ。

ミズキが、ベージュのシーツに包まれたベッドに飛び込んで、仰向けになる。

暖かい気持ちになれる映画を教えてくれる事。

黙って話を聞いて、私を待ってくれる事。

美味しいお茶とご飯が食べられるお店に連れて行ってくれる事。

綺麗で、整った顔立ち。センスの良い洋服の選び方。

友人は、素敵だ。

其処に、プライドを傷付けられるのだ。

コンプレックスを抱くのとは少し違うこの気持ちに陥って、そして男と別れてからそんな彼女を頼りにしている事に、ミズキの胸が黒くどろりとしたものが纏わりつくのだ。

だから、彼女と一緒に居て、助かっているけれど、辛い。

何ていう、自分勝手な考え方なんだろう。

ミズキの考えは、其処には至らない。至る迄の余裕も無い。

かわりに、友人が恐らく趣味の映画にこころを揺らせながら感性を磨き、世界を生きている事に傷付く。それだけ。

映画は、もういいや。

音楽でも聞くかな、とミズキが枕の側から伸びるイヤホンを付ける。

最近話題の、ポップで明るい曲調に乗せた華やかで前向きな歌詞。軽く聞ける、今の流行。ミズキが気に入っているのは、単純にバンドの男の子達が可愛い顔立ちだから。


諦めるには、陽が落ちてない。

前を向いて走ろう。

笑っていて。君と一緒だ。

笑って開く扉は、あふれる光だ。


暗くなっても、次は晴れるさ。

目を開けて腕を上げ。

メロディー聞いて一緒に。

胸にあるはずさ、あふれる光だ。


少し高い声のボーカルが、キャッチーに歌う。


それで良いんだけどな。

そんなものなんだけど。



…なんだけど。



とりあえず、暑いから。



友人は、格好良いから。



一人の今日は、ラフにいこうよ。



自分に言い聞かせる、ある日の日曜日。


午後の一人は、それで良いや。


イヤホンを外した。聞くのも、これくらいで良い。


氷が溶け混じり、黒くなくなったコーヒーの茶色が少しだけ愛おしくなるけれど、飲み干す事は多分しない。


買い物にでも、行こうかな。目的は無いけれど。暑いけれど。

帰ってから、コーヒーは捨てよう。


着替えてしまえ。


黒と白の、ボーダータンクトップ。

カーキのサロペットは、サイズが大きめ。

足元はくるくると、ロールアップして。

友人と会うつもりなら、ここは真っ黒い革のショートブーツで引き締めるところだけれど、今日は綿で編み上げたオフホワイトのレースアップのエスパドリーユ。裸足で良いんだ。

シューズも、レースアップした足首に巻く部分と本体のアウトラインだけが黒い。楽だ。


気ままに歩いていれば、きっと忘れる時間になる筈。


「行ってきまーす」


誰にとも言わずに、ミズキはフリンジの付いたクラッチバッグ(これもオフホワイトだ)を片手に部屋を出た。


でもきっと、友人はコーヒーじゃないから。


この後、また電話してしまう事になるんだろう。


ミズキは、部屋に鍵をかけて歩き始めた。


歩き始めた。


歩き始めた。


こころは、何処に在るかなんて気付かないまま。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ